第72話
Deorbit
中学二年生になっても、特に学校で変わったことはない。相変わらずオレは、周りから敬して遠ざけられる感じだし、友達もいない。ただ、前の人生でもこの時期はイジメられ、学校でも孤立していたので、別にこの人生で一人であっても、まったく気にはならないのだけれど……。
ただ中二になって、変わったこともあった。それは昼休みになると……。
「お昼を一緒に食べましょ♥」
そういって教室にやってくるのは、一年生の渡ノ瀬 紗季である。兄の雄大たちに誘拐されそうになり、それを救ったオレが仮の兄として、こうして彼女と付き合っている。彼女も中学生となり、オレと一緒にいられる時間が増えたと、お昼休みに教室までやってくるのだ。かといって教室で、一年生の女子とお昼を食べていると目立って仕方ないので、外のベンチでお昼にする。
この中学では、昼は自分でもってきたお弁当を食べるので、オレは自分でつくっている。ほとんど夕飯もオレがつくるので、その余りや軽く炒めた肉や野菜などを足せばできる、簡単なものだ。
「それじゃあ、栄養が足りませんよ。はい、あ~ん♥」
そういって、渡ノ瀬はオレに箸でつまんだブロッコリーを差し出してくる。
「兄妹は『あ~ん』をしないだろ?」
「しますよぉ。本当の兄とはできませんでしたが……」
寂しそうな顔をしてくるので、オレもそのブロッコリーをぱくっと食べる。すると渡ノ瀬もうれしそうに、オレが咥えた箸をねぶり箸にする。ねぶり箸とは、箸を舐める行為で、すぐに次のブロッコリーを差し出して「あ~ん♥」
「ブロッコリーが嫌いなだけなんじゃ……」
「そんなことないですよぉ。青物は大切ですよ。私は郁兄さんに健康になって欲しくて、食べてもらいたいんです」
そういわれると、断ることができない。オレがまたそれを食べると、再びねぶり箸にする。間接キス……? 彼女とは兄妹関係だけで、キスすらしたことがない。だからこうして、それに近いことをしているのだろうか……?
ただ、彼女とはその一線が大事なのだと、今はそう思っていた。
その日の放課後、日暮 鳴鈴に会いにいった。彼女はまだ小学四年生であるけれど、学校には通えず、引きこもりをしている。それは体に大きな火傷の跡がのこることと、オレと同じで七十七歳まで生き、やり直しの人生を歩んでいる。それで人生が狂った、そうした事情があった。
今日、ここにきたのは、彼女が引越しをするからだ。末っ子の彼女が引きこもりとなり、それが元で両親が離婚した。母と娘の二人暮らしには広すぎる家を売って、安いアパートに移るのだそうだ。そのとき、同じ市内であるけれど、ちがう小学校に移るので、頻繁には会えなくなるという。
「お母さんは、自分が火傷を負わせて娘の人生を狂わせたことに、責任を感じているのでしょうね」
「それで、家を売ったお金で整形手術をうけるの?」
「少しはこの傷跡を消せるのなら……ということで、父が離婚したとき、家を残してくれたのも、そうした理由だったみたい」
ローンが残っていても、数百万円ぐらいは手元に残るそうで、それで火傷を消すための手術を、新しくやり直すのだそうだ。
「キミが引きこもりから、前向きになったことで手術を……?」
「小さいころだと、皮膚がうまくつかない可能性もあるし、若いうちの方が肌になじみ易い……。その両者を考えると、小学校高学年で……ということみたいね」
彼女が上着を脱ぐと、右半身には大きな火傷の跡がのこる。恐らく小学生のときから胸が大きくなることも考えると、今のうちに……ということらしい。今のままでは胸が大きくなることすら、固い皮膚で難しいのだ。
オレも指でなぞるけれど、乳首の辺りも固く、何も感じないのだそうだ。そこを新しい皮膚に入れ替え、美しい乳房を手に入れる。彼女も前向きに、そう考えられるようになったことが大きいのかもしれない。
彼女とは、望むならセックスをしてもいい、と伝えてあるけれど、彼女もそこまでは望んでいない。ただ、女性として見られることがうれしい、といい、オレともキスをする。
彼女も中身は七十七歳。性の暴走によって体をゆだねる……という歳でもない。むしろ、そうした性欲はあまり湧かず、心のつながりの方を大切にしたい、という。
「体は若くなっても、心はやっぱりついてこないのよね……」
「それはそうかもしれない。オレはセックスをしても、中々達することもないし、精液をだすこともない。それはもしかしたら、中身である心が枯れてから、やり直しをしているからかも……と思っているんだ」
それが七十七歳、という微妙な年齢で再スタートをしたせいかもしれない、と思っていた。それより若いと、まだ性欲が旺盛かもしれないし、エッチをできる体かもしれない。でも、オレも亡くなる前にはそうだったように、性欲も涸れ果てていたし、当然だすこともなかった。
それが影響しているとすれば、彼女も同じで、体を求める関係である必要はない。
「引っ越しをして、あまり会えなくなる……。だから、最後に教えておくわ」
彼女がそういって、語りだした。
「私、あなたに謝らないといけないことがあるの。私のせいで、一人の人が心を壊してしまった。私は命じられて、その人に会っただけなんだけど、あなたの大切な人とかかわっていたみたい……。
詳しく話すことはできないけれど、あなたは注意した方がいい。やり直しの人生を送っているのは、私たちだけじゃない。そしてそこには、正しい心もあれば、悪意をもってそうしている者もいる。気をつけて。あなたは監視されている……」
日暮はそういって、引っ越していった。多くの謎を残して……。
その日は隣町の神社へも向かった。そこには、巫女の姿をした四条 真杜が待っている。
彼女はオレの初めての恋人、梅木 美潮の従妹であり、美潮の話をしてあげると喜んでくれた。むしろ、美潮が亡くなる前に会わせてもらえなかった……。そんなことがトラウマ、悔恨だったのかもしれない。
こうして時折会って、話をすると約束していた。オレも、小さいころの美潮の話が聞けるので、彼女と過ごすのは楽しい時間だ。
「両親が海で告白されて、自分も海が好きだっていうのに、海に入るのが怖いって言って……」
「海になかなか、入らないんだよね。浜辺で遊んだことがあるけど、波打ち際までしか行けなくて……」
オレたちが最後に遊んだ日……。結ばれた日のことだ。あの日を境に、彼女はずっと入院することになった。病院でしか会えなくなったのだ。
オレが少し涙ぐんでいることに気づいて、四条はそっと伸び上がるようにして、オレの唇に、唇を重ねてくる。
美潮はキスをすると、いつも照れて真っ赤になったけれど、嬉しそうにはにかんでいた。彼女もそっと唇を重ね、それを離したときにやさしく微笑みかけると、うれしそうにはにかむ。
神社の巫女である彼女とは、キスまでの関係だ。美潮を通じて、英雄であるオレにあこがれを抱いていたことと、巫女としての自覚、その狭間で、それが二人でだした結論だった。オレの肩に頭をのせて、うっとりした表情を浮かべる四条の手を、優しく握りながら隣にすわる。今はこういう関係でいることが、この二人にとってはいい形だと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます