第20話 統合情報本部
【32日目 午後2時頃 ジェダイト公都】
いま、魔法即時通信による南部方面軍副司令官との通信を終えた統合情報本部首席情報官であるピエトロ・ ジラルディ侯爵。
首席情報官は情報官の取りまとめを行うほか固有の任務として統合情報本部の各部局を指揮監督。政府機関内情報組織の統括管理、非合法な暗殺や拉致を含む各種工作活動、破壊活動、情報収集、宣伝扇動、秘匿された企業や宗教組織活動の管理運営など公国内外のありとあらゆる後ろ暗い部分を担当している。
ジェダイト公国統合情報本部はジェダイト公都ジェダイト城郭内宮殿に所在する秘匿された公爵直轄機関である。
複数居る情報官は他の重要機関の長を兼ねているため不在なことが多い。例えば防衛担当情報官は参謀本部長、特殊任務担当情報官は公爵軍司令官、内政担当情報官は内務省長官として兼ねて補職されている。
統合情報本部は本部長である公国王太子がこれら重要機関を管理下に置く制度的な仕組みとして設置されたと言われている。90年前の事である。
これらの情報官は全て伯爵又は侯爵である上級貴族家当主が務めておりその事実上の権力は他の政府機関とは比べる事も出来ないほどである。
首席情報官ピエトロ・ ジラルディ侯爵は本部長であるマルコ・ジェダイト王太子の執務室で雑談しながら魔術担当情報官と魔術研究本部副本部長が遅れてやって来るのを待っていた。
「しかし、マルチナ皇女殿下とあの皇女姉の関係はまだ分からないんですか?」
王太子が首席情報官ジラルディ侯爵に問いかける。
「面会を何回かしていますがハッキリとは分かりませんでしたね。
ただ『姉では無い』けど非常に近しい大切な人だから傷つけたり追い詰めたりしないでくれって泣かれましたよ。
あと侍女のグレタ親娘とリンクスにも早く会わせてくれと、まあ大変でした。心配でしょうがないらしいですね」
「姉では無いけど非常に近しい大切な人ってどういう意味でしようか?」
「分かりません。それ以上語ってくれないのです。
髪と瞳の色を除きソックリという事ですから何か関係があるのは確実。皇女と一緒に捕縛した従者共に聞いても誰も何も知らない。不思議ですね。
一つ確認できたのはキアラ(娘)の魔術の件ですが皇女は何も知らないと語りませんでした。しかし従者の何人かは『キアラは攻撃魔法を使えないはずだ』と断言していました」
「それは重要なポイントになりますね」
「そうなんですよ。魔術担当情報官とも話したんですが、やはり皇女姉がキアラ(娘)の魔術の取得に関与しているとしか考えられない。との事で、だとすると途方もない事です」
「その通りだな。アレキサンドライト帝国訪問団を軟禁しようとしたのは失敗だったかな。
あの時は軟禁して人質にしつつ軍事的圧力を高めていけば帝都の遷都及び宰相職いずれも早まるだろうし向こうから武力行使が為されればこれ幸いと叩き潰せばいいと思っていた」
「そうですよ。わざわざ安全保障会議に諮って実行したのに皇女姉の超技術の事が判明してからはマルチナ皇女には『あれは現場の暴走が原因で不幸な行き違いだった』と赦しを得るべく謝罪の日々ですよ。
赦して頂くまでは帝都にお返しする訳には行きませんからね。私も2日に一回は行ってますよ。王太子もたまには行かれますか?」
「私が行って謝罪したら誰かを処罰する羽目になるだろ」
「王太子殿下。入ってもよろしいですかな」
遅れてきた2人が入ってきた。
「それで皇女姉がシリトンの南部方面軍司令部に来てくれるらしいのです。私の方からは丁重に接遇しつつ来てくれた目的、希望、それと皇女姉達の能力や正体など聞き出せることを聞き出せと指示してあります。
それで皇女姉を公都に連れて来るか。シリトンに留めるか。どう考えますか?」
「首席情報官閣下。話の腰を折るようで申し訳ありませんが先にご覧いただきたいものがありますのじゃ」
魔術研究本部副本部長ルカ・カルロネ伯爵はテーブルの上に白い布で包んだものを置いて布を開いた。
「これはついさっき届いた物での。アンバー高原でマルチナ皇女を捕縛した洞窟の前に落ちていた物じゃ。
洞窟の周囲は至る所に大量の足跡が入り乱れておって誰がこれを使って残置したのかは分からないがリンクスと思しき足跡がこの周囲にのみ集中していた。
皇女姉の一行。いや、皇女姉がこの物体と極めて強く関係していると考えられますのじゃ」
机の上のそれは驚くほど透明で紙のように軽く。それでいて強度を持つ底のある円錐状の物体。亜神アリスが物質創造で作ったPET製のコップである。
「これは。見たことは無いが。こんな物があると先代公爵様が仰っていた。ペットボトルとかペットのコップとか」
首席情報官が呟く。
「皇女姉は先代公爵様のような方なのか?」
王太子も囁くように呟く。
「しかし先代公爵様は皇女姉のような謎の超超高度魔術をお使いにならなかった。
このような物体をお作りになる事も無かった。
お隠しになる理由は無かったと思うが。
100年前に20で立太子。
