第87話 決まり切ったことを言おう
「物は相談なんだけどさ」
今村さんが切り出した。
「この娘、あたしたちに紹介してくんない? この娘と一緒なら柊クンをウチらのグループに入れてもいいよ」
これが要点だ。今村さんはこれが言いたくて僕に接近してきたのだ。しかし僕の答えは決まり切っていた。
「ごめん。この子を紹介することはできないんだ」
「それって柊クンの独占欲?」
「それもある。でも彼女には事情があって、あまり公にされるのはマズいんだ。バズってること教えてくれてありがとう。お陰で対処が取れる」
「ふ~ん、じゃ、仕方ないっか」
今村さんはあっさりと引いてくれた。意外だけど、ありがたい。メルのことはあまり深掘りされたくない。
今村さんは永井さんと小野さんのところに戻っていった。
「フラれたわ~、柊クン、カノジョ一筋だって」
「言わなくても聞こえてたし」
会話が僕のところまで聞こえてくる。なんか色々と違ってない? 訂正に行こうか迷うが、彼女たちのところに行く勇気が出ない。なんて声を掛けていいかも分からないからな。結局、今村さんたちに声を掛けられないまま放課後を迎えた。
今日からは放課後に中間テストの再試験がある。しっかりと解答は記憶してきたので問題は無い。数学なんかも解法を理解まではしていないが、丸暗記だ。同じ問題が出ると分かっているからできる手段でもある。
2教科の再試験を受けて帰宅。
帰るなり廊下の向こうから水琴が駆けてきた。
「お兄ちゃん! なにこれ!」
スマホを振り回している。あー、水琴のところにも行ったのか。本格的にバズってるんだなあ。と僕は諦め半分だ。
「水琴にはダメって言ったのに、自分は拡散してるなんてずるい!」
「僕がやったんじゃない。不可抗力だ。言っておくけど、あの写真は投稿するなよ」
「ええー!? なんでよ。ずるいずるいずるいー!」
「思いっきりメルと仲良く写ってるだろ。あんなもんが拡散されたら、お前だって質問攻めになるぞ。メルにだって迷惑がかかる」
「なんでよ。良いことしか書いてないもん。みんなメルさんに興味津々なんだよ」
「それが良くない。お前はメルを利用して自分が有名になりたいだけだろ」
「そんなことないもん! お兄ちゃんの馬鹿っ!」
水琴はそう言って自分の部屋に駆け込んで、勢いよく扉を閉じた。うーん、失敗したかもしれない。もっといい言い方だってあったはずだ。あれでは水琴は写真をインスタに上げてしまうかも知れない。かと言って、スマホを奪ってまで止めるなんてことはできない。母さん辺りからうまく注意してもらうしかない。
水琴は夕食時にも顔を出さなかった。母さんに事情を説明して、水琴に軽率なことはしないように釘を刺してもらうようにお願いしてその日を終える。
そして11月の3日になった。今日は文化の日で祝日だ。午前はトレーニングと勉強に充てて、昼ご飯を食べてからアーリアに行った。家賃の支払いをするためだ。不動産屋のお婆さんに銀貨7枚と銅貨5枚を支払う。
それから日本に戻って大和八木駅へ。換金と買い出しを済ませておいて週末の時間を増やしたかったからだ。
まず橿原ダンジョンに行って魔石を売却する。20,000円と少しになった。第4層で稼いだ割りに少ないのは僕がへっぽこだったからだ。思い出してちょっとへこむ。
大和八木駅前に戻って100円ショップで鏡、ガラスポット、ボールペンを、スーパーで上白糖、緑茶、インスタントコーヒー、それから忘れないようにチョコレートを購入。ビーズは結果が出るまで仕入れなくていいかな。
正直稼ぐなら鏡だけで十分なのだが、これまで仕入れていたものを急にストップするのも不義理だと思って続けることにする。
しかし毎週これだけ同じものを買いに来てる高校生って目立つだろうな。別段、店員さんからなにか言われたわけではないけど、目線は気になる。
自宅に戻って商品の詰め替えなどの作業を行って、リュックサックに商品を入れると押し入れに隠す。家族に見つかってこれはなんだと言われたら説明できる気がしないからだ。
すべてが終わる頃には夕方になっていた。筋トレで休憩を入れながら勉強をする。なんかこう、負荷を増すためのものを購入してもいいかも知れない。あるいは水を入れた2Lペットボトルを持っておくだけでいいのかも知れないけれど。
しかし文化の日だというのに文化的な活動は一切していないな。文化的ってどんなのだと言われたら、僕には芸術くらいしか思い浮かばないけども。
幸いでないことに僕には芸術的素養はまったくと言っていいほどない。絵筆を持つと手が震えるし、歌えば音を外すし、文章を書けば支離滅裂だ。
まあ、他になにかの素養があるのかと言われたらまったく分からない。運営様は不公平で、キャラクターに平等性などは与えなかった。持てる者は持っているし、持たざる者は一切持っていない。そういうものだ。キャラクターデータコンバートがあるだけでも僕は持っている側ということになるんだろう。
平日が戻ってきて僕は勉学中心の日々を送る。中間テストの再試験もなんとか終えた。手応えとしては十分だ。落第ということは無いだろう。水琴の件がどうなったのかは分からない。夕食の場に顔を見せるようにはなったが、まだ怒っているようで僕の顔は一切見ないし、会話にも応じようとしない。
そんな日々を乗り越えて待ちに待った週末がやってくる。僕がアーリアの部屋に転移すると、メルが漫画を読んで待っていた。
「お待たせ、メル」
僕らの週末が始まる。
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