―60― 本屋さんにて
「で、妹さんはどんな本が好きなの?」
本屋について早速、オーロイアさんがそう聞いてくる。
そう言われても、名称未定がどんな本が好きなのか検討つかない。そもそも本を読めるかどうかもわからないし。
「できれば読みやすいのがあればいいんだけど」
「だったら、これとかいいんじゃない。『ホロの冒険』といって昔から人気のある冒険譚よ」
冒険譚か。
確かに、それなら誰にとってもおもしろそうだしいいかもしれない。
ありがとう、と言って僕はその本を手にとって会計に向かおうとする。
その途中、僕はある物を見て目をとめた。
「あぁ、魔導書ね。こんな古びた本屋に置いてあるなんて、珍しいわね」
そう、視線の先には魔導書と呼ばれる書物が置いてあった。
厳重に保管しているようで、鍵のついた鎖で何重にも固定されたガラスケースの中に入っていた。
ちなみに値段のほうは、700万イェール。想像以上に高い。
「そういえば、オーロイアさんは魔法を使えたよね」
「えぇ、まぁ、大したことはないけど」
「やっぱオーロイアさんも魔導書を使って魔法を覚えたの?」
「ええ、そうよ」
この町では魔法を使える冒険者は珍しい。それは、魔法を覚えるのに必要な魔導書がこれだけ高いからだ。
オーロイアさんは貴族だから、魔導書が高くても手が出せるのだろうけど。
「といっても、私の家は貧乏貴族だから好きなだけ魔導書を読めたわけじゃないけどね」
貴族なのに、貧乏なんてあるんだ。貴族なら無条件にお金を持っているイメージだけど、実際は違うのかな。
庶民の僕にはよくわからない。
そもそもなんでオーロイアさんは貴族なのに、こんな町に来ているのだろうか。治安の悪い町だから、オーロイアさんは美人だからガラの悪い男の人にすぐ狙われそう。
今朝の名称未定の件もあったし、ふと気になる。
「なんで、オーロイアさんはこの町にいるの?」
「この町ほどダンジョンの多い町はないからね。けっこう貴族もお忍びでこの町に来てはダンジョンに潜ってるわよ」
「へー、そうなんだ」
貴族がこの町に来ていることも驚きだけど、貴族がダンジョンに潜っているという事実も驚きだ。僕のイメージでは、貴族なら仕事をしなくても食べていけるもんだと思っていた。
でも、思い返せばオーロイアさんとダンジョンで遭遇したとき、彼女は隠しボスを攻略しようとしていたし、意外と貴族のほうがダンジョン攻略に熱心なのかもしれない。
「でも、この町危なくない? オーロイアさん、かわいいから男の人とかにちょっかいかけられそうだし」
「か、かわいい……」
なぜかオーロイアさんが顔を赤くして、固まっていた。
けど、すぐに正気を取り戻すように咳払いをしてから、こう口にする。
「そんなやつがいても私の魔法を見せれば、すぐ逃げるわよ」
それは確かにそのとおりだ。
魔法ってのは使えるってだけでも、並いる冒険者より優秀な証拠となる。
魔法が使える相手に喧嘩を売るような馬鹿は、いくらこの町が荒れていてもいないか。
「魔法か……」
本を買って店を出て、オーロイアさんと別れた後、ふと呟く。
僕のステータスは全体的に低いが、特に低いのは攻撃力で、魔法の威力に作用する知性は高いとはいえないが、攻撃力に比べたらいくらかマシである。
だから、今の短剣で戦うスタイルより魔法を使った戦い方のほうが僕には向いているはずだ。
魔導書は高いが、頑張って貯めれば……いや、無駄か。
例え魔導書を手にいれても、僕には魔法は使えない。
というのも魔法を使うのには、〈魔力操作〉と呼ばれるスキルが必須だ。このスキルがないと、魔法を扱うのに必要な魔力をMPを消費して練ることができない。
〈魔力操作〉は最初にステータスを獲得するときぐらいしか、入手手段がない。
だから、僕にはいくら頑張っても魔法を覚えるのは不可能なわけだ。
◆
「こういうのを買ってきたんだけど、興味ある?」
帰って早々、名称未定に本を渡した。
「そんなのいるわけねーですよ。名称未定ちゃんを喜ばしたいなら、もっとマシなのを買ってきてください」
どうやらお眼鏡に適わなかったらしい。
「そっか、ごめん。これは売りに出そう」
売りに出してしまえば、いくらかはお金は戻ってくるだろう。せっかくお金を出して買ったけど、気に入らなかったなら仕方がない。
「ん……?」
なぜか、名称未定が本を両手で鷲掴みにしていた。
「いらないんじゃ……」
「売るのはもったいないから、名称未定ちゃんが有効活用してやります。だから渡せ」
だったら、なんで一度否定したのか、意図がよくわからないけど、とりあえずを本を読む気はあるらしかった。
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