第138話 ユーリルが育った町

 シュルトを出発してから一週間。そろそろ水が枯れた地域に差し掛かる頃だ。


「あれ、おかしいな……」


 ユーリルは馬を止め、辺りを見渡している。


「どうしたの?」


「確かここに大きな川があったはずなんだけど……」


 川? 私たちの前には、これまで歩いてきた道が続いているだけだ。この道には時折荷馬車も通るのか、わだちもできている。


「もしかして、このあたりに川があったの?」


「うーん、あったはずなんだよね。あの山から流れていて、雪解けの時期にはかなりの幅になっていたんだけど……。そうそう、一度蚕さんを見たことあるって言ったじゃん。この近くだったと思うんだけどな……」


「思い違いじゃないの?」


 ここは南側には山がそして北側には砂漠が広がり、道の部分だけが荷馬車が通れるように固められていた。きっとこのあたりの隊商の人たちが、通れるようにしているんだと思う。


「いや、ユーリルのいう通り川があったみたいだよ。見て」


 リュザールが指さすところには、何かの印があった。


「これは何?」


「この先は砂が深いから注意の合図だね。隊商の仲間で決まっているんだ」


 そういえば砂漠に入ってからは、リュザールがずっと先導してくれていた。時折横に動いて進むときがあったけど、そういう印を見ていたのかもしれない。


「そっか、川が全部砂で埋まっちゃたんだ」


 印はおそらく対岸と思われるところにもあったから、ここから向こうまでが元々川だったんだろう。周りに生えていたはずの植物も全部枯れ、所々その名残が見えるだけで、ほかは砂に飲み込まれてしまったみたい。水をたたえた川がそこにあったとは到底思えない。


「でも、川が砂に埋まったおかげで荷馬車が通れるようになっているって、皮肉と言えば皮肉だよね」


 これだけの川に荷馬車を通すには橋が必要だけど、その橋を作れるのはバーシの人たちだけ。ここはバーシからかなり遠いから、さすがに橋を作るのも容易じゃないはず。でも、川が干上がっているのなら、石を敷き詰めて固めてしまえば簡単だ。リュザールの言う通り、川が干上がったおかげで荷馬車が通れるようになっているというのは、少し考えさせられるものがある。


「この川が枯れてしまったということは、川の周りの地下水脈も枯れてしまっているんだろうな。住んでいたときは分からなかったけど、今は地球の知識を持っているから、この辺り一帯の井戸が枯れた理由がなんとなくだけどわかるよ」


 テラの川は天然の川だ。地球のようにコンクリートで固められたところを通る川ではないので、流れている間も地中に水がしみ込んでいる。そういった水は地下水として溜まっているものあって、私たちは井戸を掘ってそれを利用させてもらっているのだ。だから、元となっている川が枯れると当然井戸も干上がることとなる。


「だから、かなりの村が住めなくなったんだね」


 この辺りにどれくらいの人たちが住んでいたのかわからないけど、おそらく数百人か数千人もの人たちが逃げ出しているんじゃないかと思う。当然周りの地域に混乱が起こるのは当たり前だ。周りの村も生きるのに精一杯なのだから、受け入れる余裕はそれほど多くない。


「それで、このあたりに蚕さんがいたのなら、ユーリルが住んでいた町もこの近くにあるの?」


「そうなんだけど、この様子なら見る影もないかもしれないね……」






 しばらく進むと、ユーリルが住んでいたという町にたどり着いた。


 町の中は、人がいなくなって数年しか経ってないのが嘘のように荒れ果て、多くの建物が砂に埋もれかけていた。


 ユーリルの案内で、町の中心付近まで向かう……


「ここが市。ここの市はコルカとは違って、遊牧民も売りに来ていたから珍しい物もたくさんあったよ。たぶんカスピ海とか西から来た人たちもいたんだろうね。肌の色も違ったし、何より織物の生地の色合いが独特だった。そして馬はたくさんいたね。仕事が早く片付いたら馬を見に行ったりもしていたよ」


 ユーリルの言う、市があったという場所には、……ただ砂があるだけだった。


「賑やかだったんだね」


「うん、この辺りで一番大きな町だったからね。そして左に行ったところに広場があって、結婚式とかはそこでやっていた。結婚式はカインと一緒で誰でも参加できるから、町の子供たちとつるんでごちそうを貰いに行ったりしてね。それに遊牧民が多いせいかな、歌ったり踊ったりする人も多くてほんとに楽しかった。……そしてこの先に隊商宿があったんだ」


 崩れ落ち、砂に埋もれかけた町を馬に乗ったまま三人でさらに進む……


「この壊れた建物が隊商宿なんだけど、もう使えそうにないね」


 誰も手入れしなくなった隊商宿は、ところどころ屋根が落ち、壁も崩れかけていた。


「中に入ってみる?」


 馬を降り、入り口で立ち止まっていたユーリルに声をかけてみる。


「いや、やめておこう。天井がいつ崩れるかわからないから」


 なんだか少し寂しそう……


「大丈夫?」


「ん、平気だよ。俺の家は、もうここにはないからね。育ったところが無くなるのは寂しいけど、カインには仲間もいるし家族だって待ってくれている。ちょっとだけ昔を思い出していただけさ。さあ、ここには何もないから先を急ごうか」


 私たちは誰もいなくなった町から離れ、南へと進路を取った。


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あとがきです。

「ソルです」

「ユーリルです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「残念だったね。町が無くなっていて」

「まあ、仕方が無いよ。人が住まなくなった場所は自然に還るだけだからね」

「それで、このあたりの人たちはどこに行ったのかなぁ」

「俺たちみたいに南のコルカや東のシュルトに行く人たちが多かったけど、西の方に向かう人たちもいたよ」

「西ってさっき言っていたカスピ海辺り?」

「たぶんそうだろうね。カスピ海の南岸辺りには、緑豊かな土地が広がっているって聞いたことがあるから」

「でも、海って付いているけど大丈夫なの?」

「カスピ海は湖だからね。塩分濃度も海よりも低いみたいだし」

「そうなんだ。まあ、ユーリルがカインに来てくれて助かったよ。西の方に行かれていたら会うのにも苦労しただろうしね。さて、次回更新のご案内です」

「地球でのお話になります」

「次回もお楽しみに―」

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