第83話

     Idol ≠ Idle


 警察に田口を引き渡し、意識を失ったままの柳沢が救急車で運ばれていく。オレは先ほどナイフをもった人物をみかけた、と話したけれど、警察が向かうと、誰もいなかったそうだ。

「また、オマエか……」

 顔見知りの警察官が、そう声をかけてきた。

「今回は、ランニングの途中ですから……」

「昨日も犯行現場を見つけたんだろ? 本当に……。犯人が捕まっていなければ、オマエを容疑者として疑うところだったよ」

「勘弁して下さいよ」

「オマエ、警察官になれ。そうすれば事件を解決して出世できるぞ」

 オレも苦笑いを浮かべる。「出世は興味ないですが、今回の犯人、実は知り合いなんですよ」

「本当か?」

「小学生のとき、教師をしていた男です。少女を毒牙にかけようとして、オレに邪魔されて人生が狂った、と……」

 後でバレると余計な詮索をされるので、先に話しておくことにした。

「なるほど……。事件に関わると、嫌でも恨みは買う。前にも、そうやって追われたことがあるだろ? やっぱり警察官になれ。そうすれば巨大な警察機構が守ってくれるぞ。少しは……」

 それでも少しか……。もっとも、警察に入る気はないのだけれど。


 ただそれと同じぐらい気になったのは、被害者の方だ。

 柳沢 雛姫――。特に知り合いでもないけれど、すぐに名前がでてきたのは、彼女がアイドルとして、時おりテレビでも見かける女の子だったからだ。アイドルに詳しいわけではないものの、何とかというグループの一人で、この田舎からアイドルがでた……として、話題になったことがあった。

 今は地元ではなく、東京にでて活動しているはずで、偶々もどってきて被害に遭った……? それにしても不用心だったろう。暗い夜道を歩いていたが、いくら田舎とはいっても、もっと明るい道があったはずだ。それに、目立つ格好をしていた。芸能人として日常からオシャレにも気をつかっているのかもしれないけれど、それが犯罪者から恰好の的にされたのだ。

 事件から数日後、柳沢から「会いたい」と言ってきた。ただ、それは自分を救ってくれた相手との対談、という雑誌の企画だったので、丁重にお断りした。

 何しろ、暴漢に襲われたアイドルとして、柳沢は一躍時の人になっていたからだ。自身の体験談ばかりでなく、事件が起きないよう啓発、そういった形でメディアに露出することが増えた。オレは目立つことを望んでいないし、それを口実にアイドルに会いたい、というほどのミーハーでもない。

 しかしそれからさらに数日後、彼女の両親が家まで挨拶にきた。両親がいないときで助かったが、娘を助けてくれたお礼としては、ごく一般的な感覚からするとかなり遅い。

「娘を助けていただき、ありがとうございます」

 そういって頭を下げた華奢な父親……。柳沢は父親似……そう思わせるけれど、彼をみてオレはこう声をかけた。

「胸の辺り、まだ痛みますか?」

 相手もびっくりして、夫婦で顔を見合わす。そう、父親をみてすぐにピンときた。あの日、ナイフをもっていたのは彼だ、と……。

 しばらくして、父親も観念したのだろう。「いいえ、もう大丈夫です」


「何で、あんなことを?」

「娘が……もっと活躍したい、話題が欲しい、というので、この辺りで連続婦女暴行魔がいる、という話を思い出し、自作自演で……」

「でも、暴漢に襲われた……だと、アイドルとして逆効果では? キズものとみられる可能性もあるわけで……」

「だから、妻が迎えに行っていて、悲鳴を上げたところでかけつける、というシナリオをつくったのです」

 なるほど、父親が変装して出かけたのも、襲われた形跡がないと怪しまれるからだろう。逃亡する犯人の姿を、どこかの家の監視カメラにでも残さないと……と思ったのかもしれない。

 しかし父親をオレが倒してしまい、娘は本物の暴漢に襲われた……。

「なぜ、母親は通報しなかったんです?」

 傍らにいる、やせぎすの母親はため息をつきながら「予想外のことが起こり、私も気が動転してしまって……。近くには夫がいると思い、逆に今警察を呼んでしまうと、父親が逮捕されてすべて明るみにでるかも、と……」

「でも、もしオレが駆け付けなかったら、娘さんは悪い男に犯されていたかもしれないんですよ」

「愈々、となったら通報しようと……。そのとき、アナタが駆けつけてきたのです」

 何と悠長な……というか、決断力のなさ、判断力不足を感じる。

「できれば、今回の件はご内密に……」

 そういって、菓子折りの上に封筒を載せようとしたので、オレは叩きだした。別に誰かに話すつもりもないけれど、金で解決しようとした、その態度が腹立たしかったからだ。


 その翌日、柳沢から直接会いたい、と連絡がきた。二人きりのカラオケボックスで……というので、オレも出かける。

 彼女は先に待っていた。ただ、小さな数人用のカラオケボックスの中でも、柳沢は帽子もマスクも、サングラスもとらずにすわっている。

「両親から話は聞いた、と思うけど……、誰かに話すつもり?」

 相手は高二で、タメ口は問題ないけれど、表情が見えないことには閉口する。何しろ本人かどうか、確かめる術もない。一応、これでも彼女がTVで語るときの『大恩人』であり、それに対する態度としては道理に反するはずだ。

「話しませんよ。話したところで、アナタたちにはデメリットでも、オレには何のメリットもない」

 ホッとした様子は伝わってくる。ただ、オレには気になることがあった。

「キミが両親に依頼したのか? 事件をでっち上げよう……と」

 柳沢は小さく頷き「アイドルとして、話題性が今一つ……。どうしても武器が欲しかったの。両親にお願いして、協力してもらった……」

 弱気で、おどおどした両親の様子をみても、その言葉が頷けた。積極的に彼女が主導したから、そんな詐術にも加担したのだ、と……。

「今回の件、黙っていてくれるなら、少しぐらいのお願いも……」

「じゃあ、キスしたい、胸が見たい、と言っても?」

 彼女はしっかりと頷く。ただ帽子はとらず、サングラスとマスクだけ外し、目を閉じて口をつきだしてくる。

 アイドルをしているだけに、可愛らしい顔立ちだ。仕事をとるためなら、業界の偉い人とも寝る? 醜聞を隠すためなら、ここで見ず知らずの男とだって……。

「止めておこう。キミ、処女だろ? キスもまだか?」

 相手が目を開けると、瞳の端からつーっと涙がこぼれ落ちるのが見えた。

「オレも演技かどうか? それに体つきから経験者かどうか? それぐらい分かる。何でそんな嫌なのに、体を任せようとする?」

「だって……。こんなことがバレたら、アイドルを続けられない」

「ここでキスしていた、なんてことがバレても、アイドルではいられなくなる。本末転倒だよ。アイドルは偶像。でも、それが『愚か』を意味する愚像になったら、誰も見向きもしてくれないよ」

 彼女は泣いていた。

「覚悟は伝わるが、暴漢に襲われたアイドル、なんていうのも虚像だ。そんな武器では、長くはつづかないだろう。もし君が、地元の暴漢を何とかしたい、という正義感でそれをしていたなら、虚像ではなく実像としてキミは賞賛され、長くアイドルで居続けられたのにね」

 オレはカラオケボックスをでた。現実の風は、暑苦しいけれど心地よかった。




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