第70話 転移面の向こう側

【358日目 中央大陸 竜の盆地カルデラ湖対岸 午後0時半頃】



 アリスたちの右側から闇竜タタウイネアの巨大な尾が恐ろしい速度で叩きつけられた!


 火竜アエロステオンと闇竜タタウイネアの裏切りだ!



 マイホームの隠蔽神器を通して亜神アリス、グレタ少佐、サーラ中尉、カルロネ司祭長のやり取りを聖女である妹マルチナとともに観察していた「もう一人のアリス」は「反応速度5筋力5衝撃耐性5遠視1」を起動。ただちに時空間操作「障壁」を展開して亜神竜(闇)タタウイネアと亜神竜(火)アエロステオンの頭部を胴体ごと縦に真っ二つに分断した!


 すぐさま隠蔽用障壁をマイホーム開口部から外して外に飛び出すと、宇宙間ゲートの転移面に飛び込む。


 やばい! 依り代のマルチナさんが心肺停止状態だ! 



 「もう一人のアリス」は先日ネフライト演習場で別のファンタジーA型標準宇宙に接続して作成した「アリスの分身3号」である。念のためにイース世界に転移させて妹マルチナと一緒にマイホームの中から竜たちの監視をさせていたのだ。



 「アリスの分身3号」の視界が切り替わって暗い洞窟状の空間に飛び出した! 同時に飛行を起動して空中で姿勢を制御。辺りを見回す。


 照明用神器。そして起動している「遠視」のお陰で洞窟内の様子は把握できる。すぐさま探知5を使って4人を探す。


 居た! 洞窟の右奥に4人が固まって倒れている。空中機動をしながら接近する。負傷の詳細を確認もせずに生命体干渉「治癒」を4人全員に掛けていく! そうしている間に妹マルチナが追いついてきて側に控えて周囲を監視してくれる。


 この四人には「治癒」をかければ生き返らせることは出来る。おそらく大丈夫なはずだ。10か月前にマリアーニ伯爵領で死亡した護衛を「治癒」で生き返らせた。あの時よりも死亡してからの時間経過はごく僅かだ。見たところ体の欠損も無い。


 4人の近くに着地。グレタ、サーラ、アリス、カルロネの順に状態を確認していく。よし、息をちゃんとしている。



 4人の生存を確認した後はマイホーム開口部を展開して妹マルチナと二人がかりで4人を運び込む。宇宙間ゲートのイース側に敵はいないと思うけど念の為だ。向こうから闇弾や火弾を撃ち込まれたら対応する間もなくまた死んでしまう。そうなったら今度は誰も「治癒」を掛けられないので「終了」である。



 ちなみにハエ男爵や超強化カラスは「依り代のマルチナさん」による調教であるため分身3号では指示を出すことが出来ない。


 しかも「依り代のマルチナさん」が一旦心肺停止となったため調教は外れているだろう。グレタさん、サーラさんも一旦心肺停止になっていれば同様のはず。


 辛うじてキアラさんの調教が有効だろうから完全フリーにはなってないはずだ。


 念のため生命体干渉「治癒」をもう一度掛ける。更にひとりひとりのステータスをチェックしていく。異常はない。大丈夫ーーあれ?



名前 マルチナ 

種族 人(女性) 

年齢 16  体力G  魔力F

魔法 闇弾9水弾7光弾7土弾7風弾7

   火弾9恐怖9嘔吐9悪魔通信5

   竜通信5ステータス5

   暗視5遠視5隠密5浄化5

   探知5魔法防御6念話5飛行8

   睡眠5魔獣調教1

身体強化 筋力5持久力5衝撃耐性5

   睡眠耐性7麻痺耐性7毒耐性6

   恐怖耐性9嘔吐耐性9

   反応速度5防御7老化緩和6

称号 魔獣の調教師



 私の「依り代のマルチナさん」に付いていたはずの称号「亜神(時空)の一部となっているマルチナの分身(劣化)」が無くなっている!






