第14話 わたしたちの公約!?

「公約できたぁー!」


 窓を開け放ったわたしの部屋。演説会を次の日に控えた木曜日の夕方。ついにわたしたちの公約は出来上がった!

 火曜日から三日連続、放課後には図書室かわたしの部屋に集まって三人で議論して児童会役員選挙で自分たちのチームがアピールする内容を決めていたのだ。特に「公約」。

 わたしたちのやりたいことはもちろんズバリ「児童会規則16条」の改正なんだけど、それだけでは、選挙に勝つなんて無理だろうってことはなんとなくわかる。

 だからわたしたちの頭脳担当――ブレーンのメイちゃんにも手伝ってもらって、もうちょっとみんなにも魅力的な公約を作りあげたのだ。


「でも、こうやって自分たちの公約ができてから、式部さんのチームの公約をあらためて見ると、ホントによくできているよね〜」

「うん、すきがないっていうか。立派なことと、楽しそうなことのバランスもすごいよね」


 わたしたちは火曜日の放課後、図書館で偶然、式部紫さんに会った。そこで公約の作り方についていろいろ教えてもらったし、同時に式部チームの公約を印刷したプリントまでもらってしまったのだ。

 式部チームの公約は合計十項目にのぼった。はじめの印象は「多すぎるじゃん!」ってこと。でも中心的な「売り」になる公約は四つに絞られていて、その他は「他にもこんなことやるよー。考えている〜」って内容にとどまっていた。だからきっと演説会ではこの四つに絞って説明されるのだと思う。


「この四つというのが強いよね。メイちゃん」

「うん。正直、私たちもこの丸パクリで良いんじゃないかって思っちゃうもん」


 その四つは以下のとおりだった。


 1.学校の近くに住んでいる生徒でも自転車で通えるようにする。

 2.教室のクーラーの設定温度を学級ごとに決められるようにする。

 3.児童会が中心になって校庭前の花壇をきれいにする。

 4.運動会の種目に「じゃんけん大会」を追加する。


 洛和小学校に通っていない人からすると、この四つを聞いてもピンとこないかもしれない。でも、この学校に五年間通ったわたしたちならピンピンくる内容ばかりなのだ。


 その1、自転車通学。私立の学校である洛和小学校では遠くから通っている人も多い。だから自転車通学が許されているんだけど、それは遠くに住んでいる人だけ。先生たちが決めたルールで細かく地域が区切られて、十分近くに住んでいる生徒たちは自転車で通学することが許されていない。ちょうど境界あたりに住んでいる生徒たちは、かなり遠い距離を歩いて来ないといけないのだ。当然、毎朝のように自転車通学の生徒に追い抜かされるものだから、すごいストレスだってみんなブーブー言っている。


 その2、クーラーの設定温度。全教室にクーラーが入っているのはいいんだけれど、その設定温度は一律に決められている。でも教室によっては日差しが強かったり、その逆だったりして、クーラーの効き方は様々なんだ。また座席によって温度差があったりして、真夏は困ることもしばしば。だから「クラスごとに好きに決めさせてよ!」というのは、結構みんな思っていることなんじゃないかな?


 その3、花壇。しょーもない話だけど、前の校長先生が何を思ったか一回、グラウンド脇の花壇を畑に変えちゃったんだよね。校長先生が変わってから畑は休止されているんだけど、そのままになっちゃっているから、花壇は荒れ放題。お花が好きな女の子たちにはうける公約なんじゃないかなー。


 その4、じゃんけん大会。これについては、正直、よくわかんないけど、……なんか面白そうじゃん!


 っていう感じ。これはみんな投票してみたくなるかもしれないな~、って思う。


「これに勝たないといけないんだもんね。丸パクリじゃなくて」

「そうだよ。サッチー。私たちは式部さんたちを真似するんじゃなくて、自分たちの公約で、自分たちの想いで、……勝たなくちゃいけないんだ。そうだよね? 織田くん」

「――うん。そうだね」


 ウィッグをつけて、部屋着のカジュアルなパーカー(女性もの)に着替えている織田くんはそう言って真剣に頷いた。


 はじめは自分たちの公約を見せてくれた式部さんのことを「やさしいなー。すごいなー」って思った。

 でも、自分たちで公約を考えだしてから気づいたんだ。どうして彼女がそんな簡単に本来秘密のはずの公約リストをわたしたちに渡したのか。その理由に。

 さっきも言ったみたいに、一瞬わたしたちも考えた。式部さんチームの公約をまるまる真似したらいいんじゃないかって。でも、その時に気づいたんだ。

 ――公約をまるまる真似したら、絶対に負ける!