50で公爵位をお継がれになって昨年にお隠れになられた。
驚くほどの御長命であった。
あと1年在れば確かめる事が出来た。もうお尋ねすることは出来ないですね。残念ながら」
「もう一つ。これを見て欲しいのじゃ」
カルロネ伯爵は布で包まれた包みを取り出しテーブルの上で広げた。
長方形状のしなやかな封筒のようなもの。鮮やかな赤色で染められた文字のような模様。明らかに猫の顔を示す不思議に正確な絵。
亜神アリスが物質創造で作り出した猫てゅーる。中身をボブに与え使い切った容器の残骸、ゴミである。
ゴミ箱とか無いから、つい置いてきてしまったのだろう。
「これは、さっきの透明なコップ? の近くに他の紙屑、これも驚くほど薄く撥水性があるものじゃったが。と一緒に置いてあった。 不要なものなので放置していったものではないかと思われる。
紙の方はクシャクシャに丸めてあったし、何かで汚れていたからの。
これらの紙には文字のようなものは記載されていなかった」
「これは。何かの容器でしょうか。非常に滑らかで柔軟性がある。
表面に何らかの意味あるげな文字が多数記載されている。先代公爵様の残された手記や記録に使用されている文字と似ている気がする」
「先代公爵様がお生まれになる前に居た前世の世界。二ホンの品物であるかもしれないですね。
皇女姉は二ホンから来てこれらの品物を持ち込んだのでしょうか。他にも色々な品物や知識なども持っている可能性がありますね」
「北のカイアストライト、ルベライト。
南のスピネル、ラズナイト、ラピスラズリ。そして隣のオーバル公国。
これらの国々には先代公爵様と時を同じくして二ホンの前世知識がある人達が誕生していた。生憎全員お亡くなりになっているがね。
「オーバルの迷宮に隠れ住んでダンジョンマスターをやっていたカトーという男はこの宮殿の離宮に軟禁しているが年のせいか碌に会話が成立しなくて困っていると魔術研究本部長が言っていたな」
「オーバルの元ダンジョンマスター、カトーは耄碌している振りをしているだけですじゃ。
ダンジョンマスター管理権を委譲しなければお前を殺してでもダンジョンマスター管理権を奪うぞと脅せば非常に分かり易く管理権を委譲してくれたからの。
「本人に自発的に協力する気が無いからほとんど情報は得られておらんが、このカトーは前公爵様のような転生者では無いですな。
転生者でないなら処刑すると脅しても首を落とす寸前までいっても転生者である証拠を提示できませんでしたからな。
後日に転生者のカトーというダンジョンマスターを殺して管理権を奪っただけだと白状しましたよ」
「話を戻します。先代公爵様に類似する知識や能力を持っているなら我々ジェダイトと同等以上の事が帝国や他の公国で可能になりかねませんね」
「極めて危険ですね。我がジェダイト公国の技術的優位が根底から覆されかねません。
これは何としても阻止するか取り込む必要がありそうですね。どう思います首席情報官」
「そうですね。正直、正面から挑んで勝てる気はしませんね。
しかしロードナイトでの戦闘の状況を見るにレベル4攻撃魔法の連打を奇襲的に直撃させれば勝利できるのでは? とも感じています。取り込むことの実行可能性は全く分かりません。
「皇女姉の目的にマルチナ皇女の解放と帝国への帰還が含まれている可能性は非常に高いと見ています。
マルチナ皇女を人質的に交渉材料にする事は逆に怒りを買いかねず避けるべきかと。
いずれにしても皇女姉の正体、目的が不明のまま決める事は適切ではないので確認が必要だと思いますね」
「恐れながらワシからは皇女姉の知識、技術を頂くためにマルチナ皇女の即時解放を早期に提示する事を提案したいのじゃ。
本部長もそう思いますじゃろ、王太子殿下にお願いしてくだされロマーニ本部長!」
「とにかく現場に権限と責任ある者に行って貰わないと話にならないな。取り敢えず首席情報官のところから潜入暗殺任務に適したチームを必要数。特殊任務担当情報官に言って公爵軍特殊作戦部隊2個小隊をシリトンに緊急展開させよう。
武装は最小限で良いと思うよ。レベル4魔術による攻撃以外は多分役に立たん。責任者として誰に行って貰うかだけどー」
「王太子殿下。私が直ちにシリトンに向かいたいと思います」
「ワシも直ぐにシリトンに行きたいのですじゃ」
「了解。ではジラルディ首席情報官とカルロネ副本部長はただちにシリトンへ。魔法即時通信技術者を同行させることを許可します。
潜入暗殺チーム及び特殊作戦部隊にも魔法即時通信技術者を同行させて常に情報共有しつつ行動するものとします。
それでは準備開始してください。私は公爵閣下に報告します。以上です。解散しましょう」
首席情報官と副本部長はそれぞれの部下合わせて30名。馬車6台からなる馬車隊を仕立て翌日にシリトンへ向けて出発した。
公都からシリトンは300キロメルト離れており急いでも5日はかかってしまうのであった。
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