第5話 アクマの名は『狂った奇術師』

俺はインターネットカフェに入る。

小鳥遊リリスと名乗る女に連れ込まれたのだ。


ペアシートの部屋。

ネカフェに有るのは知ってたけど入るのは初めて。

ゆったりしたソファー。

あのネットカフェにたくさんある、上下が開いていて扉で仕切ってる空間じゃない。

ちゃんと分かれた個室。

カラオケルームみたいと言えばいいだろうか。


こんなの使う人いるのか。

ってゆーか、これラブホ替わりじゃねーの。

違うの?。


「勿論違うよ。

 何考えてんだ、キミは。

 男の子はやだねー」

「いや、聞いた事あるぞ。

 金無いカップルがラブホ替わりに使うって」


「確かに、中にはそんな店も有るかも知れないけど!

 ここは違うの!!」


小鳥遊リリスは俺の鼻先に顔を近づけて言う。

近い近い。

長い睫毛が見えてる。

その下には赤いリップ。

クッキリしたメイクはちょっぴりエロチック。


俺はちょっぴり鼓動が早くなる。

何考えてんだ。

相手はおかしな事を言ってはいるが、年齢は中学生くらい。

手を出したらお巡りさんに捕まる。


小鳥遊リリスは店のPCに向かって何かしてる。

キーボードを叩く指先が恐ろしく早い。

タタタタタと途切れる事の無いタイピング音。


「はい。見て」


そこに映し出されたのは3Dモデリングみたいな画面。

白いタキシードを着た男。


「『狂った奇術師』の3Dモデルかよ。

 へー、良く出来てんじゃん」


俺はとぼけて見せる。


「設定画面ってヤツね。

 武器はどうする?」


画面に映される。

ロケットランチャーと曲刀。

昨日夢で見たヤツとよく似ている。


「お望みなら、核ミサイルだって手裏剣だって持たせられるわよ」


何を言ってるんだ。

俺には関係ない話だ。

もう結論は出ている。

昨夜俺は流れたニュースを夢うつつで見た。

それでその事件に似た夢、事件に似たVRゲームをやる夢を見ちまったのだ。

その夢に小鳥遊リリスに似た少女が出てきたのだって偶然。

じゃあ何故夢で見た少女に似た娘について来ちまったのか。

そりゃ相手は美少女だ。

中学生くらいとは言え、美少女に手を引っ張られてイヤと言える男がいるのかよ。



「いーい、昨夜の死者が418人。

 病院のベッドで唸ってるのもいるからもう少し増えるかもね。

 だから、殺戮ポイント41800ってとこかしら」


「あなたの動画がテレビやSNSで拡散してる。

 これに対する怨念、恨みや嫉妬、畏敬の念なんかも混じってる。

 このトータルが邪心ポイント、30000位かしらね」


「何かそれテキトーじゃないか」


どう計測してるんだ。

何が何ポイントだか全然分からない。

 

