デルギ・ハンの大叛乱―皇孫アリンの復讐― ᡩᡝᡵᡤᡳ ᡥᠠᠨᡳ ᠠᠮᠪᠠ ᡶᠠᠴᡠᡥᡡᠨ ᠈ ᡥᡡᠸᠠᠩᡩᡳ ᠣᠮᠣᠯᠣ ᠠᠯᡳᠨᡳ ᡴᠠᡵᡠ ᡤᠠᡳᡵᡝ

辰井圭斗

第1話 復讐の誓い

 九月、風は蕭々しょうしょうとして冷たく、鈍色にびいろの雲が空を覆う。曇天の下、帝都ギン・ヘチェンの文武百官は観衆として刑場に集められ、処刑台を注視していた。処刑台の奥には皇帝の座る仮の玉座がある。十歳の少年アリンは麻の服を着て、玉座の横に立っていた。アリンと玉座に座る皇帝アルハガルガは甥と叔父の関係。三月みつき前に崩御した大行さきの皇帝はアリンの祖父だった。アルハガルガはアリンを横目にする。

「お前だけは我が娘たっての望みゆえ生かしてやるのだ。叛乱を企てた者共がどのような末路を辿るか、その目でしかと見届けるがよい」

 アルハガルガはこの甥を常々苦々しく思っていた。普通の人間より一段と黒い髪と瞳。幼くしてすでに理知的で冷たさを感じさせる顔。そして遊牧民の末裔として申し分ないしなやかな身体。まるで兄ムドゥリの幼い頃の引き写しだった。できることなら、兄と一緒に殺してしまいたかった。だができなかった。溺愛している愛娘が泣いて取り縋ってきたからである。アルハガルガは顔をしかめると、肘置きに置いた右手を掲げて下ろした。

 それが処刑を始める合図だった。刑場に百人余りの罪人が引き出されてきた。アリンの父ムドゥリ、兄、母、その他の妃達、その子供、父の配下であった官吏達……。すべてアリンがよく見知った人々だった。

 処刑台の中央には斧を持った五人の処刑人がいて、末官の罪人から順に彼らの前に首を垂れる。

 まず一組目の斧が振るわれた。首が飛び、斧の衝撃で罪人の足が跳ねた。首の無くなった罪人の身体は引きずられて処刑台の外へ持ち出される。太い血の線が処刑台を斜めに横切った。

 また二組目に斧が振るわれた。処刑はほとんど果てが無いように思われた。それだけ、罪人の数は多かった。斧が血と脂に鈍って、処刑人が一息に首を落とすことができなくなった。斧は同じ身体に二度三度と振るわれ、その度に罪人の足が跳ねる。アリンの視界の端に外に積み上げられた死体の山が見えた。

 ついに最後、アリンの父ムドゥリの処刑が行われる。アリンはそれまでと同様、処刑人の前に進む父の姿をただじっと見ていた。その父が膝をつく寸前、アリンの方に振り返った。父子の黒い瞳が交錯し、アリンに何事かを語りかける。その時実際に父が何を思っていたのかは知る由もない。しかし、アリンは「託された」と感じた。

 処刑人は振り返った父の頭を掴んで無理やりあるべき位置に据えた。大行皇帝の長子、現皇帝の兄に対してあるまじき不敬。しかし、それを非難する者はこの場にいない。斧が振るわれた。

 全ての処刑が終わったのを見届けた文武百官から歓呼の声が起こる。

「皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳!!」

 それに対し右手を掲げ鷹揚に応えた皇帝アルハガルガは、横にいるアリンにふと目をやって息を呑んだ。十歳のアリンは処刑の後も顔色一つ変えていなかった。アリンは叔父に向き直り、膝をつく。父譲りの黒い瞳をした少年は言った。

「逆賊どもが絶たれましたことを、臣は衷心ちゅうしんよりお喜び申し上げます」

 「殺しておくべきだった」とアルハガルガは思った。しかし今となってはどうしようもない。一度は助命した十歳の子供を殺したのでは、風聞が悪すぎる。

「お前の処遇は追って沙汰する」

 アルハガルガは方策を練り始めた。禍根は絶たなければならない。



 アルハガルガの治めるドゥリンバイ帝国は世界一の版図を誇る大帝国である。帝国の北側には北河と呼ばれる長大な河が西から東に流れており、帝都であるギン・ヘチェンはその上流に位置していた。帝国の中央からはやや西北にあたる。

 アリンは帝都ギン・ヘチェンからスンジャタという東北辺境の街に流罪になることが決まった。スンジャタは北河を河口までくだり、そこから北東へ進んで長城と呼ばれる壁を越え、更に東に進んだ場所にある。ギン・ヘチェンからは馬で三ヶ月の距離だった。

 アリンは助命されたとはいえ罪人である。侍衛じえいと呼ばれる護衛と監視を担う武官二十人と共に出発した。これから冬。厳しい旅になる。

 出発してから三日目、森を進む中、馬を寄せ、ひそかにアリンに声をかける者があった。白い髭を蓄えた六十がらみの男だ。

「アリン様、覚えていらっしゃいますか。私は侍衛のナバタイ。あなた様が五歳の時までお遊び申し上げていました」

 アリンは頷いた。彼が一行の中に混ざっていることは知っていた。

「私は表立ってはあなた様にお味方することはできませんが、ご不便があらばおっしゃってくださいませ。裏で取り計らいましょう」

「感謝する。ナバタイ」

 ナバタイは頭を下げ、またアリンから遠ざかっていった。

 孤独とも思われた罪人としての長い旅。しかし、その中でもアリンに味方する者はいる。それをアリンが心強く思ったかは分からないが。

 十日ほど経った夜、一行は小高い山に宿営していた。アリンは帳の外に出る。

 旅が進むにつれ寒さは厳しくなっていた。草木を枯らす粛殺しゅくさつの風が吹く。空に月は無く、ただ星々ばかりが不吉なまでに美しい。

 ナバタイが帳の中から出てきた。

「アリン様、あなた様は恐れながら罪人の身。勝手に外に出てはなりません。」

「ナバタイ」

 少年は空から目を離さない。

「父上は本当に叛乱を企てたのだろうか」

「アリン様」

「俺はそうは思わない」

「アリン様!」

 ナバタイはアリンの正面にまわり、その肩を掴む。不敬ではあったが、思わずそうしてしまった。

「お命が危のうございます。どうか、どうか、これより以後そのようなことは決して人におっしゃいますな。ナバタイ畢生ひっせいのお願いでございます」

 アリンはナバタイの肩に手を置いた。少年の黒い髪が風になびいた。

「すまなかった、ナバタイ。少しこのまま頭を冷やしたい。外してくれるか」

 白髭の侍衛は頭を下げた。

「では私は帳の前に控えております」

 帳の前のナバタイに監視はされているが、アリンは夜気のなか再び一人になった。また星空を見上げる。

 父が叛乱を企てることなど有り得ない。全ては叔父アルハガルガの策謀だとアリンは確信していた。目の前で無残に殺された父達の姿が目に焼き付いている。

 俺は決して叔父上を許さない。どんな手を使ってでも必ず叔父上を倒す。

 それは即ち叔父を殺し帝位を簒奪さんだつすることを意味していた。この広大な大帝国を奪い取るということ、それにアリンは微塵も気後れを感じない。彼は必ずそれを成し遂げると瞼の裏に残るしかばね達に誓った。

 少年の視線の先に赤々と輝くのは戦乱と禍の星、螢惑けいこく

 時は帝国暦一六三一年。デルギ・ハンことアリンが巻き起こす大叛乱から数えて十一年前のことである。

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