第88話
Broken Figure
「何とかしてよ」
「オレに言われても……。あの雑誌の記者にいうべきだろ? 大見出しで『柳沢 雛姫、加害者を絶対に赦さない宣言』なんて書いたんだから」
そう、『暴漢に襲われたアイドル』、改め『加害者を赦さないアイドル』という形で、柳沢は賛否をふくめて一躍、時の人となっていた。
オレが最後に投げかけた言葉が、まるで柳沢が語ったような形になり、「私は加害者を野放しにすることで、被害者がでつづける現状を何とかしたい」という言葉で、報じられてしまったのだ。
そして、そのためにできることをする。組織を立ち上げてもいい、と。確かに、オレはそういう形で提案したけれど、柳沢はきょとんとしていた。それが、本人の弁になっているので、オレに何とかして欲しい、と連絡してきたのだ。
オレも篠田が悪い顔をしていたのを思い出すが、オレが提案したのを、そのまま記事にしても面白くない、と考えたのだ。だから、これは柳沢と篠田で解決する問題でもあった。
電話を切ると「誰から?」と声がかかる。今日は川勝 咲里の家に来ていた。彼女は実の兄によって無理やり犯される、という被害に遭い、両親や兄と離れて、祖母の家に暮らす。
無理やり犯されつづけ、セックスに対して否定的になっていた彼女が、オレのところにやって来た。不感症となり、何も感じないままでは、恋をしても上手くいくはずがない。セックスに対して前向きになれるよう……ということだ。
最初はそうした事情も知らず、ふつうに経験したいだけかと思って、ふつうにしただけだった。ただそれでは治癒せず、伊丹とともに性感帯を同時に責める、という荒業を用いて、ふつうに感じる、ふつうの女の子にもどることができた。
今では高校生となり、恋人もできたけれど、恋人とのセックスでは満足しない……ということで、こうして今日は呼びだされていた。
「さっき話しただろ。アイドルの柳沢 雛姫って子。彼女を助けたのはオレなんだよ。それで、こうして連絡をしてくる」
「もしかして、加害者を赦さないアイドルって、アナタの入れ知恵?」
「記者の悪いイタズラだよ。オレに何とかしてくれっていうんだが……」
「ふ~ん……。ちょっと興味あったんだけどな。加害者を赦さないってところ」
うつ伏せで寝ていた彼女が、仰向けになった。スレンダー系なので、胸が揺れるということはないけれど、もう何度も満足した後の体は、少し火照っているのか、ピンク色に見えた。
「もしかして、キミのお兄さんのこと?」
彼女は小さく頷く。天井を見上げながら、ゆっくりと語りはじめた。
「最初は、小学四年生のときだった。その前から、私の胸をさわってきたり、少しおかしいところがあって、警戒していたんだけど、うとうとしていた私の布団に入ってきて、パンツの中に手をつっこんできて……。
私は怖かった。でも、私が目を覚ましていることに気づくと、すごく怒ったような顔で『静かにしろ!』って。私は抵抗することも、声をだすこともできず、パンツを下ろされ……」
「すごく痛かったし、気持ち悪かった……。
もうこんなことは嫌……。そう思ったけれど、両親がいないとき、兄は私の部屋にやってくるようになった。嫌だと言っても、殴られ、蹴られ、抵抗することさえ無意味だと……。私は心を失っていった……。
家に帰ることさえ億劫になり、遅く帰ったあの日。親から怒られたとき、ふと漏らしてしまったの。兄から強姦されるのが嫌だと……」
「そんな兄を糾弾したい? でもそうすると、キミはもう家族にもどれなくなるかもしれないよ」
「今さら、もどれないわ。こっちに来てから一年……。両親は一度も私に会いに来ないし、連絡すらしてこない。私のことは、もう腫れ物と同じなのよ。触ると痛いかもしれない。だから見て見ぬふり……。あの日、私が口を滑らせてからは……」
彼女は手を伸ばしてきて、オレの首にふれると、締める真似をしてくる。それは自分に向けられたものか、それとも……。
「家族関係を壊しても?」
「もう、とっくに壊れているのよ」
そういうと、オレの首に手を回し、そのまま引き寄せると唇を重ねてきた。彼女が沈黙をしていれば、家族からのけ者にしておけば、壊れない家族関係なんて、もう壊れているも同然……。
もし彼女がふつうに、家族の中で暮らせていたら、オレとも出会っていないし、祖母がいないときにオレを誘って、セックスすることもなかったろう。
そう、彼女はもう壊れてしまったのだ。一人の犠牲にとどめ、家族を守るのか? それとも家族全員で背負うのか? 今は、彼女一人に負わせ、こうして村八分にして家族を守っているに過ぎない。
「きっと、私がその運動にかかわったら、家族は驚くでしょうね。そして、さらに私を拒絶するでしょう。でも、きっと兄は罰をうける。それは刑事罰という意味ではなくとも、社会的に……」
「それを望む?」
川勝はオレの手をとり、自分の心臓にふれさせるよう、胸の中心にもっていく。
「前までなら、きっとムリだった。心が壊れていて、自分なんてどうでもいい、と思っていたから。でも、今はちがう。私は生きている。こうして、心臓は生を刻み続けているの。沈黙したまま、生きていくことなんてできない。
兄だけが自分の欲望を満たし、そのために私を道具にした。性の捌け口にした。私はそれを赦さなくっちゃいけない……? そんなことはおかしい。
今さら壊れている家族を、元にもどそうなんて思わない。生きている限り、私は戦いたい……そう思っている」
そういうと、彼女はもう一度……。それを促すよう、激しく熱いキスをしてきた。眠れる獅子を起こしてしまった? むしろ心が死んでいた彼女を、蘇生させたのかもしれない。その生を謳歌するように、彼女はオレに突き上げられると、歓喜の声を上げていた。
その後、オレの紹介もあって、川勝は柳沢と会うことになった。彼女たちは意気投合し、川勝がその組織の代表として犯罪をくり返す者への厳罰化運動、その先頭を率いていくことになる。
川勝は自らのうけた被害も告白、そして家族間で罪を隠そうとする行為も糾弾するといった方向で、運動を展開することとなった。
オレも彼女たちの未来がどうなるか分からない。何しろ、こんなことは前の人生でも起こっていなかったから。そもそも、柳沢 雛姫なんてアイドルが、地元から出たことも記憶にない。
事件、事故などの記事は、比較的記憶しているつもりだけれど、アイドルなんて前の人生では興味もなかった。それは事故により顔が歪み、イジメの対象になってから、卑屈になっていた面も影響していた。
でも、さすがに地元からアイドルが出たら、耳には入るだろう。
もしかしたら、オレがやり直しの人生を歩み、周りと関わることで色々と変化が出てきているのだろうか? バタフライ効果のように、オレが起こす些細な変化で、未来が大きく変わってしまう。それとも、実はここが前の時間軸とは、近いけれど別の時間軸なのだろうか?
その答えを、柳沢 雛姫との関係で知ることになる。
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