第84話 レッサーコボルトと1人で戦ってみよう

 僕は威嚇の唸り声を上げるレッサーコボルトと向き合っている。レッサーコボルトは二足歩行もできる犬型の魔物だ。劣化種ではあるが、動きが俊敏で普通のゴブリンよりは手強い。


 そうと分かっていて、僕が1人でレッサーコボルトに立ち向かっているのは、第5層へのポータルを開くかどうかでメルと意見が割れたからだ。僕は開けるべきだと言い、メルはまだ早いと言った。


 第4層での狩りは順調だ。防具もある。第5層の様子を見てもいいはずだ。しかしメルは僕が単独で第4層で戦えるようになるまでは第5層に向かうべきではないと言う。


 ならば第4層で戦えるところを証明するしかない。というわけだ。


 ガゥッ!と強く吠えたレッサーコボルトが前足を地面に置いて一気に距離を詰めてくる。僕はショートソードを振り上げた。僕がやることは薪を割るのとなにも変わらない。相手が動いているか、いないかの違いだけだ。


 振り上げすぎない。力を入れすぎない。戦闘という極度の緊張状態においてそれをするのは意外に難しい。


 レッサーコボルトが地面を蹴って跳躍した。僕の顔を目がけて跳びかかってくる。


 僕はショートソードを振り下ろす。その時にはもう分かっていた。


 振り上げすぎた。


 振り下ろしが間に合わない。かと言って盾を割り込ませるには遅すぎた。レッサーコボルトの爪が僕の顔を抉る。幸い裂傷は鼻から下で済んだ。目をやられていたら終わりだ。


 衝撃で背中から地面に倒れる。そんな僕にレッサーコボルトが跳びかかる。噛みつかれそうになったところになんとかショートソードを割り込ませる。ガチガチと犬歯が刃に当たって音を立てた。


 そのままレッサーコボルトの顔を切り裂くことができれば良かったのだけど、体勢が悪くてそれほど力が入らない。レッサーコボルトの顔を押し返すので精一杯だ。自分に小回復の魔術を使う余裕すら無い。


「こんのっ!」


 僕は頭を振って、レッサーコボルトの鼻っ柱に頭突きを入れた。


 ぎゃん! と、悲鳴を上げてレッサーコボルトが僕の上から離れた。


 小回復、いや、まず立ち上がって体勢を整えないと。


 判断を迷ったのがいけなかった。足に鋭い痛みが走る。右足首に噛みつかれたのだ。僕は左足でレッサーコボルトを蹴飛ばす。それからなんとか立ち上がった。右足首はズキズキと痛むが、立てないほどではない。


 僕に蹴られて地面を転がったレッサーコボルトは、そのまま転がった力を利用して起き上がっていた。四足を使ってすでに左手に回り込まれている。突進を盾で受けるが、踏ん張ろうとした右足首に痛みが走って、僕は押し倒される。


 僕の顔にレッサーコボルトの牙が迫り、そこに刃が差し込まれた。メルがカウンターでレッサーコボルトの口の中にショートソードを突き入れたのだ。ショートソードはレッサーコボルトの口から頭部に向けて深々と突き刺さり、血とも脳漿とも取れるような液体が僕の顔に降り注いだ。


 すぐにレッサーコボルトは黒い靄になって消滅し、僕の顔に飛び散った液体も不快感だけを残して霧散する。僕の胸にポトリと魔石が落ちてきた。


「はい、小回復。私が足にかけるから、ひーくんは顔」


「わ――いたたっ」


 分かったよと言おうと思ったが、唇が抉れていて口を動かすと激痛が走った。


 なんとか小回復の構成を構築して魔力を流す。小回復魔術は直近の傷なら跡形もなく消せる。ただしその深さに応じて必要となる時間も延びる。足首の傷はともかく、顔の傷は時間がかかりそうだ。


「分かった? 4層の魔物は私でもかかりきりになるんだから、魔物が2体一緒に襲ってくるだけでもかなり辛いよ」


 魔術を使いながらでも会話はできる。構成を構築した後なら尚更だ。1度完成した構成は魔力が切れるまで、その形であろうとするから維持に意識を割く必要はあまりない。


「そ、うだ、ね。ゆ、だん、してた、よ」


 ないが、唇の傷が治ったわけではないから喋りにくい。結局、僕らは言葉少なに小回復の魔術構成に魔力を流すことに注力した。

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