第177話 竹下の料理修行
昭和の雰囲気を色濃く残したこの家の台所は、居間と隣同士になっていてテラと似たような感じだ。
「そうそう、別に形は揃って無くてもいいから、口に入れるのに邪魔にならないような大きさで」
竹下は一生懸命に野菜を切っている。今は玉ねぎの番なので半分涙目だ。
「くぅー、目がしみるー!」
さっと切っちゃえばいいんだけど、慣れていないから切るのに時間がかかっているんだよね。その間、涙が出る物質がずっと放出されているから、横で見ている僕も涙目だよ。
「ほら、早くしないとどんどん時間が無くなっちゃうよ」
竹下を
僕の方も竹下の様子を見ながら、固まりで買った牛肉を一口大に切っていく。
「玉ねぎまだ切るの?」
「うん、たぶん暁がたくさん食べてくれるはずだからね。それに夏さんのところにも持って行くからたくさんいるよ」
「とほほ、実家からゴーグル持ってくればよかった」
「泣き言行ってないで早く! 穂乃花さんも竹下が作ったって言ったら喜ぶよ」
「が、頑張る!」
プロフは穂乃花さんも喜んでくれるはずだ。パルフィの夢ではよく食べているはずだけど、こちらで作ってまでは食べないだろう。
「うう、手が痛い……」
竹下の横のボールには、大量のニンジンと玉ねぎを刻んだものが積まれていた。
「うん、それくらいでいいよ」
それにしてもこれくらいで手が痛いとか、仕込み甲斐があるよね。だってテラの結婚式や収穫祭の時には、この何倍も野菜を切っているからね。
「それじゃ玉ねぎを炒めてくれる」
竹下は、さっきかっぱ橋商店街で買ってきた鍋に油を引き、玉ねぎを入れる。
「……そうそう、焦げないように
うんうん、うまく調理ヘラも使えている。その調子だよ。
「次は肉を入れて……」
これまでのところ別に問題ないように思う。何が彼の料理の味を微妙にしているのだろうか……ん?
「ちょっと待って、それ何をしようとしているの?」
「え、味をつけようと思って」
味をつけるのはいいけど、プロフは野菜のうまみを使って味を出すから調味料は塩ぐらいしか使わない。
「何味にしようとしているの?」
「何味って、味付けはさしすせそでやるんでしょ。だからまずは砂糖から入れようと思ったんだけど違うの?」
味付けはさ=砂糖、し=塩、す=酢、せ=醤油、そ=味噌、つまり『さしすせそ』の順番で付けないと味が付きにくかったり、わからなくなると教わるのは確かだ。
だから、砂糖から入れるのは間違いではないんだけど、それは砂糖を使う料理の話で、すべての料理に使っていいわけじゃない。まあ、地球の僕たちの地元が、ほとんどの料理に砂糖を使うからわからないでもないんだけどね。
「この料理はテラの料理だから、塩しか使わないよ。今でこそ砂糖は手に入るようになったけど、これまではなかったでしょう」
なるほどと言って、砂糖を戻してくれた。目を離さなくてよかったよ。微妙な味のプロフが出来上がるところだった。竹下の料理の味があれなのは、なまじっか知識を持っていてそれが正しいと思っていたからだと思う。
そのあと、米を入れて炊き込む間に野菜炒めと、肉野菜のスープを作る。テラで普通に作られている料理だ。これなら材料がテラでも手に入るから、竹下が覚えたらユーリルが作ることができる。パルフィの手助けにもなるだろう。
ピンポーン!
お、帰ってきたかな。
ドアホンの画面には暁が写っていた。
『カギ開いているから、中に入って』
「おっじゃましまーす」
声が一人……あれ、暁だけかな?
「いい匂い~。なに作ってんの……うぉ! ほんとにその大きな鍋使ってんだ」
匂いにつられ暁が台所までやって来た。
「おかえり。もうすぐできるよ。それで風花は?」
「お皿取って来るって言って、家に行ったよ」
さすがは風花だ、まだおすそ分け用のお皿が無いから、お借りしようと思っていたんだ。
「それで、ユーリルはここで何しているの?」
「俺は竹下剛! そして今日の料理は俺が作ったんだ!」
まあ、僕が4割くらいはやっているけど、訂正しないでやっておこう。
「げ、ソルが作ると思って楽しみにしていたんだけど、途端に不安になって来たよ」
「うるせえ! お前には食わせん!」
「ごめんごめん、そう言わずに食べさせてくれよ。風花にしごかれてお腹ペコペコなんだよ」
少しの時間だったけど、暁は風花の技を覚えることが出来たんだろう。さっきより余裕があるように感じられる。
「ただいまー」
お、風花も来たみたい。
「すぐにできるから。居間で待っていて」
暁にそう伝え、急いで仕上げにかかる。
風花が持ってきたお皿に夏さん、穂乃花さん、風花の三人分のプロフをよそい、一緒に運んでいく。
「穂乃花さんは?」
「さっき帰って来てた。プロフが食べられるよって言ったら、マジかって喜んでいたよ」
穂乃花さんもパルフィのことがわかるのなら、作ることもできるんだろうけど、プロフは大人数分を作った方が美味しいからね。夏さんと二人暮らしならその機会もなかったんだと思う。
「それじゃ、樹。竹下君にもお願いしたけどくれぐれも暁君の事よろしくね!」
なぜか風花に念を押されて、僕は二人が待つ家へと向かった。
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「もしかして、これまで作った料理に『さしすせそ』全部の調味料入れていたの」
「うん、入れてた」
「味噌味にならなかった?」
「なってたかも……だって、本を見たらさしすせその順番で入れろとは書いてあったけど、入れちゃいけないって書いてなかったから」
「いや、それは入れる必要があるときはその順番でということで、なんにでもというわけじゃないから」
「うーん、奥が深い」
「奥が深いのは確かだけどね、温度とかでも味が変わって来るし」
「へえ、その辺も今度詳しく教えて」
「はいはい、でもまずは野菜を素早く切る練習から始めよう」
「わ、わかった。頑張る」
「それでは次回更新のご案内です」
「内容は……夜のお話のようですね」
「暁って実は! それでは次回もお楽しみに―」
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