 メイちゃんは言った。


『ねぇ、織田くん、サッチー? 公約をまるまる真似したら、私たちと式部さんチームの差って何になると思う? ――そう、私たち自身よ。同じ公約なら、人物を見て選ぼうとする。式部さんと私たち。どちらが有名で、どちらが優秀そうに見えて、どちらが学校を任せていい存在に思える? ……今のままじゃ誰がどう見たって式部さんよ。残念だけどね』


 そうなのだ。わたしたちは知名度や人気、評判ではずっと後ろからのスタートなのだ。

 式部さんの真似をしてたんじゃ届かない。「公約」や「想い」を脇に置いてしまったら、わたしたちはきっと今川くんたちのチームにさえ勝てないんだ。


 わたしは出来上がった公約に視線を落とす。そこにはわたしたち自身の思いがあった。わたしたち自身の方向性があった。視線を動かして織田くんの方を見る。長い髪を頬に垂らしながら、美しい彼女は真剣な目でその公約を見ていた。


 ――式部さんに勝たなきゃいけない。


 織田くんの瞳は、はっきりとその目標を見定めているように、見えた。

 わたしは火曜日の図書室での一幕を思い出す。


 ☆


「式部さんは、『洛和小学校児童会規則16条』についてどう思われますか? 男の子は男の制服、女の子は女の制服を着なければならない。そんな決まりを取り消して、誰もが好きな制服を選んで良いようにする――そういう変更は、みんなを幸せにする、良い規則改正だと思いませんか?」


 織田くんはそう聞いた。

 きっと式部さんの優しさや公明正大さにあてられて、心のどこかで「児童会長は式部さんでいいんじゃないか?」と思いはじめていたのだろう。そんなこと一度立候補を決めた人間の考えるべきことじゃないけれど。でも、織田くんのことは責められない。だって、わたしもまったく同じことを考えちゃっていたから。


 だからもし、わたしたちの願い――「児童会規則16条改正」を式部さんがやってくれるんだったら……、公約に加えてくれるなら、わたしたちに戦う理由はなくなるのだ。

 でも――式部さんはこう言ったのだ。


「どうして織田くんはそんなことを聞くのかしら? よくわからないけれど。もしかして織田くんや木春菊さんは児童会規則の改正を目指しているのかしら? ――だとしたらやめておいた方がいいわ。児童会規則改正なんて現実的じゃないもの。それに――女の子が女の子の服を着て、男の子が男の子の服を着る。それって普通のことじゃないかしら? そういう当たり前のことを崩しだすと、せっかく保たれている小学校の規律が乱れることになるんじゃないかしら?」


 その答えは、なんだかわたしたちにとって――特に織田くんにとっては残念なものだった。織田くんの顔色が少し青くなるように見えた。


「で……でも式部さん。道徳や保健体育の授業で教わったみたいに……、世の中には『性同一性障害』とか……いろいろな人がいて……、性別毎の制服にしばられたくないって生徒もいるんじゃないかなって、お……思うんです」


 とぎれとぎれになりながら頑張って最後まで織田くんは話した。きっと勇気を振り絞って。でも何度か神妙に頷いた後、式部さんが返したのは、ある意味で――全否定だった。


「わかるわ、織田くん。でも、そういうのって、授業で教わったからって、はいそうですかって、何でもかんでも自分たちの身の回りに適用しようとするのは違うって思わない? 児童会規則はわたしたち洛和小学校の生徒のためのものなんですから」


 その理路整然とした説明に、織田くんは何も言い返せずに「でも……、その……」と困ったように小さくなってしまった。


「面白い論点だし、立派な論点だなとは思いますわよ? でも、わたくしはそういう改正って、教科書で習ったからする、って言うのはなんだか違うなって思いますの。きっとそういうことはまず先生たちが考えるべきことなのよ。わたくしたちはわたくしたちにできる、わたくしたちが良いと思う学校の姿を目指しましょう?」


 そう言って、式部さんは、ニッコリと微笑んだ。――聖女さまみたいに。


 ☆


 わたしたちは理解した。式部さんに「児童会規則第16条改正」をする気はないのだと。

 それにすでにたくさんの公約を抱えている式部チームはこれ以上公約を増やすわけには行かないのだと思う。


 貴子先生の言っていたとおりだ。他の候補には他の候補の公約がある。だから自分たちのやりたい改革をやるためには、やっぱり自分たち自身が政権を取るしかないのだ。

 だからわたしたち三人はあらためて決意したんだ! 今川くんにも、式部さんにも選挙で勝って、わたしたちが児童会役員になるんだって!


 そして今、わたしたちの公約が出来上がった。

 やったよー! できたよー!

 わたしたちは思い思いに伸びをして、床の上に寝転がった。

 窓の外の空はもう赤くなっている。夕方だ。


 なんだか疲れた。でも不思議な充実感があった。

 わたしたち親友三人で作った、わたしたちの学校の未来絵図。

 そんな未来がくるのかどうかは、まだわからないけれど。

 なんだかとってもドキドキしたんだ!


「さてっ!」


 わたしたちのブレーン、メイちゃんが起き上がる。


「二人の演説原稿も作らなきゃだよね?」

「うん、そうだね。どうしよう? わたしと織田くん、それぞれに作る?」

「そうだね。僕は僕で今から作るから、でき次第、皐月さんにチェックしてもらうってことでどうかな?」

「りょーかいっ!」


 わたしが敬礼のポーズを取って見せると、二人は可笑しそうに頬を緩めた。

 それを見て、思ったんだ。わたしたち三人。なんだか良いチームになってきたよねって!


 あの日、偶然、曲がり角でぶつかって、運命の騎士ナイトさまと出会って、一週間ちょっとしか経っていないけれど、こうやってわたしたちの物語は間違いなく動き出している。


 さあ! 明日は勝負の日――演説会だっ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る