第69話 悪魔男爵と闇竜タタウイネア

【358日目 中央大陸 竜の盆地カルデラ湖対岸 午後0時半頃】



 アリスたちの右側から闇竜タタウイネアの巨大な尾が恐ろしい速度で叩きつけられた!


 アリス、グレタ少佐、サーラ中尉、カルロネ司祭長の4人は闇竜タタウイネアの尾を叩き込まれ宇宙間ゲートの転移面に吹っ飛ばされてゲートの向こう側へと消えていった。




♢♢♢♢




 悪魔男爵は火竜アエロステオンが速射する火弾9を闇弾6で迎撃していた。パッと聞くと簡単なようだが途轍もない技術である。秒速900m。マッハ2.6の超音速で飛翔する直径72mm長さ300mmの攻撃魔法の弾頭に直撃させるのだ。


 これは航空自衛隊が保有する地対空誘導弾ペトリオットPACー3による弾道ミサイルの迎撃に匹敵する難しさであると言えよう。PACー3の場合はマッハ10、秒速3.7kmの速度で大気圏に再突入する弾道弾を迎撃するわけであるが。



 司祭長カルロネが指摘したように攻撃魔法を攻撃魔法によって迎撃することは極めて困難である。まず攻撃魔法には精密な射撃を可能にする精度が備わっていない。


 しかしハエ男爵は亜神アリスの魔術転写によって射撃精度を著しく向上できる身体強化魔術「遠視5」を保有していた。




 更には。このハエの悪魔は地球におけるハエに類似する特性を備えていた。生物の脳内の画像処理速度「フリッカー融合速度」。


 目が捉えて脳に送った画像を1秒間あたり何コマ処理できるのか。人間は1秒あたり60〜100コマ。ハエは250〜300コマである。


 そして節足動物特有の複眼。巨大な複眼に含まれる一つ一つの単眼2000個は人間の目とは基本原理が異なっている。人間の目が光を化学反応として感知するのに対してハエの単眼は光を機械的反応として感知する。


 これらのことによってハエは驚異的な速度で外界を認知し、反応することが出来る。


 ハエは人間と異なる時間軸の中で生きている。ハエから見れば人間の動きはスローモーションのように見えていることだろう。




 ハエ男爵の巨大な複眼と脳はハエとしての驚異的な速度での外界認知と反応を可能としていた。身体強化「反応速度」を使わずとも反応速度4相当のパフォーマンスを発揮できる。


 従ってハエ男爵が身体強化「反応速度5」を使えば。こと外界認知と反応において「反応速度9」に近い能力を発揮できるのである。


 これに身体強化「遠視5」の効果を併用することによって発揮される驚異的な速度での外界認知反応と射撃精度。


 これらのことが超音速で飛翔する攻撃魔法弾頭を超音速で飛翔する攻撃魔法弾頭で迎撃する、このような離れ業を可能にしていたのであった。








「カチャリ」……悪魔男爵は唐突に自分の中の調教が第2使徒キアラの調教を除いて外れたことを認識した。




 ハエの2つの巨大な複眼による視界は極めて広大で死角はほとんどない。故にアリス、グレタ、サーラ、カルロネの4人がタタウイネアの巨大な尾を叩き込まれて宇宙間ゲートの転移面に消えたことを認知していた。


 悪魔男爵は火竜アエロステオンから急速に距離をとるとともに高度を上昇させ隠密を発動した。悪魔男爵は高速で思考する。




『亜神アリス、グレタ、サーラ3名の調教が外れた。気を失った程度ではそんなことにはならない。少なくとも心肺停止。恐らく死亡したものと考えられる。


『我に有効な指示は第2使徒キアラの「亜神アリスの言うことをきいて手助けせよ」であるから亜神アリス亡き後遂行すべき任務はない。ゲート転移面を渡って彼らの生死確認をするまでもないか。第2使徒キアラに指示を仰げば転移面を渡って生死を確認しろと言われるだろう。では黙って悪魔の魔境に帰るのが得策か』




 悪魔男爵はアリスたちの調教が外れたことを認識してから僅か1秒に満たない時間内で今後の対応策に関する考察を終えて行動を開始する。


 高度を更に1000mまで上昇させ地上からの干渉を受けないようにしつつ太陽の位置から概ね東の方向を把握。凡そ時速100kmの速度で東へと飛行を開始した。



名前 悪魔男爵

種族 悪魔(性別なし)

