推測は推測でしかない
「……むり」
「……だから言ったんだ。ホラーは無理だって」
妹たちを追ってふらつきながらシアターをでて、赤くなった右手をさすりながら私はつぶやいた。それと同タイミングで赤くなった左手をさすりながらリュウタも文句を言っている。
「メグミたちは?」
「あそこ、歩きながら笑顔でなんか話してる」
「あれ見たあとに笑えるのかよ」
「それには同意」
映画はさすが巨匠の作品といわざるを得ないものだった。人の怨念の恐ろしさになんどもリュウタの手をつねったし、リュウタにもつねられて、そして最終的には手を握りあっていたが、それはそれ。
「このあとどうするんだ?」
「そこまでは聞いてないけど、カフェにでもはいるんじゃない?」
映画館の入っている建物はショッピングモールになっていて、過ごせる場所はいくらでもある。様子を見ているとフロアマップの前で立ち止まり、カフェエリアを指差してなにやら話すとエスカレーターの方へ向かって歩き出した。
「行くぞ」
気付かれないように追っていくと二人は案の定、パンケーキの有名なカフェに入って行った。
「会話は聞こえなくていいのか?」
いつもそうだよな、とリュウタは続ける。
「えぇ、聞こえなくて大丈夫。見失いさえしなければいいわ。ここなら出入り口も一つだし出入り口が見える場所で見張ればいいわね」
リュウタは頷き、カフェの向かいにあるチェーン展開されているコーヒースタンドに入った。
アイスカフェオレの氷抜きとホットコーヒーを注文して、向かいのカフェの出入口がぎりぎり見える窓からすこし内に入った席を取る。
座って一息付いて、互いに無言で本を開き、時間を潰し始めた。しばらくすると、リュウタが、何かに気がつき思い切り顔をしかめた。
「これ、外で待っていれば映画わざわざ見なくてもよかったんじゃないか?」
「1年くらい前、ホラー映画避けて外で待って、人混みに埋もれてメグミたちを見失ったの忘れた?」
結局そのあとも見つけられず接触を断念したのはあまりいい記憶ではない。
「あぁ、そういえば、そんなことがあったな……」
「映画はおなじタイミングで出入りができないと見失いやすいから、できれば中で見れればとは思うけど。ホラーはやっぱりきついわ……」
「だろ?」
「まぁ、それでもやるんだけど」
「だよなぁ……」
リュウタは今日何度目かわからないため息をつくと、ホットコーヒーに口をつけた。
次あったときは一日のため息の回数を数えてもいいのかもしれない。そう思いながら私は口を開く。
「きっかけはあなたでしょ?」
「あぁ、そうだな。だからできる限り協力してるだろう?」
リュウタは乱暴に自分の頭を書きながらすねたように視線をそらす。
この話をするといつもする顔だ。
「助かってるわよ」
「そりゃーよかった」
からかってやろうと思っているのがバレているのだろう。リュウタの声はすねているのを隠そうともしない。
「……動くとしたらいつなんだ?」
「今日はご飯は食べずに解散らしいから、カフェか次の場所で動くと思うけど」
「ここ、夜景がみえる屋上庭園あったよな」
「夕焼けもきれいなのよね、そこかしら」
「可能性は高いな」
そう言いながらリュウタがスマートフォンを操作するとこちらに画面を向けてきた。
今日の天気は快晴、日没時間はおよそ19時。
現在の時刻は16時10分。
「あと2時間くらいね」
仮説を立てたが、確証はなにもない。
交互に向かいのカフェの出入り口を見張りつつ、本を読み、暇をつぶし、約2時間。その時はあっさりやってくる。
「出てきたぞ」
本から顔を上げる。リュウタはもうすでに出る準備を始めていた。
私も本をかばんに押し込み、立ち上がろうとしたとき、異変に気がついた。
「あれ、トモキくん告白したあとかも」
妹の少し申し訳なさそうな顔が見えて、私は察した。
あの顔は幾度となく見た告白を断ったあとの顔だ。
「トモキくんはやいな」
「メグミと別れたら行くよ」
「おう」
駅までは一緒に行くようで、距離をとって後ろを歩く。
トモキも妹も互いに努めて明るく接しているのがわかる。駅で改札に入ろうとする妹になにかトモキが話をして妹だけが改札に入った。
トモキは妹が見えなくなるまで小さく手を振り、見えなくなるとがっくりと肩をおとす。
それを確認して、私はリュウタの肩を叩いた。
「私から行くから、いつもどおりの手はずで」
「了解」
後ろから、そっとトモキに近づいていく。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」
振り向いたトモキは私の顔を見て不思議そうに顔をしかめた。
「私、メグミの姉のミサトです。メグミと仲良さそうに話しているのが見えたから、お友だちなのかなって」
トモキの目が大きく見開かれ、そして、どうしてこのタイミングでという顔に変わっていく。
フラれた日に、フラれた女の姉を名乗る女から声をかけられるなんてとんだ厄日だろう。
けれど、一晩寝てしまえば薄れる思いもあることは私は知っていた。
内心ですこし申し訳なく思いながらも、私は笑顔のままでトモキの前に立つ。
――さぁ、トモキくん。君の恋心を聞かせてほしい――
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