スタンピード
「店の前の札見てねぇのか? 今日は休みだ」
完璧に見落としていた。
休みの日に来客なんて邪魔なだけだろう。
俺は振り返り扉を開ける。
また今度にしよう。
「おい、俺の店跨いで何も持たずに帰ろうってのか?」
オッサンの物言いにチラッと後ろを見ると顔面に何かがクリーンヒットする。
「グハッ!」
無様に当たり転がりながら店の前にはじき出される。
扉がギィッと閉まる瞬間に。
『二度と来んなよ』
そんな言葉を吐かれてしまう。
俺と一緒に地面に転がった箱を手に取り中を開ける。
「防具?」
防具一式。
この国では見かけることもなかった高級装備。
能力値的にもレアリティ的にも職人の腕を重要視していた前の国では数千万の値が付くような防具だ。
能力でも目を見張るのは自動修復機能が付与されている。
オークションに出せば億は行く代物じゃ無いのだろうか?
初心者装備以外にこの能力を持っている防具を俺は知らない。
長年愛用していた初心者装備から着替えると見た目は黒の半袖と灰色の長ズボン。黒の半袖は細部に金の装飾がしてある。
剣士らしく胸と足の部分的な所にシルバーの軽鎧? が付いており、そんな感性しか持ち合わせていないのが残念でならない。
初心者装備のように簡素な作りの防具で青いジャケットを羽織り、刀のように青白い装飾が上から下まで入っている。
カッコイイと思うがまだ何も恩を返せてない事にハッとなる。
猫じゃらしの家を見ながら立ち上がる。
三年前と変わらず俺は黙って店の前で頭を下げた。
クランが出来ただけで浮かれてた。
今の俺は何も変わってないじゃないか。
【強制イベント・スタンピード発令】
ビビっと俺の目の前にイベントのシステムメッセージが目に入る。
忘れないように一万円をポケットに入れる。
これもこの国の為だと見慣れたイベントを消化する為に俺はすぐさま始まりの丘に駆け出した。
【【くうらん】は初級クランにランクが下がります】
足取りが軽い。
防具の恩恵がここまであるとは知らなかった。
身体能力は防具依存。知識はあるが経験して初めて分かることもあるな。
スタンピードは前の国では起こらなかったイベントだ。
イベントも国ごとに違うのかな?
セーフティーエリアまで魔物の侵入を許せば国側の敗北になりプレイヤー全ての所持金が半減する。
詳細を確認しながら恐ろしいイベントだと思う。
勝利条件のボスを探さねば。
ザッザッと森の中を掻き分けるように走る。
色が茶色の巨体がズラっと並ぶオークの群れだ。
俺が最初に到着したのか人影は見えない。
シュゴ、シュゴーと鼻息だけでむさくるしくなるが青い刀を抜きクールタイムで静止する。
敵対行動に移った俺を視界に収めたオークはゆったりと力強い足取りで俺に向かってくるのが分かる。
十の静止の後にキンっと甲高い音が俺を包む。
オークは人と同じように首の位置にクリティカルポイントが設置されている。
緑のオーラが俺を包むと防具の能力と相まって今まで体験した事がない速度まで到達する。
目と鼻の先にオークが急接近する程だ。
オークの腹にファーストキスを奪われるのはごめんだと足を屈伸して少しの跳躍。
オークの巨体を見下ろして刀を水平に振るう。
「プギャ」
短い悲鳴と共にクリティカルが発生する。
倒してもまだ数瞬は当たり判定が残るオークを踏み台に次のオークへとジャンプする。
一度も地面に到達する事はなく周辺のオークを倒し地面に降りると。
ポポポと小気味の良い音を残してドロップ品がズラーッとアイテムボックスに入ってくる。
ある程度の魔物を倒したからかグラグラと揺れる地面と木々がガコンと大きな音を出しながら折れていく。
ボスか。
顔すらも拝めない程に大きい。
オークと比べてもオークが子供だと思える程に見上げて見上げる程にデカい。
赤黒い皮膚は攻撃などものともしないだろう。鼻息だけで俺は吹き飛ばされそうだ。
少し臭い。
『ミース・キング・オーク』
面白くなってきたと刀を握り直し巨体に詰め寄る。
大樹程にある足を一太刀。
固定ダメージ【1】それは言い換えればどんな攻撃でも【1】は通るということだ。
足を足場に跳躍する。
ちまちまと刀を至る所に這わせながら頭上を目指す。
『グワォォォオオオオ!』
耳をつんざく雄叫びと共にキング・オークは覇気を纏う。
戦闘時のアクティブスキルだろうか?
覇気に吹き飛ばされると空中で姿勢を整えながら振り出しに戻る。
地面に着地した俺は再度キング・オークに迫る。
やる事は変わらないクリティカルポイントまで駆け上がる。
グオンと空を裂くように手の平が迫る。
丁度いい。
覇気のクールタイムもあと少しで復活するだろう事を鑑みれば今のスピードでクリティカルポイントまで到達する事は不可能だ。
大きく迫る手のひらに向かって腹を蹴り跳躍する。
グッと来るダメージに備える。
空中で一回ひらりと回り、足に衝撃を覚える。
グルンと回った視界は空へ急激に加速する。
やっと見下ろしたデカい身体。
減速から身体は浮遊感と共に落ちていく。
紅い瞳の双眼が俺を捉え、俺を見ていると確信する。
ボスは口を大きく開き覇気のアクティブスキルを使う予備動作に移っていた。
もう遅い。
『初めまして、さようなら』
俺は水平に【スラッシュ】のスキルを振るった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます