―48― 反撃の狼煙

 翌日、僕はパイラルダンジョンに来ていた。

 パイラルダンジョンといえば、初回クリア報酬が〈極めの書〉であり、僕は何度もこのダンジョンに来ては敏捷を上げたところだ。


「グオゥ!」


人喰鬼オーク〉が棍棒を振り回す。僕はそれをよけつつ、懐に入っては短剣を振るう。

 ザシュッ、と短剣で斬り裂くことはできるもののダメージは軽微のようで〈人喰鬼オーク〉は再び棍棒を僕に振るった。


「〈回避〉」


 と、スキルを発動させて〈人喰鬼オーク〉から距離をとる。


「なかなか倒すのがしんどいな」


 今日もレベルを上げるためダンジョンに来ていた。

 自分より格上のモンスターを倒せば、効率よくレベルを上げられると思い、〈人喰鬼オーク〉を倒そうと決めたわけだが、実際にやってみると僕の低い攻撃力では倒すのが難しい。

 それでも、しぶとく何度も攻撃を加えることでやっと〈人喰鬼オーク〉が倒れてくれる。


 ◇◇◇◇◇◇


 レベルが上がりました。


 ◇◇◇◇◇◇


 おっ、まだ一体しか倒していないのにレベルが上がったか。

 これは効率がいいかも。


「よーし、この調子でがんばるぞー!」


 と、右手を掲げて僕はダンジョンの奥に進む。

 それから、僕は〈人喰鬼オーク〉と出会うたびに戦闘を始めた。


「ふぅ」


 と、何体目かになる〈人喰鬼オーク〉の討伐後、僕は立ち止まって自分の汗を拭う。


 ◇◇◇◇◇◇


 レベルが上がりました。


 ◇◇◇◇◇◇


「あっ」


 またレベルが上がったことに気がつく。


「よし、もっと進もう!」


人喰鬼オーク〉を倒しながら進んだせいで、ここまで来るのにけっこう時間がかかってしまった。

 もう少しがんばって進めばボスエリアに辿り着くので、それまでの辛抱だ。


「〈回避〉!!」


 ボスエリアにて、〈黒の人喰鬼ネグロ・オーク〉相手に僕は吹き飛ばされていた。そして、壁に接する瞬間〈回避〉を使うことで壁抜けに成功する。

 例え僕が〈黒の人喰鬼ネグロ・オーク〉を倒せるぐらい強くなったとしても、このモンスターに関しては倒すことは一生ないだろう。

 もし倒してしまったら、ダンジョンをクリアしたことになってしまい初回クリア報酬の〈極めの書〉を二度と回収できなくなってしまうからだ。

 それだけ〈極めの書〉は優秀なアイテムだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 敏捷が10上昇しました。


 ◇◇◇◇◇◇


 と、初回クリア報酬の〈極めの書〉を使い敏捷を上げる。

 うん、今日だけでレベルが二つもあがったし敏捷も10あがったので、中々の成長具合じゃないだろうか。


 ◇◇◇◇◇◇


 スキルの修復が完了しました。


 ◇◇◇◇◇◇


「ん?」


 ふと、表示されたメッセージに首をかしげる。

 なんだっけ? と頭を巡らせて、そういえば〈物理攻撃クリティカル率上昇・特大〉が修復中だから使えなかったんだ、ということを思い出す。


「どれどれ……」


 と、ステータス画面を開いてスキルがどうなったか確認しようとする。


「えっと、どういうことだろ……?」


 僕は首を傾げていた。

 てっきり、〈物理攻撃クリティカル率上昇・特大〉をもう一度使えるようになるんだとばかり思っていたが、そこに書かれていたスキルは見たことがないものだった。


「ユニークスキル?」


 ユニークスキルって、確かその人しか持っていないスキルだよな。なんで、これが僕の手に?

