第57話
Float
押井 日毬――。久しぶりに神社の裏で会った。
彼女は三つ上の高校生であり、オレとはセックスするだけの関係……否、オレの初めての恋人で、亡くなった梅木 美潮の親友だった、という方が説明も早い。オレが美潮とキスしたのを目の当たりにし、オレの唇に性的興奮を覚える、といった厄介な性癖をもってしまった。
それでもここ最近、連絡がなかった理由は何となくわかっていた。
彼女は有無をいわさず、まるで吸い付くようにキスしてくる。鼻息も荒く、こちらの舌に、舌を絡めてくる。まるでタコのように、片足をこちらの太ももの辺りに絡めてきて、手はこちらの顔を押さえたり、背中に回してきたり、頭を抱えたり、そうやって激しく体を密着させ、互いの隙間をなくしてくる。
でも、その立場が変わってきた。三つも年上で、同学年では背の高いオレでも、彼女はやや見上げるような背格好だった。でも、今やオレの方が背も高く、見下ろすようになっている。つまり、彼女は押さえつけるようにしてキスしてきた、これまでと違う……それが、会う機会が減った理由だと考えていた。
彼女は自らパンツを下ろし、それを片足にかけたままにすると、オレのそれをパンツから引きずり出し、自ら挿入させた。
キスをするのが好きで、それだけで興奮するので、入れているかどうかはあまり重要ではない。より感じ易く……ということでしかない。
挿入しても腰を動かすことはなく、やはりキスを求めてくる。オレは彼女がこちらにかけてくる足を抱え、もう一方の手で腰を引き寄せて、彼女の体を安定してあげる。昔は、彼女が上にのる形になるので、やや彼女が上から腰を曲げるようにして、キスしてきた。今は、ほとんど目線が同じだ。
上つきの彼女は、立ちのその姿勢でも、互いが正面をむいてしっかりとくわえこむことができるけれど、オレが手伝ってあげないと……、協力しないと、その体位ではキスができなくなったのだ。
でも、彼女は止めなかった。多分、これが最後になるだろう……とオレも思っている。最後にもう一度……。今日、それで会ったのだ。
彼女は唇を離す。
「私、彼氏ができるかもしれない」
押井はそう告げてきた。
「同級生?」
「ううん、イッコ上。この前、告白された。返事は待ってもらっている」
「どうして待たせるの?」
「こういうことが、できなくなるから……」
彼女はまた、唇をこすりつけてきた。
「でも、私も美潮から離れなくっちゃって、そう思っている。アナタとこんなことをしていたら、いつまでも前にすすめない。彼女が亡くなってから、三年以上が経って、やっとそう思えてきた」
ふたたび唇を離すと、そう告白する。
「三年でそう思えたなら、上出来だよ。オレはまだ、足踏みしている。恋人をつくってはいけないんじゃないかって……」
小平との関係も、ずっと曖昧なままなのは、そういうことだ。どうしても梅木のことが、頭を過ぎってしまう。はっきり、恋人といっていいのかどうか……。オレは決断できずにいる。
「私だって決断したわけじゃない。ただ、そうした方がいい。そうすべきだって思うことにした。それだけよ」
「その彼のことが、好きなのかい?」
押井は首を横にふる。「分からない……。でも、いい人よ」
まるで元カレのことを忘れるため、新しい男と付き合うみたいだ……。もっとも押井にとって、大親友であった美潮が亡くなったことは、それと同じぐらい……それ以上のショックだったのだろう。
「だから、アナタと会うのはこれっきり」
「そうだな。この歪な関係は終わらせた方がいい」
「さようなら……」
彼女は別れを惜しむように、オレに唇を重ねてくる。彼女の目からは涙が流れていた。それがオレと離れるためか? 美潮を忘れようとしている罪悪感なのか? オレにも分からなかった。
久しぶりに、梅木 美潮のお墓に行った。春のお彼岸のシーズンでもあり、お墓は清掃もいきとどいていた。
美潮は初めてできた恋人――。抜けているところもあったけれど、ほんわかとして温かく、いつも前向きな子だった。
SNSで騙され、悪い男から無理やり関係させられようとしていたところを救った。〝時の強制力〟によって、彼女が性的な刺激を求めないよう……そんな気持ちで、最初は付き合いはじめた。
でも、彼女のもつそんな温かさに、いつの間にかオレの方が積極的になっていた。恥ずかしがりで、最初に強引にキスしたこともあって、キスまではしても、それ以上には深い関係にならなかった。互いに小学生としてつつましく、恋人としての関係を築いてきた。
彼女が中学生になって、すい臓がんがみつかる。そこからの人生はとても短かいものとなった。でも、濃密だったと信じている。
美潮は、オレとの関係を望んでくれた。海に遊びに行って、そこでの二人きりのお泊りで、オレたちは初めて結ばれた。
そこからずっと入院し、オレは彼女と最期まで過ごした。オレと付き合えて嬉しい……そう言ってくれ、オレは彼女を看取った。
今でも、そのときのことは憶えている。彼女は眠るように亡くなった。十三歳の短い生涯を、オレの前で終えた……。
オレもこのやり直しの前は、七十七歳まで生きて、人の死は何度も目の当たりにしてきた。
しかし美潮の死ほど、ショックをうけたことはなかった。それは、オレに初めて居場所をくれた……そう感じるほど、居心地がよかったからだと思っている。あの日、愛し合ったのはあの一日だけ。そこでオレが射精できたことでも分かる。本当に、彼女を愛していたのだ、と……。
「アナタは……」
そのとき聞こえた声に、驚いてそちらを向く。すると、まだ小学生ぐらいの女の子が、オレのことを睨んでいた。
「美波……ちゃん?」
何度か病院で会ったことがある。美潮の六つの下の妹、美波だ。今では小学四年生のはずで、最初にみたときは気づかなかった。
「何をしているんですか?」
敵意を剥きだしにして、そう尋ねてくる。
「キミのお姉さんの、お墓参りだよ」
「お姉ちゃんは、嬉しくないと思います! お葬式にも来ないで……」
彼女には、細かい事情を話していない。オレがお葬式にでず、この墓場で二人きりのお別れをしたことは、まだ小学一年生だった彼女にしていないのだ。
「キミはお墓参りかい?」
「アナタとお話しすることはありません」
彼女はさっさとお参りを済ますと、オレの前から歩き去ってしまう。
オレもその姿を見送ってから、改めてお墓に向かう。
「キミが亡くなって、三年も経ったよ……。色々な人と、色々な関係を結んできたけれど、まだオレの隣にはキミがいる。キミは『私のことはすぐに忘れて』といっていたけれど、未だにそれができないんだ。
何かがあると、ふと美潮のことを思い出してしまう。キミと過ごした時間を、あの空気感を思い出して、つい比較してしまうんだ。
でも、オレも前にすすまないと……。いつも笑顔でいたキミを、心配させるわけにはいかないから……」
オレはお墓にキスをしなかった。いつも顔を赤らめ、それを受け入れてくれた彼女と、新しい関係になろうとしているのだから……。
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