第413話◆やましいことはないけれど緊張する

「やー、君、グラン君だっけ? どう? ギルド職員の採用試験を受けてみない?」

「や、俺マイホームがピエモンにあるんで!! 丁重にお断りさせていただきます!!」

 俺は今、ギルド職員に激しく勧誘されている。

 やだ、ギルド職員って給料はめちゃくちゃいいけれど、なかなかハードな仕事だと聞いたことがある。

 俺は自然の中でスローなライフを満喫しつつ、時々ダンジョンでつまみ食いするみたいなフリーダムな生活がしたいのだ。



 なんでこんなことになっているかというと、昨日の夕食後に冒険者ギルドの出張売店にダンジョンでの収穫を買い取ってもらったことが発端だ。

 ダンジョンに入ってから色々溜め込んでいたもの――主に肉類を買い取ってもらうために次から次に出したら、その荷物持ちスキルに目を付けられてしまったのだ。

 たまたま拾ったマジックバッグの性能だと誤魔化したのだが、その勧誘は翌日も続いた。

 荷物持ちスキルだけではなく、Aランクということと、買い取ってもらった肉を解体したスキル、その他諸々を評価してもらえて嬉しいのだが、忙しそうな職場はノーセンキューだ。

 冒険者ギルド職員への勧誘は丁重にお断りした翌日、先の階層に進む俺達のパーティーと一緒に冒険者ギルドの職員パーティーの出発が被った。

 十二階層の入り口のセーフティーエリアまでは直通予定だったため、先のエリアに向かう職員パーティーとほぼ進行が被っている。


「なーんで、同時に出発するかなー? 普通ちょっとずらすでしょ?」

 俺達のパーティーとギルド職員のパーティーの移動が被って、十人ほどの集団でゾロゾロと移動している状態になり、アベルがプチプチと文句を言っている。

 まぁ普通は同時に動くと獲物の取り合いになりやすいので、出発が被った場合どちらかが出発時間を少し遅らせるのが普通だ。

 しかし十階層は田園地帯で魔物を狩ることはほとんどなく、相手は職員のパーティーで魔物狩りを目的としていないので時間をずらす必要もないのでそのまま出発したのだ。


「いやさ、ドリーさんとこのパーティーがたくさん肉を売ってくれたから、いっぱいになったバッグと収納が溢れちゃった職員は十階層で帰しちゃいましたからね。この先の階層はあまりきつくないから一人減ったくらいなら平気だけど、ほら、やっぱり強いパーティーと一緒なら安心でしょ?」

 職員パーティーは十階層のセーフティーエリアに到着した時は五人パーティーだったが、そこで素材が多く買い取れたため、いっぱいになったマジックバッグと共に収納スキルがいっぱいになった職員一人が帰還用の転移魔法陣で帰って行ったらしい。

 あまり大量に出し過ぎると買い取り価格を下げられるし、他のパーティーの分が買い取れなくなって迷惑をかけてはいけないので手加減はしたつもりだったのだが、羊とフェニクックはもういらないと言われてしまった。


 出張売店でダンジョンの奥までやって来るギルド職員のパーティーは、買い取った物資で荷物がいっぱいになると、戦力に影響が出ない程度で帰還用の魔法陣のある階層で、メンバーの一人がいっぱいになったマジックバッグを持って先に帰還するそうだ。

 十階層のセーフティーエリアには帰還用の魔法陣が設置されているので、今朝の出発前に職員さんが一人、荷物を持って帰って行った。

 奥に行くほど戦力が削がれるが、それも考慮したパーティー編成になっているという。

 それに冒険者のギルド職員さん、ものすごく物腰の柔らかい口調で表情も優しそうだけれど、その辺の冒険者より強い。しかもここまで来ているのならAランク。絶対にやばい強さの人達だ。


