極彩色の感情 リュウタ視点
メグミは俺、結城リュウタの初恋だった。
高校三年生まで恋を知らなかった俺は、そのころまで、告白されれば付き合って、すぐに別れる、というのを繰り返していた。
今思えば不誠実すぎて、目も当てられない。
そんな俺がメグミと知り合ったのは、高校三年生の春。陸上部の新入生としてメグミが入ってきたのがきっかけだった。
絵を描くのにも体力がいる、そう言って美術部との兼部をしていたメグミはかわいらしい見た目に反してかなりストイックな性格をしていた。自分のトレーニングにはすごく厳しいのに、周囲にはすごく気が利いて、優しい彼女はいつも周りに誰かがいる人気者だった。
同じ中学出身で高校三年生の姉がいる。中学の悪友の辻本ミサトが頭をよぎった。確認するとやはりミサトの妹で、そこから地元の話や中学の先生の話をするようになり、距離が近づいた。
悪い感情は持たれていないだろう。
そう思ってはいた。しかし、それとなくミサトに探りを入れたとき、ミサトに「メグミは、誰かに恋愛感情をもつことはない思う」そう言われた。
たしかに、メグミは誰に対してもフラットで、特定の人に特別な感情を抱いているようには見えなかった。恋愛関係の話はなにも聞いたことがない。周囲が恋バナで盛り上がっていても笑顔で相槌を打つだけで、自分の話をすることはなかった。
そこまで観察して、わかったのは、俺がメグミのことを好きになっているということだった。
「苦しくない? 仲のいい先輩後輩以上にはなれないよ」
一人で抱えていられなくて、ついミサトにこぼしたとき、ミサトに言われた言葉だ。
俺が諦めることができないのは、ミサトにはわかっていたように思う。
結局、ミサトの力を借りて、あの手この手でアプローチを始めた。そして、その夏、陸上部最後の大会後に撃沈したのは皆の知るところだ。
失恋した直後、なんとなくミサトに報告に言った。近所の公園のベンチに座り、「やっぱりね」とすこし寂しそうな顔をしたミサトの表情は忘れることはできないだろう。
「リュウタの話、聞かせてよ」
寂しそうな目のままミサトは笑って、近くの自動販売機で買ったコーラを差し出してきた。
俺はその日始めて、失恋して泣いたのだった。
ミサトは黙って俺の横に座っていてくれていた。
その翌週、まだ傷が癒えない俺の家にミサトが大きい紙袋をもってやってきた。
「これ、読んでよ」
ミサトは紙袋からA4サイズの分厚いバインダーを出して、俺に渡しながらそう言う。
「なんだこれ、重たいけど、中、全部紙か?」
「恋愛小説、私が書いた」
「へ?」
「じゃあ読んだら感想よろしく」
ミサトはそれだけ言って帰っていった。ミサトの後ろ姿とバインダーを交互に見ながら、俺はミサトの中学時代の国語の成績が抜群だったことを、思い出していた。
ミサトが見えなくなるまで見送って、家に戻った。自分の部屋でバインダーを開く。1ページ目には『リュウタの失恋に寄せて』と手書きで書かれていた。ネタなのかと思いながら次のページをめくっていく。本文はパソコンで打たれていて、1ページ二段の縦書きにしてあった。
恋を知らない男子高校生の主人公が部活の後輩を好きになる。後輩にアピールするが後輩は恋愛に興味がなく、結局振り向いてもらえないまま、主人公は卒業してしまう。そして5年後主人公と後輩は再会、もう一度アプローチを始め、後輩もそれに応えはじめる。そんなストーリーだった。
俺とメグミがモデルなのはすぐにわかった。しかし、俺はフラれたし、メグミは恋愛をしないだろう。これからの未来は確かにわからないが、過去のことを見れば少しは予測できる。それはミサトが一番分かっていることだ。
最初は読むのをやめてやろうかと思うほど苛立っていたが、先日の長時間の話に付き合ってもらった借りがある。そう思って読み進めていくうちに、苛立ちが薄れていくのを感じた。
あとは消えていくだけだった俺の気持ちが、形になっている。『届かなかったリュウタの思いは私が覚えているから』と、そう言われている気がした。
読み終えたとき、心の傷は気にならなくなっていた。
スマートフォンを開き、アプリを起動してミサトにメッセージを送る。
『読んだよ。ありがとな』
『これ、なんかにだしてみろよ』
乗り気ではなかったミサトを説得して、ほぼ無理矢理、出版社の主催しているコンクールに応募させた。
受賞が決まって、出版の話になって、俺はぶん殴られたが、腹は決まったらしかった。
あいつは今、恋愛小説家として活動している。
小説を書く傍ら、メグミ関連の失恋の話題を嗅ぎ付けるとやってきて、話を聞いてはそれを小説として記録している。オレは失恋を標本にしている様だと思っていた。
「これは私の気持ちの問題よ、妹を好きになってくれた誰かが、その気持ちをそのまま捨ててしまうのがどうしても許せなかった」
これはいつまで続けるのか。そう聞いたとき、ミサトはあの日の寂しそうな目でそう答えた。
――――――
トモキには要点をまとめて説明するより、頭から話した方が、共感を得てくれると考えていたが、それにしても長く話しすぎた気がする。
空になったティーポットのおかわりを注文して、俺はトモキに向き直る。
「あの時の行動に俺は救われたが、当然、怒る人もいるんだ。だから、いつも俺が間に入ることにしている。何かあったときに後悔だけはしたくないからな。随分長い話になってしまって申し訳ない」
トモキは呆けながら頷く。
「で、いま、ミサトはトモキくんの話を元に小説を書いていると思う。嫌なら止める。俺としては気持ちが晴れないなら一度読むことをオススメするけど」
我ながら実に卑怯な聞き方だ。そう思いながら、トモキの首が縦に振られるのを見ていた。
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