第172話◆過去は振り返らない主義

「いいかジュスト、薬草を収穫しながら周囲の気配には注意しろ。薬草の種類はちゃんと覚えて来たな? 時々そっくりな毒草もあるから気をつけろって鑑定あるなら平気か」

「はい! わからない物は鑑定します」

 うむうむ、ジュストは飲み込みのはやい良い子だ。仕事も丁寧でいい。

 ここまで乗ってきた俺のワンダーラプターとジュストのオストミムスは、近くで仲良く遊んでいる。

 弱い魔物はワンダーラプター君一号が片付けてくれるので、雑魚処理はお任せだ。雑食のオストミムス君は、モグモグと草や葉っぱを食べている。


 冒険者ギルドで依頼を受けた後は、オーバロの町から近い森にジュストと来ていた。

 この森は強い魔物は少ないようなので、採取初心者のジュストが森での採取に慣れるにはちょうどいい場所だ。

 オーバロの冒険者ギルドの依頼は近くの森の他に、海岸周辺と海上、そして日帰りで行ける距離に小規模なダンジョンもあった。

 滞在中にダンジョンにも行ってみようかな。海もあるし、一日くらいのんびり釣りをする日があってもいいな。せっかくなので海洋生物の素材もがっつり集めておきたい。



 自分の依頼対象の魔物を倒しつつ、薬草を採っているジュストとあまり離れないように午前中はのんびりと森の中で過ごした。

「そろそろ昼時だし飯にするか」

 森の少し開けた場所に出たので、昼休憩にすることにした。

「はい! 戦ってないのにすごくお腹が減りました」

「探索スキルも察知系のスキルも、魔力を使うからな。魔力を使うと腹が減るもんだ。アベルなんか細いくせに、めちゃくちゃ飯くうだろ? アレは魔法をガンガン使ってるからだ」

「なるほど、そうでしたか。こっちに来てからやたらお腹が減ると思ったら、そういう事だったんですね」


 ワンダーラプターとオストミムスには先に昼飯用の肉を与え、周囲に他の冒険者らしき気配もないので放しておいた。これで食事中近づいてくる魔物は、片付けてくれるだろう。

 手頃な石の上に腰を下ろし、ジュストに浄化魔法で手を綺麗にしてもらい、収納から昨夜作ったおにぎりを取り出した。

「中身は梅と昆布とツナマヨと鮭っぽい何かだ」

「おにぎりだ! お米と海苔だ! 梅とかツナマヨもあるんですね!」

「ああ、梅はこちらではリュネと言うらしいが、よく知らないが何だかレアな植物らしい。ツナマヨは俺の自作だ」

 ツナマヨは自信作なのでドヤ顔である。幼女達もツナマヨ好きだしな、ツナマヨは正義。


「ふわあああああああ……お米だー、おにぎりだー、梅干しにツナマヨだー。海苔がパリパリだー」

 ジュストは両手におにぎりを持ってバクバクと食べている。

 今まで海苔が無かったから、海苔を巻いたおにぎりは米を手に入れた後も実現できなかった。ここまで来てようやく、パーフェクトおにぎりが作れたのだ。

 やっぱ、おにぎりには海苔が必要だよなああああ!!

 収納スキルのおかげで、握りたてほっかほかで、海苔は巻きたてパリパリだあああ!!

 時間が経ってしっとりした海苔も悪くないが、今日は三角おむすびにパリパリ海苔だ。俵むすびにしっとり海苔のお弁当もそのうち作ろう。米がたくさん手に入ったら、いっぱい米を食べるんだ。

 おにぎりうめええ……やべぇ、嬉しくて鼻水出そう。


「おにぎりを食べると麦茶か緑茶が欲しくなりますねぇ」

「あー、わかる。俺は玄米茶も好きだな。ほうじ茶も悪くないな」

 普段は薬草茶かアベルが持ってきた紅茶を飲んでいるので、言われてみると日本のお茶を思い出して飲みたくなった。

 茶の木があるから緑茶とほうじ茶は探せばありそうだな。コーヒー大好きなリリーさんなら、もしかしたら知っているかもしれない。戻ったら聞いてみよう。

「玄米茶の中に入っている、小さなポップコーンみたいなの食べるの好きでした」

「あー、やったやった。子供の頃よくそれやって怒られてたな。こっちにも米があるなら、玄米茶もあるかもしれないな」

 なんかポップコーンが食べたくなったな。

 少し空気は冷たいが、天気がいいので気持ちいい。こうやって、のんびりおにぎりを囓っているとピクニック気分だ。




 おにぎりを食べ終わってしばらくのんびりしていると、ワンダーラプターが戻って来た。

「あれ? オストミムス君は?」

 オストミムス君の姿が見えない、何かあったのだろうか。周囲の気配を探るが、強そうな魔物の気配も人間の気配もはない。ここから少し離れた場所にオストミムス君っぽい気配もする。

