第37話:狂気

 この世界は金さえあれば命をも買える世界だ。借金などすれば人とすら扱われずに死ぬ事すら容易にできなくなる。だが最低でも借金程度ならば何とか返済することが出来るが、完全にペットのような扱いを受ける場所がある。勿論都市のルールではセーフだが流石の壁外人でも嫌悪される物もある。勿論それは金も力も無い代わりに顔がよかったりする物がスラム街で陥る状況だ。


 この世界において急な成長をする者は金を急に稼いだ者だ。旧世界の言葉で言えば出ている杭だろう。そう言うものがどうなるか等は火を見るよりも明らかだろう。打たれるのだ。


 ノエルは新しい装備のテストもかねてセルタス商業区異跡に来ていた。再三来ているためモンスターの分布状況も把握しているノエルだが今日はやけにシーカーが多かった。

 いくら何でもシーカーが顔を合わせた程度で殺し合いに発展することは無い。それに今回のノエルのメインの目的はCVE汎用機関銃の性能テストを兼ねた異物捜索に来ていた。シーカーの多さを不思議に思いながらも迷彩コートを起動して異物収集を始めたノエルは最近シーカーとばかり戦闘している事を考え異物収集は最低限にしておいた。もし戦闘になっても支障がない程度なのはいつも通りだが集めた異物を幾つかの場所に隠しておくことで身軽にしたのだ。


『何だか変な気分ね』


『ノエルが大量に異物を持って来ているのは分かっていますから。此処の異跡にそれだけうま味があると思っているのでしょう。もしくはノエルの異物を奪うとかでしょうか?』


『勘弁して欲しいのだけど?最近そんなのばかりじゃない』


『あの時とはノエルは装備も技量も違います。何とかなるでしょう』


『それ戦闘を前提にしているじゃない…』


 ノエルは本格的に異物収集を終わらせてバイクでの撤退を始めようとした時だった。周辺に居たシーカーが全員ノエルに銃を向けそのトリガーを引いた。咄嗟に近くの店舗に滑り込んだノエルは持っていたスモークグレネードとジャミンググレネードを栓を抜きてばら撒いた。


『全員ぶっ殺してやるわ!』


『ノエル落ち着いてください。今回撃ってきたシーカーの実力はそう高くはありません、直ぐに片づけましょう。ですから先ずは落ち着いてください』


 TSSR対物ライフルを抜き視界範囲のノエルを攻撃してきたシーカーに向かって撃ち放った。対機械系モンスター用のおよそ人間に撃つ物ではない強力な破壊力を持つ銃弾がシーカー達に直撃し、人間・義体者を問わず上半身が吹き飛び絶命させていく。


 残りを片付けるべくノエルは装備を入れ替えた。ハイベクターを二丁取り出し、強化服と新たなナノマシーンの爆発的な身体能力を最大限発揮させ、弾丸の様な速度で隠れていた建物を飛び出す。肉体への負荷を無視したその移動はノエルの足を破壊するには十分な物だった。それを高い回復薬で無理矢理修復していく。発生した激痛を何とか回復薬の鎮痛効果と気合で抑え込んでハイベクターによる近接銃撃戦を行う。ノエルは確かにシーカーランクも実力も装備も中堅に及ばないが自分の体も装備も今回の戦いで消費しきるくらいの覚悟で戦闘する事で身の丈に合わない戦闘能力を生みだし、それをフェンリルのサポートで何とか制御している。


『相変わらずきっついわね!』


『喜んでください、それが分かるという事は生きています』


『前から思ってたけどその理論間違ってるわよ!?』


 念話でフェンリルに愚痴をこぼしながらもハイベクターを膝蹴りを入れたシーカーに撃ち込んでいく。ノエルに放たれる弾丸はアームマウントに搭載された人工斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドをフェンリルによって瞬間的に出力を上げた斥力場で防ぎきる。更に出力を上げれば壊れるが銃撃を弾き返す事すら可能だが完全に壊れる。その事を分かっているフェンリルは最低限受け止める事が出来る出力を着弾の瞬間にだけ展開しエネルギーの消費を最低限に抑えた。


『やっぱりいいわね!敵に回すと厄介だけど…』


『サブの機能のようですがこれでも十分この程度の弾丸なら防ぎきる事が可能です』


 ノエルに放たれている弾丸はノエルと戦う事を想定されているのは当たり前だがモンスターに通用することが前提の弾丸だ。このセルタス商業区異跡に居るモンスターは警備ロボがメインである為機械系モンスターが多い。その機械系モンスターに通用する銃弾となれば汎用徹甲弾が普通となり、実際にノエルに放たれているのもそう言った弾丸が多い。

 それでもノエルが肉塊になっていないのはフェンリルのおかげだ。通常のアームマウントの人工斥力場発生装置アーツリパルシブフィールドの出力では到底防ぐことなど叶わない。それをフェンリルの最適化された瞬間出力と制御能力で実現している。



 最後の一人となった時ノエルは直感した。今までの誰よりも強いと、そんな直感がノエルを一歩引かせた。その一瞬後ノエルの居た首のあたりに紅い一線が走る。


「チッ」


 その舌打ちされたことに微妙に愉悦を覚えたノエルは両手のハイベクターを気休め程度に撃ち放った。だがノエルの予想通りその銃弾が命中することは無く刀で弾丸を弾かれた。


『強い!多分対人戦闘に慣れてる』


『やりますよ。倒しましょう』


『やれるの!?』


『信じてください』


 ノエルはその男の放った二度目の居合切りをハイベクターで刀身を殴る事で弾き、もう一方のハイベクターで殴りつけた。それを返す刃で防がれる。粒子刀の粒子で使用不可能になったハイベクターを投げ捨てCSS亜高速粒子刀を目の前の男ユジンの様に居合切りを放つ。ノエルのCSS亜高速粒子刀は粒子を他の製品より多くの回数飛ばせる。その粒子を居合切りの際に刀身形成に利用する事で意表を突く。それすらユジンは刀で受け止めた。

