第67話

     Espy


 オレも梅木、小平の二人がいなくなって、少し気になることがあった。それは幼馴染の小山内もそうだ。オレのことが好きで、恋人になった、なろうとした相手は、須らくオレの前からいなくなることだった。

 まさか……と思うけれど、それがオレの業ではないか? 前の人生では、結婚できないどころか、童貞のまま七十七歳で亡くなった。やり直しの人生でも、前に生きた人生と、結果が大きく変化することはない、という。

 この人生では、多くの女性と関係しているけれど、恋人という関係は少ない。小学生のころから付き合いのあるリアとだって、彼女が身長差を気にして、恋人になるのを躊躇っている間は、つづくのかもしれないけれど……。


 オレはその日、頭痛を感じていた。ただ、その理由について理解していた。それは前の人生で、隣町の中学に通う一年生の少女が誘拐される、そんな事件のあった日だからだ。

 ただし、彼女が誘拐されたことが世間に知られたのは、四年後のこと。それまで、彼女は性奴隷として拘束されていた。社会にも広く報じられ、犯人への怒りが集中した……そんな事件だ。

 オレは前の人生で、ニュースでその事実を知って衝撃をうけたので、大体の日数を憶えていたのだ。

 しかし正確な日までは分からなかったが、この頭痛で日取りが確定した。名前はニュースに流れずとも、この狭い町では知れ渡っていたので憶えている。

 四条 真杜――。隣町の神社の神主、禰宜の娘であり、彼女が拉致、監禁されていたのが、この町の神社だった。つまり同じ神主の仲間が、彼女のことを狙って計画し、あまり人が来ない神社の奥にある洞窟のような場所に、彼女をずっと押し込めていたのだ。

 神道に携わる者たちの犯行……。しかも神聖な神社を、監禁場所としたことで社会的に大きな問題となったのである。

 オレも誘拐された正確な場所までは知らないし、いきなりオレが彼女に話しかけたとしても、何のことか分からず警戒されるだけだろう。

 そこで犯人側の動きを追うことにした。神主がワンボックスカーを借りたので、オレもその車の後を追う。行く先は隣町、その中学の辺りだろうと踏んでいた。下校中の彼女を、数名の男たちが車から飛び出てきて、無理やり押し込んだ……。


 オレが走り寄ったときには、すでに車は走りだそうとしていたので、リアウィンドウについたワイパーをつかみ、バンパーに足をかけてしがみつく。

 ワイパーだけでは心許なかったけれど、そのワンボックスカーは有難いことに、後部を映すミラーがついたタイプで、それを掴むことで体が安定する。

 運転手もオレに気づき、しばらく蛇行したり、急加速、急停止をくり返すなどして振り落とそうとしていたけれど、オレがリアウィンドウから怒りの目で睨みつけるのに気づいて、中にいる連中も車を止める。

 中から出てきたのは三人。いい大人が、オレ一人を倒そうと出てきたのだ。でも、それはオレにとって好都合だった。下手に一人、二人が下りてきて、オレを引きはがすのと同時に、車で走り去られたら厄介だと考えていたからだ。

 でも、運転手まで下りてきたので、車が走り去られる心配はない。不安そうに車内から見つめる少女を助けるため、三人と対峙する。

 結果は……明らかだった。奴らは犯罪者としても、元がケンカすらしたこともない一般人。オレがどれだけ修羅場をくぐってきたか……? そして、中二にして大人並みの体になった今、喧嘩素人など雑魚キャラですらなかった。

 ぼこぼこにすると、二人は走って逃げていったけれど、一人を拘束し、無事に四条を救いだすことに成功したのだった。


「また君か……」

 警察署内――。知り合いの警察官が、そういってオレの前にすわる。小平の事件を解決してからすぐのことで、当然のように疑われているのだ。

「小平家の事件は、オレは呼ばれたことで関わりましたけれど、今回は通りかかっただけですよ」

「君は一体、どれほどの事件に関わったか、憶えているかい? 恐らく、人が一生かかっても、それだけの事件には関わらないだろう……というレベルだよ」

 警察沙汰になったものは、あまり多くないつもりだ。むしろ警察沙汰にしないよう、頑張ってきたのだから。

「少女が誘拐されるときに居合わせた……。そんなタイミングは、そうそう訪れないものだけれどね。僕は君のことを超能力者だと思っているよ」

「超能力ですか?」

「事件を嗅ぎつけて、寄ってくる超能力だ」

「そんな都合のいい力は、ないんじゃないですか?」

「そう考えないと、説明がつかないって話さ。しかも、事件に首をつっこんで、解決する力もある。まさか、大人三人を簡単に倒すなんて……」

「簡単じゃないですよ。でも、むしろ事件と遭遇する機会が多くて、そういう場面で緊張も、気負いもない……のが、功を奏しているのでしょうね」

 そうではないけれど、そんな理屈をつけることで、相手も納得しやすくなる。警察官もため息をついた。

「こっちは事件を未然に防いでもらって、文句を言う立場ではないが、あまり目立ち過ぎると、キミへの風当たりも強くなるかもしれない」

 それはメディアへの発表において、オレのことを伏せてもらっているのだ。警察の上層部としても、オレの扱いに困っているのだろう。英雄の裏側……、そんなこすり切れた話題でも、野次馬的に寄ってくるジャーナリストもいる。そこはオレも、警察に頼る部分でもあった。

「君に、被害者とその家族からお礼が言いたい、といわれているが……」

「感謝されたくてしているわけではないので、丁重にお断りを入れておいて下さい」

「分かったよ、いつもの通りな」


 ただ、もし誘拐されかけた彼女が、その日から性奴隷として男たちの相手をさせられていたら、〝時の強制力〟によって肉体に起きてしまう変化、どうしようもない体の疼きに戸惑うだろう。それをオレへの恋心とカン違いしないため、今は会わない方がいい……、そう判断していた。

 彼女のことはまったく知らないし、恐らく彼女もオレを知らない。いくら同じ中学では「英雄」と呼ばれていても、それは狭い世界の話だ。別の中学に通う彼女に、もし好きな男の子がいればそれでいい……。オレも梅木や小平のこともあって、そういうことに臆病になっていた。

 学校では、オレがその事件に関わったなんて知る由もなく、穏やかな日々が流れていたのだけれど――。

 その日、オレの家に訪ねてきたのは、ウィンドウ越しにみた少女、四条 真杜だった。

 誘拐犯に狙われたように、可愛らしい子だ。長い髪を後ろで一つに束ねただけで、中学校の制服はまだ着せられている感じが強い……。あれ? 既視感を覚える。中学一年生だけれど、まるで小学生のような感じだ。

 オレの姿を確認すると、あふれる涙を止めることもなく真っ直ぐにかけだすと、オレの胸に飛びこんできた。

「英雄……さん」

 彼女はぐっとオレの胸に顔を寄せ、そうつぶやく。オレもそんな彼女の様子に、ただ戸惑うばかりだった。


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