 ーーああ。そうか。「依り代のマルチナさん」が一度心肺停止となって。その時にイースに存在した亜神アリスの本体は滅びたのだ。


 そして今の本体は分身1号。つまり地球に存在する分身が本体化したことが認識される。



 なーるほど。それで。宇宙間ゲートは存在し続けていて本体と分身の間の接続は生きている。本体の神力を分身で使用できるのは図らずもさっき確認できた。闇竜と火竜の野郎を時空間操作で真っ二つにしてやったからね。ただし、本体は地球の分身1号なのでイースでの神力行使はかなり減衰している感じがある。概ね三分の一から五分の一だろうか。


 私の神のレベルが初期化してしまったから宇宙間ゲートを新たに作成することは出来ないし分身を作ることも出来ない。再びあと一年の経過を待たなければならない。



 生き返った「依り代のマルチナさん」=新生マルチナさんの様子を改めて確認する。


 隣にいる妹マルチナとのラインは無くなっているようだ。これも一旦心肺停止となったことが原因だろうけど詳しくは分からない。一度分身としては滅びたということなんだろうね。


 勿論、亜神アリスと妹マルチナとのリンクも消滅したみたい。「依り代のマルチナさん」を経由してのリンクだったんだから当たり前なんだけど凄く寂しいし喪失感が物凄い。ショックが尋常ではない。立ち直れないかもしれない。


 隣にいる妹マルチナの手を握って目を見つめながら聞いてみる。



「マルチナは私とのリンクってまだ感じ取れる? 私は感じ取れないんだよ。私の本体が一度滅びたためかリンクは消滅してしまったみたいなんだ」


「うん。アタシもリンクは消滅したと思う。闇竜にシッポを打ち付けられてゲートの境界面に消えた時にぷっつりと何かが消える感じがした。心の中に大きい空っぽの空洞ができたみたい」


「そうなんだ。私も心の喪失感が凄いんだ。妹マルチナ、泣いているんだね。涙をふいてあげるよ……」


「ふふ。お姉さまも泣いているよ。リンクが切れても悲しいと感じる気持ちは繋がっているのかな?」




 私(分身3号)と妹マルチナは自然とお互いに抱き合ってあれこれとお話をしながら涙が収まるのを待った。二人の間にあったリンクが切れても。人としての信頼関係とか親しみ、大切に思う気持ちは変わらないんだね。抱き合っているとだんだんと暖かな気持ちに包まれて心が落ち着きを取り戻してきた。




 問題は、この生き返った「依り代のマルチナさん」=新生マルチナさんが意識を回復というか持っているのかということだけど。精神構造体干渉で調べられるかなあ。ちょっと躊躇してしまう。少し様子を見てからにしようかなあ。



 サーラさんが目覚めた。



「ああ、アリス様、大丈夫だったの? なんか吹っ飛ばされたような気がするんだけど。チクショーあの火竜の奴許さない! いきなり攻撃してきやがって!」


「サーラさん、いちおう、みんな大丈夫のはずだよ。色々あったから説明が必要なんだけど説明はみんな一緒が良いから一寸待ってくれる?」


「りょうかい。で、ここはマイホームの中だけど。開口部から見える景色からすると、もしかして転移面の向こうに来ちゃってるわけ?」


「うん。そうなんだ。闇竜タタウイネアの全力シッポの一撃で4人とも跳ね飛ばされてね? その時に一度4人全員死んじゃったんだ。で、私=亜神アリスの分身3号がみんなを「治癒」で復活させたって訳。ビックリした? ちなみに火竜と闇竜は時空間操作で真っ二つにしてやったよ」


「えええ。ビックリしたっていうか、アリス様二人いるじゃん。まったく寸分たがわぬ姿で。髪色も目の色も全く同じなんですけど?」


「ふふ。見分け付かないね。困ったなあ。どうしようか。ああ、色の変更くらいは今のこの分身3号でも生命体干渉で可能だわ。ねえ、サーラさん。私の髪色の目の色。何色がいいと思う?」


「何を聞かれているのかさっぱりわかんないけど。見分けを付けるなら髪型変えれば? ストレートショートからだと何にできるかなあ」


「うーん。手入れが手間だと大変だからやっぱ髪色を変えるよ。サーラさんのグレージュ。好きな色だから真似していい? 目も同じくグレーで」


「? 色なんて変えられるの? もちろんいいけど。私たち三姉妹全員グレージュで目がグレーでしょ? これからは私たちの末の妹設定でも良いよ? 四姉妹ってことになるかな?」