「グエェッ! グエエエッ!」

「何かついて来いって言ってるみたいですね」

「グエッ!」

 ジュストの言葉を肯定するようにワンダーラプターが短く鳴いた。


 ワンダーラプターに先導されて森の中を進むと、ちぎれたロープのような物が、俺の肩くらいの位置で木にくくり付けられて木からぶら下がっていた。少し離れたところの木にその片割れのようなロープがぶら下がっている。何かを仕切っていたロープが切れたのかな?

「グエッ! グエッ!」

 ワンダーラプターがそのロープの先で呼ぶのでそちらについて行く。その先にはオストミムスの気配がする。

 オストミムスの気配は、落ち着いている感じがするので大事はないのだろう。オストミムスは臆病なので、危機察知能力が高く自身に危険があると感じるとすぐに逃げ出す。そんなオストミムスが落ち着いていると言う事は、危険な状態ではないのだろう。


 ワンダーラプターに導かれた先には、畑がありその先には小さな小屋があった。

 うげええええーーーー、さっきのロープは私有地の目印か!?

 周囲に人間らしき気配はないので、小屋には誰もいないようだ。ここに住んでいるのではなく、森の中の畑に作物の世話をしに来ているのだろう。

 そして、その作物なのだが……無残に食い荒らされた畑のど真ん中で、オストミムス君が満足そうに座って寛いでいる。

 おいいいいいいいいいいい!!!

 森の中で騎乗用の魔物を放した俺も悪いのだが、こんなところに畑があるなんて思わないじゃん!?

 オストミムス君以外にも、草食の魔物が数匹も一緒に畑にいてモシャモシャと残っている作物を食っている。

 さっきのロープは魔物避けのロープだったか。あれが切れたせいで魔物が中に入って、作物を食い荒らしたんだな?


「これってマズいやつでは……」

「すごくマズいな。こんなところに畑があるなんて予想外だ」

「どうしましょう、家主さんに謝ります?」

「うーん、あの小屋は物置小屋っぽいしなぁ。持ち主はここに通って来てるんだろうな」

 結界のロープが切れていたしなぁ……オストミムスが食い荒らさなくても、近いうちに付近の草食性の魔物に食い荒らされていただろうしな。

「逃げるか」

「え?」

「俺達は何も見てないし、騎乗用の魔物も放してない。これは野生の魔物が畑を荒らしたんだ」

 ワンダーラプターとオストミムスを呼び戻し畑からは離れた。

「ジュスト、土魔法は使えるか? 俺達とこいつらの足跡を消してくれ。他の魔物の足跡は残しといていいぞ」

「は、はい」

「昼飯食った場所まで一旦戻ろう、そこまでは足跡を消しといてくれ」

「わ、わかりました」

 ジュストに土魔法で足跡を消してもらいながら、昼飯を食った場所まで戻った。




「ゲプゥ……」

 何を食べたのかわからないが、かなりの量を食べたようでオストミムスが、気怠そうにげっぷをしている。


 結構広い畑だったしな。まだ作物は残っていたが、すぐに草食の魔物が集まって食い尽くしてしまいそうだな。

 うむ……、悪いのはオストミムス君だけではない。オストミムス君が食べなくても他の魔物が食べていた。よってオストミムス君無罪!! 飼い主の俺達も無罪!!!

