「すみません、遅れました!」

 道中、電話で遅れる旨を伝えたが、赤坂さんは「大丈夫。気を付けて来てね」と優しく許してくれた。その言葉で余計に罪悪感が芽生え、喫茶アカサカに着くや否や大きな声で謝罪の言葉を口にした。

「許さない!」

 この声は赤坂さんではない。青山さんだ。青山さんは、入り口近くで腕を組み、謝る僕を眉間に皺を寄せて立っている。

「あの、なんで青山さんがいるんですか?」

「いちゃ悪いかよ。この遅刻男」

「悪くはないですけど……」

 青山さんの横を抜け、バックヤードに入ると赤坂さんがパソコンの前で座っていた。

「遅れてしまって申し訳ないです」

「全然気にしないで、相変わらずお客さんも少ないし。……それより珍しいね、黒田くんが遅れるなんて。何かあったの?」

「ちょっと色々学校でありまして……」

「分かった! 白石さんだろ!」

 青山さんがバックヤードに顔を出しながら、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

「え、や……」

 すぐに違うと言い返せば良かったのだが、あまりに図星を突かれてしまったため、言葉が詰まる。

「やっぱり。遅れて来たのにいつもより明るい表情だったからピンと来たよ」

 この人の勘は本当に恐ろしい。探偵にでもなれそうだ。僕は観念したように首を小さく縦に振った。

「会話が盛り上がってしまって……本当にすみませんでした」

「あはは、良いよ良いよ。青春だね」

 赤坂さんは笑って許してくれたが、今後は絶対に遅刻はしないと決意を固めた。そんな僕に対して、青山さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま話を続ける。

「それで、白石さんとどんな会話で盛り上がったの?」

「秘密ですよ秘密」

 流石に煙草のことは言えない。これが僕と白石さんだけの秘密なのだ。

「ふーん、まさかまたわざと悪い事をして、無理やり秘密を作ったりしてないよね?」

「してないですよ」

「なら良かった。この前の話し聞いてたらさ、拗らせて意味不明な行動をしちゃうんじゃないかって心配したんだよ。……とにかく、秘密なんてものに頼らず、もっと白石さんのことを知る努力をしろよ」

「はいはい、分かりました」

「分かったならいいけど……」

「あ、いらっしゃいませ!」

 ドアベルが鳴り、急いで店内に向かうと、常連で赤坂さんと仲の良いヤマさんと呼ばれているお客さんが立っていた。ヤマさんは赤坂さんとは大学時代の同級生らしい。禿げ上がった頭に、無精髭を生やし、いつも灰色のポロシャツを着ている。日中は駅前のパチンコにおり、勝った日は喫茶アカサカに顔を出すのが日課になっている。正直苦手なお客さんだ。

「お好きな席へどうぞ」

「よおクロちゃん。コーヒー一つね。あれ、アカさんは?」

「今裏にいるので連れてきますね」

 ヤマさんを席に案内すると、バックヤードに向かい赤坂さんを呼んだ。赤坂さんお礼を言って立ち上がり、店内に向かうと早速ヤマさんと仲睦まじく会話を始めた。

「青山さんはいつまでいるんですか?」

「シフト出しに来ただけだからもう帰ろうかと思ってたけど、このまま黒田の接客の様子観察してようかなー」

「嫌ですよ。帰ってください」

「はいはい。それじゃあお疲れさん」

 ようやく立ち上がりバックヤードを出た青山さんに気が付いたヤマさんが呼び止める。

「おーいアオちゃん!」

「こんにちはヤマさん」

「こっち来て一緒に飲もうよ」

「こらこら、ここはキャバクラじゃないんだよヤマさん」

「良いじゃねえかアカさん。酒じゃないんだしよ」

「ごめんねヤマさん、私この後用事があるから。代わりにクロちゃんが相手してくれるってよ」

 余計な事を言わないで欲しい。と、青山さんを睨みつけると、その視線に気が付いたのか、舌を出して戯けている。そんな態度に苛つき、入り口のドアを開けて「さっさと帰ってください」と、早く帰るように促す。

「そんなに怒らないでよクロちゃん」

「二度とその名前で呼ばないでください」

「えー、良いじゃんクロちゃん。私のこともアオちゃんって呼んで良いからさ」

「絶対に嫌です」

 そんな不毛なやり取りをしていると、大通りからこちらを見ているS高等学校の制服を着た女性が視線に入ってきた。遠くではっきりとは確認できないが、なんだか白石さんに似ているような気がする。

「ん? どうしたの?」

 僕の視線に気が付くと、青山さんは大通りの方を振り返る。するとその女性は慌てた様子でその場を去っていった。白石さんは駅とは逆方向に家があると聞いたので、恐らく白石さんではないのだろう。仮に白石さんだとしても、こんなラブホテルと喫茶アカサカくらいしか店のない通りには用はないだろう。まさか僕に会いにきてくれたのかと、淡い思いも頭を過ぎったが、それは無いだろうと頭を振った。

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