第7話 ご挨拶
その後。関口の車に押し込められた。彼に問いただそうとしても、言葉が出ない。陽介とのことからずっと、頭がいっぱいで、言葉が出てこないのだった。黙り込んでいる蒼などお構いなしに、関口はマイペースに車を操り、そのまま蒼の実家である熊谷家に向かった。
「さ。これ。持って」
関口は後部座席に積んでいた紙袋を持ち上げると、蒼に押し付けた。
「え? は? あ。あの?」
「ご挨拶でしょう? 手ぶらってわけにはいかないもんね。しっかりね。蒼」
「は、はあ——」
声は出ていても、言葉にならないとはこのこと。紙袋を抱えて、関口の後ろを慌ててついていく。彼は少々、周囲に視線を巡らせてから、病院の脇にある門扉を見つけたようで、そこに足を運ぶ。
蒼はただ黙々と彼の後ろをついていった。
「今晩は。関口です——」
関口の声に、すぐに玄関が開き、栄一郎が顔を出した。
「やあ、
「あ、あ、あの……」
「申し訳ありません。突然のお願いだったのに、お時間を取っていただいて」
「いいんだよ。キミの頼みならね。いつでも時間を取ろうじゃないか。さあ、どうぞ」
栄一郎の促しに頭を下げてから、関口は靴を脱いで上がり込んだ。蒼も慌ててそれに続く。ふと視線を向けると、陽介の靴らしきものが見えた。
——関口はどうするつもりなの?
栄一郎に促されて、通されたのはリビングだ。明治から続く熊谷家の建物は、それはそれは古い。ビロードのカーテンはずっしりとした重厚感を醸し出す。高く張っている天井には、くすんだ色のシャンデリアがつるされていた。
藍色のベロア生地がはられている、西洋風の応接セットに座るように促された関口は、蒼を隣に座るように手で合図をしてから腰を下ろす。関口のいいように動いている自分は、まるで慣れない場所にやってきた人間のようだ。ここは自分の家の実家なはずなのに。
そしてこの場所は陽介との——。そんなことを考えると、背筋が凍った。
「蒼。お帰り」
来客の知らせを聞いて、お茶の準備をしていたのだろう。
「海さん。いつもお世話になっております」
「まあまあ。蛍くんは相変わらず圭一郎さんにそっくりね。いつも蒼がお世話になって。本当にありがとうございます」
彼女は頭を下げてから、関口と蒼、それから栄一郎の前にカップを置いた。
「圭一郎はどう? 元気かな」
栄一郎の問いに、関口はバツが悪そうに笑った。
「すみません。父親と仲たがいしているのはご存知ですよね」
「そうだね。そうだったね。すまないね。気が利かないものだ。だが、圭一郎はいつも君のことを心配しているからね。ついうっかりしてしまうね」
「いいえ——。それより、肉じゃが美味しかったです。海さんの。蒼からいただきました」
「そう? 嬉しいわね。ずっと入院していたでしょう? 料理なんて久しぶりで、上手くいかないものね」
海は栄一郎の隣に腰を下ろすと「うふふ」と笑みを見せた。栄一郎から体調が悪いと聞いていたが、こうして笑顔を見せてくれると、蒼はほっとした。
自分がこの家に住まないことで、彼女にも負担をかけているのではないだろうかと心配になったのだ。
当時、口を出してきた親族は、みな高齢になり弱っている。施設に入った人もいれば、亡くなった人も多い。海を責めるような人間はもういないと、栄一郎から聞いているが。なにか負担になるようなことがあるとすれば自分のことしかないと、蒼は思っていたのだ。
陽介とのこともあるが、海との時間を過ごさない自分は親不孝ものだという気持ちを抱えているということも蒼を苦しめている要因だった。
「あの。今日はありがとうございました」
ふいに関口はかしこまって頭を下げた。そこに、「父さん」と陽介が姿を現す。
「蒼の声が聞こえたんだけど……」
彼は蒼だけでなく、関口がいることに困惑した表情を見せた。
蒼は気が気ではない。関口は一体、なにを話そうとしているというのだ。まさか、この場で自分と陽介との関係を暴露でもするつもりではなかろうか? そんな不安に駆られると、躰中がもぞもぞと落ち着かなくなった。
しかし——。
「ちょうどよかった。あの。蒼のお兄さんの陽介さんでしょう? おれは蒼と、一緒に暮らしている関口蛍と言います」
と、関口は堂々と言い切った。
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