 とは言ってもやはり心苦しいので、家主がわかるようなら何か詫びはしよう。町に帰って聞いてみたらわかるかな。


「なんだかオストミムスが眠そうな顔をしてますね」

「食い過ぎたのかなぁ? 何食ったのか確認しておけばよかったな。毒だったらマズいし、アンチドート……いや、キュアの方がいいな」

 キュアとは、魔力の消費は多いが、状態異常系は纏めて解除できる魔法だ。オストミムス君が少し眠そうな表情なので、催眠効果か酩酊効果のある植物だったのかもしれない。人間とそれ以外の種族では、違う効果の出る植物は結構多い。人間には薬草でも、他の種族には毒草となる物があるので油断できない。もちろんその逆もある。

 ジュストがキュアの魔法をかけると、オストミムスの表情がシャキっとしたので、やはりなんか変な状態異常にかかっていたのかもしれない。


 俺もジュストもすでに依頼は完了しており、オストミムスも調子が戻ったようなので、今日のところはこれで引き上げる事にした。

「町に帰ったら畑の持ち主を探してみるよ」

「オストミムスは僕のなので、僕も一緒に探します。ちゃんと弁償します」

 とジュストは言っているが、素直に交渉するとオストミムス以外の魔物が食べた分も払う事になりそうだしなぁ。

 ……面倒臭いな、やっぱ逃げるか。

 真面目なジュストは気に病んでしまいそうなので、こっそり持ち主を見つけていい人そうだったら一緒に行くか。やばそうな奴だったら見つからなかったことにしよう、そうしよう。




「あれ? 前方から誰か来ますね」

「ああ、そうだな。騎乗動物に乗った一団っぽいな。冒険者パーティーかな、あ、いや、えー……なんでこんなところに」

 帰り道、町の方からこちらに向かってくる人の気配の中に、よく知っている気配を感じた。


「ん? お前達ここの森に来てたのか?」

「あれ? ドリーさん、どうしたんですか?」

 町の方からやって来たのはドリーと、先日の奴隷商事件の時にいた騎士さん達だった。

「ああ、ちょっと捜査協力だ」

 今日は用事があると言っていたのはこれか。先日の騎士さんと一緒ということは、あの奴隷商絡みの事なのかなぁ。

「そうかー、俺達はもう帰るからまた宿でなー」

「がんばってくださいー、また後でー」

 ドリーに手を振って俺達は町の方へ。


 奴隷商の屋敷にいた時はウサギの獣人姿だったので、騎士達はあの時のウサギが俺だとは気付いていないようだった。

 それにしても奴隷商の件まだ捜査に時間がかかっているのか、大変だなぁ。


 ん?


 奴隷商?



「あっ!」



 森の奥の畑、そこにある作物を食べたオストミムスの虚ろな表情……あああああああああああああああ!!

 マズい、マズいぞ!!


「どうしました?」

「ジュスト、やっぱりあの畑の事は忘れよう」

「え? どうしたんですか?」

「あれは、おそらく麻薬の畑だ。先日の奴隷商の屋敷にあった麻薬の原料になる薬草の畑かもしれない」

 立ち去る時に痕跡を消して来て正解だった。

 事情を話せば問題ないだろうが、変に疑われる事が予想できるので面倒臭い。

「ええ? オストミムス大丈夫かな?」

「クエ?」

 オストミムスは名前を呼ばれた事に気付いたのか、ジュストの方を振り返り不思議そうに首を傾げた。

「キュアの魔法かけたから大丈夫かな? とりあえず後でもう一回かけておこう、ついでにお通じのよくなる薬草も食べさせておこう」

「は、はい」

「というわけで、畑の持ち主探しはなしだ! いいか、絶対にドリーにばれないようにしろ」

「は、はいいいいい」


 これは不幸な事故だ。不幸な偶然が重なっただけだ。魔物避けのロープが切れていたのが悪い。あのロープが切れていたせいでオストミムス君が畑に迷い込む事になったんだし、他の魔物も入ってきた。

 切れていたロープが悪い。


「なんで魔物避けのロープが切れたんだろうなぁ」

「グェッ!?」

「ん? どした?」

「ググエー……」

 ワンダーラプターが、何を言っているかはよくわからない。

「まぁ、ロープが老朽化して勝手に切れたのかもしれないな」

「グエッ! グエッ!」

 柵に比べてロープの方が耐久性は低いが、素人でも囲い易いし値段も安いからな。

 ワンダーラプターも俺の意見を肯定するように、歩きながら首を縦に振っている。


「考えても仕方ないし、帰ってのんびりするかー」

 うむ、過ぎてしまった事をいつまでも悔やんでも仕方ない。

 人間、前を向いて進まなければならない。




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