年齢 2488326315体力C魔力C

魔法 水弾7光弾7土弾7風弾7火弾9

   闇弾9恐怖9嘔吐9回復6

   ステータス5暗視5遠視5隠密5

   浄化5結界5探知5

   魔法防御6念話5飛行8

   睡眠5悪魔通信5魔獣調教1

   神託5竜通信5

身体強化 筋力6持久力6衝撃耐性6

   睡眠耐性6麻痺耐性6毒耐性6

   恐怖耐性9嘔吐耐性9防御6

   反応速度5

称号 魔獣の調教師

   亜神(時空)アリスの眷属悪魔(死亡により無効)

   第1使徒グレタの眷属悪魔(死亡により無効)

   第2使徒キアラの眷属悪魔

   第3使徒サーラの眷属悪魔(死亡により無効)





♢♢





 今から半年前。アリスたちが悪魔の魔境で神器の爆発実験を行ったとき。遠く離れたここ中央大陸にまで爆発の振動が地震波として感知された。





 中央大陸の竜の盆地にいる闇竜タタウイネアは地震波を感知するも特に気には留めなかったのだが偶々近くにいた火竜アエロステオンの報告で皇女姉の仕業と判明した。


 それほどの威力。竜亜神セイタード様とてそんなことはできなかった。闇竜タタウイネアは恐怖に慄いた。速やかに皇女姉を滅ぼす必要がある。


 ここイースに来て7000年間。恐怖を感じることなど何一つなかった。5000年前には現地土着の人類が襲撃してきた。


 その中には土着の神が一体混じっていたが片手間に半殺しにしてやり見逃してやった。あまりにも歯ごたえが無かったからだ。




 火竜に命じて皇女姉の奇襲暗殺を試みるも失敗。火竜アエロステオンは調教されてしまい皇女姉殺害の中止とゲートの向こう側元の世界への帰還を要求された。



 やむを得ない。その要求を呑んで火竜アエロステオンが戻るのを待つ。



 竜の盆地に戻ってきた火竜アエロステオンは確かに調教されていたが儂ならば上書き調教出来る。魔獣調教9を持っているからである。そしてステータス欺瞞6を持っているから秘匿したい魔術やレベルを欺瞞できる。この火竜でさえ儂がステータス欺瞞を持っていること。魔獣調教9を持っていることを知らないはずである。


 しかも火竜は途方もなく強化されていた。これならば皇女姉を騙し討ち出来るかもしれない。





♢♢





 宇宙間ゲートの真前まで皇女姉はノコノコとやって来た。脇が甘いことこの上ない。余りの警戒心の無さ。迂闊さに自然と笑みが溢れる。




 火竜アエロステオンが突然皇女姉を火弾9の連射で攻撃して敵の注目を一身に集めてくれた。儂が上書き調教したから儂の指示の従ったまでである。


 儂は火竜に注目が集まっている隙に身体強化魔術全開で尾を敵の4人に打ちつけた! 


 魔法攻撃をしなかったのは皇女姉の魔法防御レベルが不明だったからである。


 尾による物理攻撃は身体強化魔術を使ったとしてもその攻撃は物理的実体を持つので魔法防御が幾ら高くとも防ぐ事は出来ない。


 皇女姉を含む敵の4人は宇宙間ゲートの転移面に吹っ飛んで消えていった。脆弱な人類のこと。おそらく死んだであろうが念を入れておこう。



「おい火竜よ。宇宙間ゲートに火弾9を撃ち込め。儂は闇弾9を撃ち込む故」


「タタウイネア様。我は魔力が枯渇しつつあり攻撃出来ませぬ申し訳ありません」


「そうか。では儂が闇弾9で奴らの息の根を止めてやろう」







 その瞬間。







 闇竜タタウイネアは自分の左右の視界が漆黒の平面によって分断されていることに気付いた。


 何だ? この漆黒の平面は? タタウイネアの右目は漆黒の平面が自分の頭から首。更に胴体までを縦に真っ二つに分断していることをハッキリと捉えた。タタウイネアは理解する。


 ああ。これは皇女姉の仕業か。時空神の時空間操作であるな。竜亜神セイタード様もお使いになっていた。7000年振りに見た懐かしい時空間操作で儂が滅びるとは。



 闇竜タタウイネアの思考は途切れた。



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