「ふふ。ありがと。では早速。 生命体干渉 髪色よグレージュに。目の色よグレーになれ!」



 分身3号の髪色がスウッとグレージュに、目の色がグレーに変化していく。



「へえ。凄いねえ。見事に色が変わったよ。アタシも色変えたくなったらお願いするよ。よろしくね」


「はいはい。変えたくなったらね? あ、そうだ。ちょっと待っててくれる? 境界面の向こうに行って闇竜と火竜の死体片付けてくるよ」




 私=アリスの分身3号はマイホームの開口部を出たところで「飛行」を使い空中機動。ゆっくりと宇宙間ゲートの転移面に近づいていく。さっきは味わう間もなく通過したから今回はよく観察しないと。いちおう89式神器を取り出して隠蔽障壁を展開。神器を構えながら前進する。



 転移面は緩やかに波打っている光輝く水面のようだ。神器の先端を突っ込んでも全く抵抗なく。違和感なく。体全体を入れる。


 身体全体が転移面を通過したと思ったら唐突に反対側に飛び出した。辺りを見回す。



 ーーほほう。超強化カラスどもめ。竜の死体をこれ幸いにと啄んでいらっしゃる。丁度いい。そこらのカラスども。調教!



『カラスども!周囲を警戒して異常あれば報告せよ!』


『……ギャーギャーギャー ギャーギャーギャー ギャーギャーギャー ギャーギャーギャー ギャーギャーギャー ギャー……』


『うるさい。返事しなさい』


『生きていたのかマスターアリス。分かったのだ。異常あったら報告すればいいのだろう。報告すれば』


『分かれば良いのです。あ。ハエどこ行った?』



 周囲を見渡すがどこにもハエは居ない。さては逃げたな? 呼び戻すか。




 悪魔通信ーー『アリスである。ハエ男爵よ。どこにいるかな?』




『ーー!! むうう。亜神アリス生きていたのか。何用だ? 貴様はすでに我のマスターではない。気安く声をかけるな』


『お前は我が第2使徒キアラからアリスの言うことを聞けと指示されているはずである。何処にいるか。早く来なさい!』




『ーーちいい。ちょっと散歩していただけだというのに。戻れば良いのだろう戻れば。今から行く故待ってもらいたい』




♢♢




 ハエ男爵を呼び戻すべく命令した私は時空間操作で真っ二つに両断した火竜アエロステオンと闇竜タタウイネアの死体を観察する。バラバラ死体の状態なので気分のいいものではないね。既に死んでいるのでステータスは見えない。


 生命体干渉「治癒」をかければ生き返るかもしれないけど生き返らせる必要は感じない。もともと火竜アエロステオンの野郎は死刑にしようかと思っていたくらいだし。この竜2体の死体って役に立つのかな。いちおう取っておくか。


 倉庫ホーム開口部展開! 火竜の死体の真下!


 火竜の死体の真下に開口部が展開されてズルリと火竜の死体が倉庫ホームに落下して収容される。一旦開口部を閉じて闇竜も同じように収容していく。


 倉庫ホームの壁面の大部分を外部に熱放射する設定にしておいて放置しておく。最終的には黒体放射によって絶対零度付近まで温度は下がってくれるだろう。温度下がりきるまでに腐らなければ良いけど。さ、転移面の向こうのマイホームに戻ろう。





 転移面の向こう側へ移動してマイホームに戻ると新生マルチナさんを含めて全員が起きていて妹マルチナとサーラさんが簡単に経緯を説明していた。新生マルチナさんは妹マルチナが手を握って背中に手を回しているけど見た感じ普通だった。私も話してみたけどちゃんと人格がある。良かった。





♢♢♢♢





 こうして中央大陸セントリア中心部竜の盆地において。


 異世界の竜亜神(時空)セイタードの第1使徒闇竜タタウイネア。第2使徒火竜アエロステオンの竜亜神2体は異世界アースの亜神(時空)アリス・コーディによって討伐された。



 その後、竜の盆地にある宇宙間ゲートの転移面は亜神アリスの時空間操作「障壁」によって封印固定化された。


 竜たちの住んでいた異世界「クレティーシャ」と「イース」は隔離されたので今後竜がやってくる事はないだろう。



 亜神(時空)アリスはイース世界における人類の守護者としてのミッションを完了させた。



名前 アリス・コーディ(有朱宏治)

種族 亜神(時空) 人(女性)

年齢 1歳(身体年齢16歳)

体力 G

神力 G

神技 時空間操作Aエネルギー操作G

   ベクトル操作G物質創造G

   生命体干渉G精神構造干渉G

   神域干渉G

称号 神の自覚 使徒を得る

   聖地を得る 司祭を得る

   巫女を得る 聖女を得る

   従属神イースの主神

   人類の守護者



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る