 そんな人達のパーティーとほぼ同時に出発して、ほぼ同じペースで進んでいるので心強いはずなのだが、何となく緊張する。

 とくにやましいことはないのだが、少しでもやらかしたら評価にマイナス棒が付いてしまいそうな気がしてビクビクしてしまう。

 怒られるようなことはしていないのだが、安全確認があまかったり、効率重視で適当にやっていたりで、違反ではないがあんまよろしくない行動もたまにある。

 アベルのトレイン行為はもちろんアウトだし、俺がたまにやるダンジョンの床を砂地にするのもあまりよいことではない。一応周囲の安全は確認しているが、広範囲に影響がある爆発物や範囲攻撃もよくないし、大型の敵を投げ合うのももちろんアウトだ。

 今までの道中の大雑把な狩りは見られていないよな!?






「あれ? ゴマ――コノアサじゃないか? まさかこんなところに生えてるなんて」

 十階層のダンジョン製田園地帯の間を歩いていると、ゴマっぽい植物コノアサが生えている区画が目に入った。

 コノアサはユーラティアほとんど見かけることがない。周辺諸国でも栽培はしていないようで、極稀に薬草屋で少量売っているのを見かける程度だ。

 海の向こうが産地らしくたまに少量持ち込まれるが、値段のわりに効果はそれほど高くないので買い取る店もほとんどないらしい。

 過去に何度か買ってすぐに使い切ってしまった。

 実を一つ採って割ってみると、どうやら黒コノアサのようだ。


「コノアサって王都にいる頃にグランが料理で使っていた小さい粒みたいなやつだよね」

「そうそう、売ってるの滅多に見ないんだよな。根元から刈り取るだけだから少しだけ収穫していい?」

 根元から刈り取るだけならすぐだし、ここら一面にあるのだけ刈り取ってもうちで消費するだけなら十分な量になりそうだ。

「グランの少しだけって、この辺り一面全部ってことでしょ? 根元で刈り取るだけなら風魔法でやってあげるから、グランはひたすら回収してきなよ」

「やった! 超助かる! 帰ったらお礼にコノアサのアイスを作るよ!」

 根元から切り取るだけなのでザクザク刈り取ってもらえると非常に楽である

 アイス以外にも団子も作りたいし、シンプルにクッキーでもいいな。料理にも使えるし、脂は……搾るほどはなさそうだな。


「これと似たようなのが俺の故郷の村にもあるな。うちの方だと種の色は白いけどだいたいこれと同じだな。油がすごく取れるから食用油にするんだよな」

 おい、カリュオン! そういう話はもっと早くしてほしかったな!!

 ユーラティアでの植物性食用油はエライオンという、黒い瓜のような植物を絞った油が主流だ。

 お手軽な値段で不味くはないが、とくに風味がいいわけでもなく可もなく不可もなくといった感じで、料理に使うには無難なのだが、風味のよい油が別に欲しくなるのだ。

 エライオン油より値段は高いがエリヤという実を搾って作る油は、爽やかな風味でドレッシングにも向いているため、俺のお気に入りの調理油でよく料理で使っている。

 ゴマも探していた食材の一つだったのだが、カリュオンは盲点だったな。

 先日言っていた山芋をかけて食べる麺の話といい、カリュオンとは一度じっくりお話をしないといけない。


「あら、コノアサは南の大陸の植物だったわね。カリュオンはそっちの出身なの?」

 へー、南の大陸の植物なのか。さすがシルエット、植物については詳しいな。

「いんや? ユーラティアのよくある森だよ。うちのあたりのは、おそらくそっち方面のエルフが大昔に持って来たものじゃないかな。エルフは排他的だけどエルフ同士なら普通に交流があるからな」

「そうなのね、だったらエルフのいる地域なら遠方の植物もあったりするのかしら?」

「どうかなぁ、多分あると思うよ。俺は薬草にはあんまり興味ないから詳しくないけど、見れば思い出せるかな?」

 見ればということは、見なければ思い出せないってことかよ!!

