第51話:新居と暗殺依頼

 都市において防壁とは存在するだけで都市に住まう者に安心を与える。

 それは防壁に搭載されている都市防衛砲やその周囲に待機している防衛隊の戦闘能力から作りだされ続ける実績からだ。

 故に防壁に近い場所程家賃も高くそれでいて競争率も高いのだ。

 

 そんな防壁にほど近い大きな一軒家にノエルは来ている。

 ノエルと言えど何時までも宿暮らしと言う訳にもいかず新しい家を探していたが先日のスラム街の更地化を引き起こした原因として良い顔はしなかった。その中でもようやく家を確保できたのだが手のひらを返したように今まで断固拒否していた不動産会社からだった。


 この家はかなり防壁にほど近くエイリアスの家が徒歩圏内にあるなどかなりの好物件だった。

 現状3人で生活している為それなりに大きな家を要求していたがそれでも十分以上に大きな家を提案された。ちょっとした豪邸と言って差し支えないその家は二階建てで部屋の数も10部屋以上ありガレージや大きめのお風呂など今のノエルが住むには少々背伸びした物となっていた。


「こちらの物件ですと月20万ルクルムからとなります。警備会社などとは契約されておらず光熱費等は基本的な家賃に上乗せと言う形になります。如何でしょう?ノエル様」


 ノエルの担当者が家の紹介を終えノエルの反応をうかがう。

 肝心のノエルは現在の稼ぎなどと照らし合わせ少し考えた後に自分のシーカー証で決済を済ませた。


 ノエルはシーカー証を持っているがこれは処理が楽だからだ。シーカー証は偽装が難しく身分証としても信頼性がある上に振込等にも便利なためシーカーとして活動する気はもう無いノエルとしても使い続けていた。


 契約などを済ませたノエルは早速引っ越しの準備を始めた。この新居探しの間にもノエルは仕事をしていた。主にデータ整理や人の彼女を奪った奴を復讐してくれだとか様々だったが特に殺しの依頼が多かった。


 ノエルの財布はそれなりに温まったが都市からの評判は下がっているように感じていた。そんなノエルに一通の通話要請が来た。


『ノエル電話ですよ。相手はレイブン財団のフォルテノです』


『分かったわ。そのまま繋げて頂戴』


 ノエルは珍しい人から通話が来たと思いながらもその通話要請に出た。


『久しぶりですねノエルさん?色々とやらかしているようで』


『スラム街の件ですか?それなら言われずとも自覚しています』


『それなら一先ずはいいでしょう。スラム街が消し飛んだというのは防壁内の人間の間でもちょっとしたニュースにはなりましたが我々企業からしてみればモルモット兼肉盾が減ったくらいにしか考えていませんよ』


『酷い話ですね。それで…こんな話の為に通話要請したわけではないですよね?』


『えぇ、勿論。出来れば通信ではなく何処かで話をしたいところですが…流石にシリウスで食事しながらと言う訳には行かないので』


『じゃあ座標データを送るのでそこで待ち合わせましょう。構いませんか?』


『えぇ、すぐに向かいましょう』


 通話を終了後ノエルはすぐに行きつけの喫茶店の座標データを送り店主に来客が来るからその人物を奥に案内するように伝えた。


『三大企業のそれなりの地位にあるはずのフォルテノがノエルに個人的な依頼とは』


『さぁ、何の依頼かは分からないけれど大きい企業なりの苦労があるんじゃないかしら』




 ノエルがお気に入りの喫茶店シルフィニアの扉を開けるとマスターが目線で奥を指す。直ぐにその視線の先を確認するとコーヒーとケーキを食べて待っているフォルテノが居た。


 何時ものスーツでは無いが材質や皺の入り方等ありとあらゆるものが計算されつくされた私服を着ており見ただけで防壁内の人間という事が分かる。


 マスターに紅茶とクッキーを注文してノエルはフォルテノが座るテーブルに着いた


「さて、通話で話しましたし余計な話は良いでしょう。私を含むレイブン財団財団職員からの依頼です」


 ノエルが席につきすぐにフォルテノは話を始めた。ノエルはレイブン財団としての依頼ではないことに疑問を持ちながらも話に耳を傾ける


「…今回の依頼はレイブン財団職員の暗殺依頼です」


 その言葉を聞いたノエルは眉間に皺を寄せた。

 三大企業の一画であるレイブン財団は異物関係やO.D.Oに強力な権力を持つ。企業規模は他の企業とは見劣りするするとしても異界の技術と言う点では他の2企業とは隔絶した物だ。