「しょうがないじゃない、今現在も動画が拡散され続けてる。

 日本だけじゃない、世界にも少しづつね」


「ポイントが溜まるとどうなるんだ」

「トーゼン、アナタを強化出来るわよ。

 殺戮ポイントを使用して装備や外見も変えられる。

 何だったら、アタシみたいな美少女にだってなれちゃう」


「邪心ポイントの方は・・・。

 何が出来るのかしら、お楽しみね」


小鳥遊リリスは俺に笑って見せた。


いきなり部屋の扉が叩かれる。

コンコン。


何だ?店員さんだろうか。

このネカフェは飲み物はカウンターで貰う方式。

客が自分で運ぶ。

普通店員は部屋に来ない。


俺は扉を開ける。

そこには青い制服の女性が二人。

婦警さん。

今婦警って言っちゃダメなんだっけ。

女性警察官と呼ぶことになったんだったかな。


「あのー、なんすか」


「そっちの子。身分証明書見せてくれる」


一人が俺をジロジロ見て、一人は部屋の中に居るリリスの所へ。

後ろにはカフェの店員もいる。


何となく予想が付いた。

コイツが通報したのだ。


未成年援助交際。

はたまたパパ活。

そんな疑い。


パッと見、小鳥遊リリスは中学生の美少女。

それを俺みたいな大学生がペアシートに連れ込んだ。

やっぱラブホ扱いなんじゃん。


「先輩、この子。

 やっぱり、この前の子です。

 サラリーマンとホテルに入ろうとしたのを補導しようとしたら逃げちゃった子」


オーノー。

小鳥遊リリス、何やってんのさ。

これで俺何にもしてないって言い逃れは厳しくなったんじゃね。

もしかしてこんな事ならヤっておけば良かったのか。


先輩と呼ばれた女性警察官が言う。


「アナタにも来て貰うわよ。

 逃げたりしないでね、罪が重くなるから」


俺の肩に手を置く。

もちろん親愛の印じゃない。

逃がさねーぞ、そういう威嚇。

相手は女性。

だけど、背丈は俺と同じくらい。

横幅は俺より細いけど、多分鍛えてるんだろう。

威圧感がある。


罪って。

俺なんにもしてねーぞ。

もう犯罪者扱いか。

ふざけんなよ。


俺どうなるんだ。

補導されるのか。

両親呼ばれるのか。


母親は嘆くだろうな。

アンタがこんなバカな子だったなんて。

父親は殴るかもな。

お前がそんなヤツだと思わなかった。

ゼミの奴らにも知られるだろうか。

アイツ中学生を騙して襲ったんだとよ。

うわ、サイテー。

挙句捕まったの、ただのバカじゃん。

彼女も居たってのに。

ロリコンかよ。


彼女にも話がいくだろうか。

嘘です、信じられません。

彼がそんな人だったなんて思ってなかった。


じゃあどんな人間だと思ってたんだよ。

俺だって本当はキミとヤりたかった。

キミの為を思って我慢してたんじゃないか。

俺、いい奴じゃないかよ。

何処かで言ってくれると思ってたんだ。


本当にあたしを大事にしてくれてるのね。

・・・・君、最初は友達の延長みたいな物だった。

けど、あたし本当に貴方の事好きになってた。

・・・・君とならいいよ。


そんな展開。

コミックの中みたいな展開。

でも現実に起きてもいいじゃないか。


婦警はリリスを尋問してる。


「貴方、名前は、幾つなの?。

 中学生よね、学校は何処に通ってるの。

 正直に答えなさい」

「アタシー?ファ〇コンのファ〇子ちゃん。

 今、38歳なの、学校は任〇堂よ」


小鳥遊リリスはメチャクチャな事を言ってる。


見る間に女性警察官の顔が険しくなる。


「大人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい。

 家出してきたのね?

 家出した挙句、こんな場所で援交。

 自分が恥ずかしくならないの」


何だ、その決めつけ。

確かにそう言った補導される未成年は多いのかもしれない。

だけど、小鳥遊リリスがそうだと何故言える。


女性警察官が小鳥遊リリスの腕を掴む。

それだけじゃない。

軽く捻る様にしてる。


「アタッ」


小鳥遊リリスが苦痛の声を洩らす。


「大げさな声出さないで。

 掴んだだけでしょう

 大人しくしてなさい」


女性警察官は真面目腐った顔。

でもその背後に俺はうすら笑いを感じる。

悪意。

大人を揶揄うからよ。

そんな声が聞こえる気がする。


「さあ、本当の事を言いなさい」


本当の事。

本当の事って何だ。

こいつは“電子の精霊”、“ゲームの小悪魔”、“アプリの奥に潜む忌まわしきモノ”なんだ。

本人がそう言った。


「貴方、この子の事知ってる?

 何時、何処で知り合ったの」


俺の肩に手を回してた方の女性が訪ねる。

肩を痛い程押す。


「未成年だと知ってたのよね。

 18歳未満の者に手を出したら2年以下の懲役、100万円以下の罰金よ。

 素直に話せば罪が軽くなるわ」


素直に話せば見逃してくれるってのか。

嘘つけ。

自白が取りたいだけだろ。

そんなの誰が信じるか。


俺が何をした。

何もして無い。


小鳥遊リリスが何をした。

何もして無い。


お前らがただ、悪意を向けただけだ。


間違いなく悪意。

俺は今、悪意を感じてるんだ。


分かるぞ。

ストレスをぶつけてるだけだろう。


分かるとも。

同期の男性が出世してく中、女は取り残される。

未成年犯罪には女性の手が必要なんだ。

少女を保護するためだ。

そんな名目で何時までもパトロールだけ。

派手な事件には一切関われない。


それで小鳥遊リリスや俺に当りがキツイ。

なんせ相手は中学生の少女を騙したクズ。

少しくらい痛めつけても誰も何も言わない。

社会正義がどちらに有るか明白。


片や両親の苦労も知らないでパパ活で暮らしてる考え無し。

少し説教するのは本人の為。

少女の今後の為なのだ。


奇麗事で固めれば誰もかれも騙されるってのか。


そんな訳が無いだろう。

教えてやろう。

世の中そんな事ばかりじゃ無い事を。


小鳥遊リリスが俺の目を見て笑う。


「分かっちゃったかしら。

 邪念ポイントの使い方」


ああ。

分かったとも。

今も俺の身体に流れて来る。

SNSから、世界中に流された動画から。

目の前の二人からも。


ポイントが溜まっていく。

何かが溢れてくる

悪意が。

邪念が。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


俺の喉から声がする。

俺のモノとは思えない声。

甲高い笑い声。


俺の身体が純白に染まる。

真っ白なタキシード。

顔には仮面。

マントを翻す。


イエース。

もうお馴染みだろう。


“鮮血の道化師”、“迸る狂気の凶器”、“夜空を散歩する白い紳士”


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」



女性警察官が慌てる。


「変な笑い方をするな。

 どうやって着替えたの、何の手品よ」


「先輩、先輩!

 この人!、今朝からニュースで流れまくってる犯人!」


俺の肩に手を置いていた女が呆然と見る。

目の前には真っ白いタキシードを着た男。

今朝、日本一の有名人になった人物。


『狂った奇術師』

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