 新しいスキルを試したいのは山々だが、流石に今日は疲れたし明日にしよう。

 討伐したオークの素材を換金する必要もあるが、それも明日でいいか。

 僕は転移陣を使ってダンジョンの外に出てからまっすぐ家に向かった。







「よぉ、アンリ。遅かったじゃねぇか」


 その言葉で足を止める。

 目の前の情景は、一言で表すなら最悪だった。

 ニタニタと笑うギジェルモ。それを取り囲むように立っている部下たちも同様に笑っている。

 その背後には、すでに焼け落ちた家があった。


「最近、随分と景気がいいみたいじゃねぇか。その分け前を俺様に少しくれよ」


 ギジェルモがなにかを言っているが、耳に入ってこない。


「エレレートは、どこだ……?」


 呟く。声が震えていた。

 ギジェルモはエレレートを知らないはずだが、誰なのかすぐ察したようで、こう口にした。


「あぁ、それならキレイに焼いてやったぜ。感謝してほしいぐらいだよなぁ。腐る前に骨にしてやったんだから」


 は? なにを言っているんだ、こいつは?


「ころしたのか?」

「殺したぁ? 死んでいるのに殺すもクソもねぇだろ」


 プツン、となにかが僕の頭の中できれた。

 ギジェルモの言っていることがいまいち要領を得ないが、だいたいのことは察することができた。

 僕にとって最悪な事態が巻き起こったのだ。


「あ、あがッ……」


 唐突に、吐き気が襲ってきた。


「あ、あがぁああ……ッ」


 両手で自分の首をしめて、なんとか吐き気をとめる。


「う……っ」


 目からは涙が溢れてくる。呼吸は乱れ、手先は細かく震える。

 さっきから感情はグチャグチャだ。

 負の感情が濁流のように体中を流れ、呼吸するたびに自分の寿命がすり減っていくようだ。

 すべてを奪われた。

 僕にとってエレレートは生きる意味で、存在理由でもあり、僕そのものだった。

 僕が悪いのか……?

 僕のせいで、エレレートは……。

 ガッ、と気がつけば自分の指を噛んでいた。強く噛みすぎて、血の匂いが鼻の奥を突く。

 それでも僕はギリギリと指を噛み続けて、心の安寧を図ろうとする。

 僕はすべてを失ったのだ。

 これからなんのために生きればいい?

 

「ガハハッ、最初から大人しくしていれば、こんなことにならなかったのによぉ!」


 見上げると、大口を開けて笑うギジェルモがそこにいた。

 瞬間、さっきまで苦しさで押しつぶされそうだった僕の心に静寂が訪れる。

 乱れていた呼吸も溢れる涙も震える手もすべてが収まった。

 まさか、こいつがここまでの外道だとは……。

 こいつに全てを奪われたのだ。

 その事実を僕は再認識していた。


「ゆ、る、さ、な、い……」


 音節ごとにゆっくりと言葉を吐きながら、自分の感情を言語化していく。


「あん? 今なんか言ったか?」


 あまりにも僕の言葉がゆっくりすぎたために、ギジェルモはなにを言ったか聞き取れなかったようだ。

 とはいえ、ギジェルモに語りかけたわけではななく、自分に問いかけたものだったので、なんら問題はないのだが。

 ふぅ、と僕はゆっくりと息を吐く。

 そう、心は非常に穏やかだった。

 

 なんの前触れもなく僕は腕を振るった。

 ザシュッ、と短剣がギジェルモの顔を斬り裂く。


「てめぇッ!!」


 一瞬でギジェルモの顔が激高に変わる。


「まだ反抗する気なら、徹底的に痛めつけてやる!」


 そう言って、ギジェルモは腕を振るおうとしていた。

 それを焦点が合わない瞳でぼーっと眺めていた。

 すでに、僕の中でなにかが壊れていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 アンリ・クリート 13歳 男 レベル:10→12(UP!)

 MP:96→101(UP!)

 攻撃力:41→48(UP!)

 防御力:66→70(UP!)

 知 性:72→74(UP!)

 抵抗力:70→73(UP!)

 敏 捷:1172→1186(UP!)

 スキル:〈回避〉〈剣技〉〈???〉(修復完了!)


 装備

アントの短剣〉攻撃力プラス95

岩の巨兵ゴーレムの小盾〉防御力プラス170


 ◇◇◇◇◇◇


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