第42話


 次の日、私は部屋にレオンだけを招き入れた。

時刻は朝。身支度と朝食を済ませたばかりの時間帯。


「おはようございます、皇女様」


 相変わらずきらきらとした笑顔。レオンは今日もまるで『僕は貴方の忠犬です』とでも言っているような顔をしてる。そんな顔をして私を裏切っている可能性があるのだから末恐ろしいわ。


「おはようレオン」


 だけど私だって仮面くらい被れるの。もう弱いだけの私は嫌だから、こう見えて腹の底では『どうすれば魔女たちにやり返せるのか』ばっかり考えている。


 まだその方法は見つからないけど、もう折れる心が残っていないくらい苦しんだからこそ変に心が晴れてしまったの。

 きっと魔女たちを成敗できた時こそ、本当の意味で心が晴れるのでしょうけど。


「何の御用件でしょうか‥?」


 レオンがそう言って首を傾げた。爽やかな長身の騎士。


「鍵をかけてこっちに来てくれる?」


「え‥?鍵、ですか‥?」


「そうよ、早くして」


 レオンは戸惑いながらも鍵をかけた。どぎまぎとしながら、私が腰掛けるソファへ近付いてくる。


「あ、あの‥?皇女様‥?」


 レオンが猫ではないのなら、リセットすればレオンの記憶も飛ぶ。レオンが猫ならば、リセットされたあとに『確かめられた』のだと気付くのでしょうけど。

 何としてもそれまでは、私の魂胆に気付かれないようにしないと。


 ‥‥いや、逆に‥確かめたあとも気付かれないようにすれば、リセット後にヒヤヒヤしないで済むのかしら。


 ここで確かめてすぐにリセットしたら、間違いなくレオンは『あいつやりやがったな』と思うに決まっているもの。


 すぐにリセットするのではなく、恥じらいのあまりリセットを掛けてしまった‥という流れにしましょう。よし、いい感じだわ。そうと決まれば‥いくわよ、私の色仕掛け‥!!!



「‥‥レオンは私のこと、軽い女だと思ってる‥?」


 あくまでも何も気付いていないアホな皇女のふりをするわ‥!


「‥え?‥‥いや、思っておりません!」


 ビシッと熱く言い張るレオン。それは本心なのか、はたまた優しさに溢れる騎士を装っているのか。


「‥‥キスして」


「‥はい?」


 アーモンドのような形のキリッとした双眼が揺れた。明らかに動揺している。


 ソファに座る私は、すぐ近くで立ち尽くすレオンに手招きをする。レオンの耳はたちまち真っ赤になっていき、困惑したように首を横に振った。


「こ、皇女様、できません‥!!」


 眉が八の字になったレオンはまるで初心な少年のよう。レオンの心境はいま一体どうなっているんだろう。


 私はそっと立ち上がってレオンに近付いた。ヒールを履いていてもレオンの肩にすら届かない。


 レオンの襟首に手を添える。その際レオンの首筋に人差し指が掠めると、レオンはピクッと体を震わせた。


 魔女が私の体で好き勝手やっていただけで、私自身は初心なはずなのだけど‥まるで手練れのようね。知識を少々かじっているだけにしては中々うまい具合のスタートが切れたと思う。


「貴方からしてくれないなら私からするわ。止めたら怒るわよ」


 口を窄めて上目遣いをすると、レオンは「うっ」と声を上げた。こんな初心な反応をする人が猫だとは思えないのだけど、確かめるまでは断定なんてできない。


「こ、皇女様‥」


「ちょっと屈んでよ。届かないわ」


 レオンの首の後ろに両腕を回す。まるで抱きつくようにしながら、レオンの首を引っ張った。


 ふに‥


 ーーー唇が重なり合った途端、私もレオンも目を見開いた。く、唇って柔らかいのね‥!‥って、そうじゃなくて。思わず私の初心さが顔を出してしまったわ。


 唇は優しく触れているだけなのに、全身にピリピリとした刺激が走った。




 魔女が快楽の為に色事を楽しんだのならば、私は復讐の為に。

もちろん体を許すつもりは毛頭ないけど、キスやハグで証拠が掴めるのならいくらだってやってやる。


「いけ、いけません」


 唇を離そうとするレオン。私は無理矢理キスを続けながらも、うまく回転しながらレオンの立ち位置を誘導した。そして押し倒すようにしてソファに座らせる。


 私はソファに座るレオンの上に跨った状態で、レオンへのキスを繰り返し続けた。

 小鳥たちが啄んでいるようなキスを続けていると、唇が湿っていくのも感じた。どちらの唇が湿っているのかは分からない。たぶん、両方。


「皇女様、いい加減に‥‥!」


 レオンが私を無理矢理引き剥がした。まだ舌を絡ませるようなキスはしていない。だけどレオンの顔が信じられない程に真っ赤だった。きっと私の顔も。


 レオンに跨る私に、何か硬いものが当たっている。




 自我を保とうとしているみたいだけど、レオンはいま欲情している。

 ダメだとレオンは言うけれど、彼の目を見れば分かる。彼はいま私を貪りたい衝動を必死で堪えている。



 私は小さく微笑んだあとに、レオンの唇の端をぺろっと舐めた。


「ーーーーーっ!!」



 どうやらこれがレオンの理性を吹き飛ばす一打になったみたい。私の唇を自ら求め始めたレオン。私は彼とキスを交わしながら、彼が罠に掛かったことに喜んでいた。

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