 

 例外なく三大企業や都市機構に明確な影響を与えうる外敵は粛清の対象となる。三大企業職員の暗殺などしようものなら即座に粛清者が来るだろう。


「いくら何でも私もそこまでのリスクは負いたくはないのですが?」


「粛清者などならご心配なく、根回し済みですからね。貴女の銃の専用弾で跡形もなく消し飛ばしてください」


 そう言ってテーブルの上に置いたのはエルファの専用弾だった。この銃弾はノエルでもおいそれと使用したくない金額な上に制限等によって入手すら困難なものだった。


「超硬度対人工斥力場発生装置アンチアーツリパルシブフィールド徹甲榴弾 少々手に入れるのは苦労しましたがどうでしょう?報酬は既に一部前払いをしていますが…5000万ルクルムお支払いしましょう。どうです?受けていただけませんか?」


 笑顔を貼り付けたままフォルテノはそう言った。


「…失敗した場合は都市から逃げる手伝いくらいはしてもらいますよ…」


「えぇ、勿論それくらいのアフターケアはしましょう」






 新居に帰って来たノエルはすぐさま戦闘準備を始めた。

 市街戦を想定して近接武装を中心にしたノエルは腕のアームマウントの収納機能にシラカバネとエクシウムを。腰にCSS亜光速粒子刀とダルモアを帯刀した。


『少々過剰ではないですか?』


『レイブン財団の暗殺対象の職員がどれくらいの戦闘能力かは分からないから』


 ノエルが持つGXMSR複合電磁加速対物狙撃銃/エルファのフルチャージに耐えられる銃弾は専用弾しかない。その専用弾は元々対斥力場に特化されたムラクモ工房製の刀に使われるような素材で出来ている。流石に特殊壊滅弾頭や高重力発生弾頭程ではないが札束を撃ちだしているに等しい弾丸だ。

 エルファの専用弾は正式名称超硬度対人工斥力場発生装置アンチアーツリパルシブフィールド徹甲榴弾と言いその名の通りシーカーランクで言えば70相当の企業への信頼度が必要となる。


 ノエルは今日の引っ越し作業の殆どをメイド姉妹に任せていた。体力的には十分有り余っていたノエルは引っ越し作業で疲れているだろう二人に夕食は好きに出前や外食するように伝え家を出た。


 今回の暗殺対象は義体者でありただの人間とは違いただ普通に殺す暗殺依頼とは違う。ノエルは以前にも体を部分的に義体にしている者と戦闘を行ったが全身義体者は脳すら別の場所にある可能性がある。フォルテノの情報では流石に遠隔操作では無いという事だったがそれでも体の腰から上を吹き飛ばしても死ぬとは限らないのが義体者だ。よって今回の依頼内容はエルファの専用弾を用いての木っ端微塵に完全破壊というのが依頼内容だった。


 この木っ端微塵と言うのは殺害とは違う。生身の人間を木っ端微塵にしたら死ぬのは当たり前だが残念ながら下手をすれば生身の人間に限りなく近くとも少し時間を置けば何事もなかったかのように生き返り殺しに来る可能性すらある。以前ノエルが見つけ、いづれ使うために隠したナノマシーン義体はその最たる例と言える。

 閑話休題、そのような理由から今回の依頼は殺害では無く「約9割り以上の原形を留めぬ破壊」となっている。


『最近こう言った依頼ばかりね。データ整理やペット探しも来たけど何でこう人間は…』


『そう言っても仕方ありませんよ。ノエルだって殺されそうになったり物を盗まれたら躊躇なく殺すでしょ?』


『それもそうね』


 狙撃ポイントに向かう中ノエルは最近便利屋として依頼された内容を思い出していた。

 彼女が寝取られたからそいつを殺してくれ。ペットが行方不明になったから探してきてくれ。データ整理用の人員が急に大怪我したから代わりにやってくれ等々ノエルはこの一週間仕事詰めだった。


