第51話


 その日のうちに公爵邸に使いを送って、ロジェの来訪と首謀者がお義母様である可能性があるという内容の手紙を渡してもらった。

 この前捕らえた暗殺者も何か情報を吐いたかもしれないし、今回の件も含めてそろそろ公爵と直に話し合う機会を設けないと‥。


 兎にも角にも、今日はせっかく護衛3人組が揃っているから色々と情報を擦り合わせたい。元々バートン卿から賢者様のお話を聞く予定だったし‥。

 私の自室に戻って4人でソファに腰を掛けた。ノエルは私の隣に座るなり満足げな表情を浮かべている。


「‥賢者様が仰るには、魔女はそれぞれ得意な分野の魔法があり、決して万能な存在ではないとのこと‥。例えば戦闘魔法に長けている魔女は回復魔法は不得意であったり、そもそも薬を作るのが専門の魔女などもいたそうです」


「‥万能な存在ではない‥ですか」


 魔女‥。私の体を乗っ取っていたあの魔女は、“魅了”したり“取り憑いたり”することが得意なのかもしれない。物理的な攻撃はしてこないタイプなのかな。


 ‥‥‥でも‥リセット魔法は、なんだか系統が違う気がするんだけど‥‥。


 バートン卿は顎に手を当てたまま口を開いた。


「私は何度も魔女のことを討とうとしたことがありますが‥。その際は、魔女は私の攻撃を避けたとしても魔女が私に攻撃してくるということはありませんでした。危うくなると私に暗示のようなものを掛け、私の動作が鈍った隙に空を飛ぶなどして逃げていました」


 満月の夜のこともあって、バートン卿は魔女と2人で対峙する時間が長かった。恐らく言葉通り何度も何度も魔女を殺そうとしたのだと思う。


 私の体を奪っていた魔女は、人を操ることに長けているが故に逃げることも得意なのね。


「また、賢者様が仰るには魔女はそれぞれ魔法の発動条件が違うそうなのです」


「発動条件‥?」


「例えば口で詠唱する者、魔法陣を描く者、杖を使う者、己の血と引き換えに力を使う者、魔力を瞳に集中させて瞳を通して魔力を繰り出す者‥」


 ーーーー瞳を通して?


 ふと思い出したのは10年前、体を乗っ取られたあの日のこと。しくしくと涙を流す少女の、見ているものを吸い込んでしまいそうな不思議な瞳と目が合った瞬間、私の体は消えていた。


「‥‥‥瞳‥」


 動揺からかうまく言葉が出てこない。だけど私のその一言を聞いてバートン卿は頷いた。


「皇女様‥。私は魔女と目と目が合って‥ふいにウインクをされた途端に体に異変が起きました。」


 バートン卿はそう言って表情を暗くした。

私の体を乗っ取った時にはウインクはしていなかったけど、目という共通点はある。


 私たちの話を聞いていたノエルがパッと手を上げた。


「俺もウインクされたよ!!!初めてこの離宮に来て、牢に入った時‥‥久しぶりに皇女様と再会できたと思ったらウインクされたんだ」


「「え」」


 私は魔女が好き勝手している様子を眺めていることしかできなかったけど、その様子というのは意識がある間ずっとはっきり見えていたわけじゃなかった。

 よく見えてよく聞こえる時もあれば、水の中に沈みながら眺めているような感覚の時もあった。


 だから魔女がどんなタイミングでウインクしていたかは分析できないけど‥恐らくノエルも何らかの魔法をかけられていたのね。


「病的に皇女様に依存していたのはそれが原因だったのかな?」


 可愛い顔をしたまま首を傾げるノエル。今でも私を大切に思ってくれている気持ちはもちろん伝わっているけど、確かにあの頃のノエルは重い気持ちに心を潰されて、簡単に人を殺してしまっていた。


「そうね‥。でもあの頃のノエルとはまったく様子が違うから、知らぬ間にノエルの魔法は解けていたのかもしれないわね」


 私がそう言うと、ノエルは頬を人差し指でぽりぽりと掻いていた。


「ま、まぁ俺はほら、もう真実の‥あ、愛?ってか、まぁそういうのとっくに見つけてるし?」


 ノエルの声があまりにも小さくて、私はノエルの言葉をうまく聞き取ることができなかった。


「なんて‥?」


「な、なんでもないよっ!」


 頬を薄ら赤くして、ふんっとそっぽを向いたノエル。一体何だったのかしら‥。


「皇女様‥。その、私も‥ウインクをされたことがあります」


「‥あ!」


 次に手を挙げたのはテッド。丸眼鏡をクイッとあげながら表情を崩さずにそう言った。

 確かに以前‥何度も魔女から夜に誘われたことがあったけどテッドは自我を持ち続けて断ることができていたって言ってたわね。


 じゃあやっぱり、暗示のようなものを仕掛ける魔法は‥ウインクが条件なのかしら。でもどうしてテッドだけ魔法が掛からないんだろう‥。


「‥魔女の魔法というのは、同じ属性を持つ魔法によって防げるらしいのです」


 バートン卿が眉を顰めながらそう言った。


 例えば簡単に言うならば‥火の魔法が得意な魔女には、敵の魔女からの火の魔法は効かないって感じかしら。


 あら‥?でもそれなら‥


「え、テッドって魔女だったの?」


「そんなわけないじゃないですか」


 魔女はその名の通り女性だけ。

大昔には男性の魔法使いもいたらしいけど、近年では魔法を使える存在は魔女だけだった。


「‥‥そうよねぇ‥」


「私が1番理解できてませんよ。何故自分に魔法が効かないのか」


「‥‥じゃあ魔女はテッドに魔法が効かないと分かっていても何度も挑戦していたの?」


「‥‥そういうことになりますね。私はレオンとは仲の良い同期なのですが、私が魔女を拒否したあとは魔女は決まってレオンの元に行っていました。その為、私はレオンに対しての印象が段々と‥その、軽くなっていったのです」


「‥‥‥‥そう」



 私の頭の中でパズルのピースが綺麗にハマった気がした。

ーーレオンは猫だから、魔女の力を分けて貰っているはず。実際にリセット魔法の時にはレオンも記憶を持ったままだし、ミーナを魅了したのも魔女ではなくレオンだと思うし‥。


 つまり、レオンは魔女と同じ属性の力が扱えるということ。‥テッドは何故か、レオンから“魔女の魔法を防ぐような魔法”を掛けられていた‥‥?


 どくん、どくん、と心臓が痛くなる。


 ーーーもしこの仮説が当たっているのなら‥。

レオン、貴方は一体なにがしたいの‥?

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