 ノエルは少しの驚愕こそすれ、それもかしくは無いと意識を切り替える。この状況でノエルは一つの考えが思い浮かんだ。それは常識的に考えれば狂った思考だがノエルは自信を持てる戦闘技術が今の自分には無かった、それをこの男の剣術を吸収すれば少しは誇れるかもしれないと。


『いいわ、良いわね。この男と戦っていれば…』


『ノエル?』


 ノエルはニヒルに笑う。この男と戦っていれば自分は強くなれるかもしれないと。笑顔で刀を振るいだした、この死が迫る状況の中ノエルは笑ったのだ。戦場で怒る者は三流笑うものは二流と呼ばれることがある。だがこの状況でノエルが笑った事に一番驚いたのはユジンだった。


(なんだこいつ!?この状況で笑ってやがる!?)


 ユジンは自分の剣の腕に自信を持っていた。以前剣で有名な紫の粛清者に気まぐれで教わった事があった、ユジンは刀だけを使って今まで戦いシーカーランクも48まで上り詰めた。そして目の前の少女は剣の腕はそれほどでもないと聞いていたしシーカーランクもせいぜい20後半程度だとも聞いていた。


(おいおい…聞いてた情報と全く違うぞ!?スナイパーで近接戦に弱い?シーカーランクも24で雑魚?だったら目の前の少女は何だ?あれだけいたシーカーを物の数十秒で殲滅して俺の最速の抜刀を完全に回避しきって反撃までしてきやがった!

 これでシーカーランク24?冗談も対外にしろよ!?迷彩機能を使わずにこれだけの実力があれば40後半の戦闘能力があってもおかしくは無いぞ!?とんだシーカーランク詐欺やろうじゃねーか!?)


 ノエルはこの状況で戦闘を楽しんではいない。ユジンの振るう剣を吸収できている実感が嬉しかったのだ。ユジンが一度放った技は全て見抜き、防ぎ場合によってはカウンターすら放つようになっていく。ノエルの近接戦闘センスは今この時刃物を研ぐ様に切れ味を増していった。


『ノエル?聞いていますかノエル!?』


 フェンリルは逆に困惑していた。ノエルの技量が上がっているのは喜ばしくはあるが確実に殺せたであろう場面でも殺さず見逃すような事をし始めている。そんな行動をするくらいなら今すぐ戦闘を終わらせて自分の訓練で鍛えればいいではないかと。フェンリルの話を聞かず、耳に入れずノエルは戦闘を続ける。



 ノエルがフェンリルの声も無視して一心不乱に刀を振るう。ユジンが振るう刀をしっかり捌き圧縮された体感時間の中で次はどう受ければ最適かを思考する。ノエルの体感時間操作は日々の訓練と濃密な戦闘によって日に日に最適化され、圧縮度も継続時間も着々と伸びている。その濃縮された体感時間でユジンの刀を躱し、鍔迫り合いを起こし、斬撃を飛ばす。


 精々剣の振り方を形だけ覚えただけの者が、この短時間で着実に殺意のこもった刀を振り。追い詰められ体を切りつけられていた純白の髪の少女は、殺意の混ざった狂気を込めた瞳を敵に向ける。



 ノエルが急速に技量を上げる中ユジンはついに逃げの算段を始めた。刀を弾き距離を置き始めたのだ。ノエルが急接近をしても距離を置かせるような刀の振り方をするように。

 その様な戦い方をし始めたユジンにノエルはかなり不愉快だった。やっと楽しくなってきたというのに急につまらなくなってしまった。それは表情に現れ、ノエルの顔を見たユジンはまるで光の一切ない深淵を覗いたかのような気分に陥った。背筋から凍るようなその感覚に襲われ、思わず体が緊張して硬直してしまった。

 その一瞬の隙をノエルは突きユジンがノエルに放った技の中でノエルが一番防ぎにくかった技でユジンの四肢と頭部を切断した。


『ノエル!?ノエル!?』


『フェンリル?どうしたのよ』


『どうしたのはこちらのセリフです!あんなに呼びかけたのに反応が無かったものですから…』


『そうなの?』


 だがノエルは今回の勝利に今まで以上の実感を覚えていた。今回ノエルは最初以外は殆ど自分だけでこの強敵を倒せたからだ。ノエルの悩んでいたフェンリルがいなくても自信を持てる技量を手に入れたからだ。


『でも私フェンリルが居なくても何とかなるだけの技術を手に入れたのよ!見ていたでしょう!?もしフェンリルが私を見捨ててもやって行けるし。フェンリルが私を殺したくなっても抵抗くらいはできるわ!』


 その光の無いノエルの瞳と先ほどのノエルの表情を見たフェンリルは管理人格として肉体の無い身でありながら寒気を感じた。


『そんな事を…感じていたのですか?』


『そんな事って何よ…私にはフェンリルが居なくなったら出来る事なんて数えるほどしかないのよ?フェンリルが私に愛想を付かすか分からないもの…私頑張ったじゃない!どう?私も少しは出来るようになったじゃない?』


『えぇ、勿論です…』


『本当!?やったわ!フェンリルに褒められたわ!』


 ノエルはまだ情緒が不安定な状態だったそれを察したフェンリルによってこのままでは不味いとノエルを帰るように諭す。


『今日はもう帰りましょう?エネルギーもCSS亜高速粒子刀の粒子も結構使いましたから』


『わかったわ』


 フェンリルはまるで恐怖という名の首輪とリードを付けられた気分だった。

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