 やはりカリュオンは本格的に腹を割ってお話をしないといけないな。

「うちのあたりではセサ実って呼ばれてるわね。シランドルではあまり手に入らなくて、南の砂漠の方からの輸入品がほとんどだけど。うちの方だと黄色っぽいのが主流で料理に使うことが多いわねぇ」

 リヴィダスの実家の方が黄色か。黄色ってことは金ゴマか?



「ふむ、ユーラティアにはあまりない食材で、油を多く含んでいるか……なるほど。グランはこの植物について詳しいか?」

「詳しいってほどじゃないけど? 本で読んだ程度の知識なら?」

「その話、ちょっと詳しく聞かせてくれないか?」

 油が取れる植物だからか? ドリーが珍しく食材に興味を示したぞ。そうだよな、こんなところに食用油の材料が生えていたら気になるよな。

「ギルドの職員さん達は、俺達はしばらくここで採取活動をするから気にせずに先に進んじゃってどうぞ?」

 ドリーにコノアサの話をしようと思ったら、立ち止まって俺達の話を聞いていた職員パーティーに先に行くようにアベルが促した。

「あー、いやいや、何か面白そうな話してるなって思って、僕達も混ぜてくださいよ。この階層の作物、色々なものが不規則に生えてくるんで馴染みのないものも多いんですよね。この植物もその一つですねぇ、へぇ、油がたくさん取れるんですか」

 職員さんがコノアサに興味を示している。

 これはもしかするとコノアサが出回るきっかけになるかもしれない。

「ち、用途が広まる前に安く買い叩くチャンスなのに」

 アベルの舌打ちが聞こえて、その後は小声でよく聞き取れなかった。

「おっと、俺も迂闊だった。こういう時こそ貴族の力だ。家の力を使って圧力をかけるんだ」

 ドリーとアベルが何かボソボソ話している。俺は難しいことはわからないからコノアサをいっぱい持って帰ろう。


「ははは、ドリーさん。そういえば、ご当主様やお姉様とは懇意にさせてもらってるんですよ。とくにお姉様には十階層で採れる虎耳草、いつもたくさん買い上げてもらっていて、ダンジョン開発にもたくさん出資してもらってるんですよ」

 ギルド職員さんがものすごいニコニコしている。

 この職員さん、ドリーの親族ともお付き合いあるんだ。つまり辺境伯の家門とお付き合いがあるってことか。

「げえぇ、兄上と姉上……そうか。まぁ、そうだよなぁ……、グラン採取をしながらでいいから、適当に簡単に掻い摘まんで説明をしてくれ」

「はー、ドリーのバカ」

 アベルがギルド職員から見えない角度でドリーを小突いている。

 俺難しいことはよくわからないけれど、ドリーは親族の話が出てきて目が泳いでいる。わかる、家族ぐるみの付き合いがあったら、少しやりにくいよなぁ。


 この後、コノアサの説明をしつつ周辺にあるのはほとんど採取して、一部をサンプルとして職員さんに渡しておいた。

 この田園地帯は区画ごとにだいたい同じ種類の作物が生えているが、生えているものは不定期に変わるらしく、何が生えてくるかは生えてみないとわからないらしい。

 コノアサもたまに生えてくるそうで今までたまに持ち込みはあったが、そもそもここで作物を収穫する者も少なく、ユーラティアでは馴染みのない作物なのであまり持ち帰って来られなかったらしい。

 もし食用油として需要が出そうなら、この階層に冒険者ギルドの出張所を出す時に採取依頼も出すようになるかもしれないとのことだ。

 アベルとドリーは少し渋い顔をしているが、コノアサが気軽に手に入るようになったら俺としては嬉しい限りだ。


 このダンジョンは見つかって日が浅い。調査は入っているが、あくまで魔物の分布調査と安全調査がメインで、収穫物やこまかい仕掛けなどはまだまだ未発見なものが多い。

 不明な点の多いダンジョンは危険もあるが、まだ見つかっていないものがあると思うとワクワクしてくる。


 俺達が立ち入れる階層は残り五階層。

 そこまでにあとどれくらいの新発見があるだろう。




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