第104話 ファミリー?

 ……正直に言って、俺は『愛』だの『恋』だのを上段に構えるのは好まない。 色恋沙汰いろこいざたなんて、所詮しょせん『遺伝子』の策略でしか無いから……だ。


 生か死かの極限状態に置かれた時、食い物と異性と、どちらか選べ……と言われたら『食い物を選ぶ』と即答していただろう。 まさに『花』より『だんご』だ。


 ……あの日迄は……


 初めて『Y.T』さんこと『東矩とうがね祐希ゆうき』さんと出会い、成り行きからとは言え、産まれて初めて唇を重ねた時から……俺の心は祐希さん1色に染まった。


 ……今の俺は『だんご』より『花』を選ぶ! ……現に俺は、ろくに食事も採っていないが、空腹など感じていない。


 人は『愛』を『原動力』にして行動する事が出来る!


 ……しかし、どんなに技術が進んでも『愛』を燃料にして動く機械を創造するなど不可能だろう。


 つまり、見せかけではない正真正銘の『愛』をAIに組み込む事は、未来永劫、出来ないんだ。



 ……『愛』の『うつわ』が存在しない『もとむくん』が、人一倍強い『愛』の力を持っていた『法外ほうがい もとむ』に成れる筈も無く、『悲願』のみに支配された冷徹なマシーンと化してしまい……祐希さんを怯えさせ、あまつさえ宇宙にまで逃亡させるに至った。 


 更に、その『悲願』も、俺が打ち砕いてしまった。


 もとむくんは、その『悲しみ』と『怒り』を『原動力』として、全力で俺をほふりに来るだろう……。


 ……その上、俺の手元には、もう使える武器が残っていない。 


 この、敵意のかたまりと化した、もとむくんに挑むには?


 …………


 ……どうすれば良いのか、全く見当がつかなかった……。




「駆さん……」 ……ゆうきちゃんが話し始めた。


「プロトタイプである『もとむくん』と私『ゆうきちゃん』には、決定的な違いがあるのです」


「……決定的な違い?」


「……はい。 『もとむくん』の失敗と暴走を受け、東矩とうがね祐希ゆうきは、私に、あるロジックを増設しました」


「増設?」


「はい……それは、私が常に東矩祐希の『愛』を受信し続けるロジックです!」


 「……! じゃ、じゃあ!」


「私は、現在進行系で、彼女の『愛』を受信し続けています」


 俺の眼から温かいものが溢れ出し、それは無重量空間の為、ヘルメットの中で真珠のような、輝く小さな球体となって漂った。


 ……祐希さんは……ずっと俺に寄り添ってくれてたんだ!



「駆さん……」


「ん?」


「この闘いは間もなく終結します。 『サルタヒコ』へのルートをペガサスのオートナビゲーションシステムに入力しました。 直行して下さい!」


「……え? いや! だってだ……」


「……ご安心下さい。 私はこれから東矩 祐希の『愛の器』と駆さんの『慈悲の器』を持って、もとむくんと『融合』します!」

 

 ……そんな……!


「私は『ゆうきちゃん』のオリジナルですから、もう駆さんとはお別れになってしまいます。 ……でも、悲しくはありません! 私の本体である東矩祐希は、駆さんと結ばれるのですから!」


 二頭身キャラクターのゆうきちゃんが、中央モニターに映し出された。


 ……プレゼントのような箱を2つ、大事そうにかかえている。 多分……祐希さんと俺の『うつわ』……を表しているのだろう。


 ゆうきちゃんの上に、ポップな『Good luck !』の文字が踊り、ゆうきちゃんが、俺に向かってウインクし、投げキスをしてくれた。


 そして……中央モニターは、サルタヒコへの航路図に切り替わってしまった。


 …………


 ……………………


 

「ゆうき……ちゃん……」


 …………


 ……………………


 ……あの聴き慣れた「はい! 駆さん」という言葉が帰って来ることは無かった。



 ……結局、その後『ゆうきちゃん』と『もとむくん』がどうなったのか、判明する事は無かった……


 ……のだが……


 ……暫くして、不思議な噂が流れた。


 仲睦まじいご夫婦と、可愛らしい子供の映像を、ヌエガシラ・システム・サイエンス社の天候監視衛星『ドドメキ』が宇宙空間で捉えた……とか……何とか……




 ……これって……もしかしたら……!?



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る