『ノエル…便利屋としての依頼と現在の都市の周囲の賞金首が落ち着いたら私が以前から依頼していた異跡に向かいましょう。貴女も十分強くなりましたし車を買ってから向かいましょう』


『賞金首?』


『あぁ、今都市の周囲の異跡の周辺には虫型のモンスターが大量に出現して賞金がかかっているのですよ』


『賞金ねぇ。いくら位なの?』


『幾つかの個体が居るようで、中型の個体が各5000万ルクルム大型の個体が3億ルクルムです』


『結構高額なのね』


『質より量の個体でこれなら十分強力な部類でしょう』


『早く討伐されるといいのだけど…』


 都市の夜。

 家から出る者は少ない。何故なら圧倒的に危険度が日中の比では無いからだ。


 現在ノエルの住む防壁付近の住宅街は治安が安定しており巡回する警備会社の重装強化服着用者が治安を維持している。


 そして都市のありとあらゆる場所には隠しカメラが設置されているのは長く都市に住まう者やある程度の社会的地位を持つ者は知っている。

 その監視カメラの全てを把握している者は粛清者の小間使い兼都市の目と言われる監視者とその監視者の上司くらいだろう。


 今回ノエルの依頼に伴ってフォルテノの手によって一部の監視に穴が開いている。この監視の穴はノエルには狙撃場所の指定と言う形で伝わっている。

 フェンリルは直ぐに監視カメラに意図的な穴を開けたのだと察したがその事をノエルには伝えなかった。余計な知識を与えて危険にさらすことを考えての事だ。


 今回ノエルが指定された狙撃ポイントは廃棄予定の大型マンションの一室だった。鍵も指定時間は空いておりフォルテノの用意周到さがうかがえた。

 

 指定場所に到着したノエルが早速エルファを取り出し専用弾を装填すると、強化服の迷彩機能を起動し自分の存在を周囲にとかす様に同化する。


 フェンリルは基本的に戦闘サポートと言っても銃撃補助と強化服や人工斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドの出力調整が主である。基本的な技量は全てノエルが自身の技量だ。それは今までの実戦経験や仮想訓練によって得られた経験値から得られているが今回は殆どどのような事になるか分からない。


 エルファは主に二種類の異物が根幹となっている。

 一つはレールガンモジュールもう一つはコイルガンモジュールである。

 コイルガンの初速が得にくいと言う欠点を通常の発射機構が補い、その後レールガンでさらなる加速を与えるというのがこの銃の基本的な考え方だ。

 莫大なエネルギーを消費する上に銃弾が銃撃に耐えられないという欠点こそあるが最大チャージ時には個人携行可能な銃の中では上位の破壊力を誇る。


『時間です。チャージ開始…完了』


 フェンリルの照準と視覚補助がノエルの視覚情報に上書きされ目標と弾道予測が表示・強調される。目標まで約10Kmあると言うのにノエルの目にはほんの目の前に見えている。

 ノエル自身の狙撃技術とフェンリルの補助による強化服の精密操作が寸分の狂いもなく高性能照準装置を介した目標を捕らえる。


 トリガーが引かれ、躊躇の欠片も無い正確無比な弾丸が射出される。

 空間を割き、目標に着弾した弾丸は超高出力の人工斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドをいとも簡単に貫き、胴体の大半をその運動エネルギーによって吹き飛ばし、着弾の衝撃によって内部の金属爆薬が破裂しその周囲を巻き込んで対象の身体を吹き飛ばした。


『依頼達成終了ですね。入金を確認しました』


『やれやれ、本当に仕事内容は簡単な部類なのにリスクが高すぎるわ…』


 直ぐにエルファを片付けたノエルはそのビルから飛び降りた。

 空中で人工斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドによる浮力で落下速度を軽減し着地した。


『やっぱり便利よね、コレ』


『必要であれば飛ぶことも可能ですがコスパが悪い上にホバーバイクでも買った方が良いでしょう』

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