第179話 妊娠39週目のある日の事

 ん、朝かな、起きなきゃ……横向きで寝るのにももう慣れたよ。


「あ、おはようございます」


「おはよう、サーシャ。コペルは?」


「慌てて出ていったので、お手洗いだと思います」


「そうなんだ。私も……ごめんサーシャ。靴履きたいからお願い」


 父さんの家は中庭があって、その周りを部屋が囲んでいる。だから、部屋を出るときには靴を履く必要がある。


「それじゃ、左足から行きますよ」


 お腹が大きな私は、靴を履くも簡単にはできない。だって下がほとんど見えないんだもん。それにかがんだらバランスを崩しそうなので、近くに誰かがいたら無理せず手伝ってもらっているのだ。


「ありがとう。……ほんとにいつもごめんね」


「いえいえ、こういう時はお互い様ですからね。それじゃ行きましょうか」


 リュザールは春になり雪が溶けたので隊商の仕事で忙しい。今はセムトさんと一緒にコルカまで行っている。

 冬のカインは移動するのもままならない。当然、交易にも行けなくなるので、雪が溶けたら減ってしまった物資を補給しないといけなくなるのだ。特に塩は最優先。無くなったら生きていなくなるからね。だから、リュザールたち隊商はこの時期はどんなことがあっても交易を優先する。


 そのため私は、リュザールが留守の間は実家に戻っているというわけ、一人でいると急に産気づいた時に困るからね。そして時期が時期だから、リュザールが戻って来ても赤ちゃんが生まれるまではここにいることになっている。いわゆる里帰り出産というわけだ。


「あ、コペル、おはよう」


「おはよう、ソル。大丈夫?」


 戻って来たコペルも一緒に私に付き添ってくれる。


「うん、今のところ気配はないかな」


 今の私の状態は地球でいうところの妊娠39週目、いつ生まれてもおかしくない状態だ。ただ、もう少しだけ持ってほしい。だって、今はリュザールがいないから。せっかくなら生まれたばかりの赤ちゃんを見て欲しいよね。


「リュザールさんはいつ戻られるんですか?」


 私たちが地球で繋がっていることを知っているサーシャは、私がリュザールに現在地を聞くことができることを分かっている。だから、そのことを聞いてくるし、私たちも教える。ただ、今はコペルも一緒だから少しぼかさないといけない。


「そろそろコルカをつ頃かな、だとしたらあと五日くらいだと思う」


 荷馬車を使うようになって、コルカまでの日数も減っているけど、途中の村で行商をするときは寄った村の分だけ戻るのが遅くなる。

 今回は一か所バーシにだけ寄るって言っていたから、いつもよりも早く帰って来てくれる。

 たぶん、私のことを心配してセムトおじさんが気を利かせてくれているんだと思う。


「あと五日ですね。それまでは無理しないようにしましょうね」







 父さんたちと一緒に食事を済ませた後、コペルと織物部屋まで向かう。


 職場に行くけど仕事をするわけではない。女性が多いここは、いざというときに頼りになる人達の集まりなのだ。


「ソルさん、聞いてください! ジャバトったら、新しい織物工房のことを全く教えてくれないんですよ! もの欲しそうにしているのをわかっていましたが、悔しいから相手をせずにアリスと一緒に寝てやりました!」


 ルーミンは子供たちの様子を見ている私の隣で、アリスにお乳を与えながら昨日夜のことを話してくれる。男の気持ちが分かるルーミンだからこその仕打ちだと言えるけど……夫婦仲良くやって欲しいと思うよ。

 ジャバトがいないここはまさに女たちの園だ。子供たちがいても、みんながみんな夜のことだって遠慮なく話すから何でも筒抜けなんだよね。


「私たちを驚かせたいだけだよ。それにユーリルに口止めされているんだと思う」


 織物部屋の唯一の大人の男性であるジャバトは、春になって新しく新設される織物工房の建設に駆り出されている。そこで実際に仕事をする立場から意見を言っているはずだ。


「むむむ、仕方がありません。出来上がるのを待つとしましょう。それで、昨日はどうでした? 観光とか行っちゃいましたか?」


 ルーミンとリムンが知っているのは東京の新しい家のことまで。暁と会って早速手を繋いで寝ることになったとは思ってもいないだろう。


「話せば長いことなんだけどね。ここではちょっと……」


「ふむふむ、どうやら込み入った話になるご様子。どうされます? 夜にリムンを迎えにやりましょうか?」


 リムンとルーミンはユーリルの家で夜の勉強を続けている。出産間近の私は念のために休んでいるんだけど、そこに集まるのがあちらのことを話すのには都合がいい。


「……やめておく。こちらで出来ることは無いから」


 タルブクとは歩いて半月、馬でも10日近くかかる。それに今はまだ春になったばかりだから、山頂に雪が残っていて移動するのにも苦労するはずだ。

 手助けできることがあるのならやっているけど、何もないからユーリルだって招集をかけてないんだと思う。


 今、私たちにできることは、エキムがうまくやってくれることを祈ることぐらいなんだよね。







 翌朝、隣が起きた気配に目を覚ます。


「おはよう、暁。どうだっ……うわっ!」


 暁が急に抱きついてきた!


「ありがとう! 樹!」


 ふふふ、うまくいったみたいだ。


「ふわぁー、おはよう。……よかったな、暁。でも、そろそろ樹を離してあげて、ひどい絵面だから」


 ひどい絵面? ん!


「ちょっと、暁! そこで鼻水拭かないで!」


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あとがきです。

「ソルです」

「ルーミンです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「ジャバトと仲良くやりなよ」

「毎晩だから一日くらい休んだ方がいいんですよ」

「ま、毎晩なんだ……って、もう大丈夫なの?」

「アリスが生まれて2か月以上たちますからね。もう、平気ですよ。それよりも私がここに登場するの久しぶりじゃないですか」

「そうだよね。ずっと東京の話だったからね」

「最近は竹下先輩ばかり目立っていますね。くぅー、ずるいです! 私にもっと出番をください!」

「ルーミンの出番ね。……これまであとがきに私たちが出たのが前回までで132回あって、その中の18回だね。ちなみに海渡は25回」

「か、数えていたんですね。他の方はどうなんですか?」

「私、ソルが73回、樹が45回、ユーリルが43回、竹下が23回、リュザールが16回、風花が4回、リムンが1回、凪が4回、パルフィなどのそのほかの人が12回でした。だいたい一話に二人出て話しているからこういう感じになっています」

「……リュザールさんたちが思ったよりも少ないですね」

「こういう場所は真面目な子は絡みにくくて……」

「私は絡みやすいですよ! もっと出番を! この子を……アリスを食べさせないといけないんですぅ!」

「ここに出なくても十分食べられるでしょうに……。それでは次回もお楽しみにー」

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