第10話・死合
「ほおれ、こっちはどうじゃの?」
「おおー…初めてみる。じいちゃんこれなに?」
「まどれぇぬ、というモンでな。いっぱい食べるとええぞ?」
「ありがとじいちゃん!」
「………」
字面だけ見るとほのぼのした会話に思えるが、びっしり彫り物を入れた上半身を晒したジジイが小学校中学年くらいの幼女を傍らに置いて菓子を与えてる図というのは、なんだ。警察呼ぶより自分で撃った方が早そうなのだが。
「やかましい!孫がおるのも教えん不肖の娘に撃ち殺されるほど
「誰が孫で誰が娘だこの死に損ない!居もしない孫をみてツラをぐちゃぐちゃにするとかボケるにも程があるだろうが!」
「…アァン?この屠龍の寬次に向かってボケたの死に損ないだのと…長生きしたくないらしいのう?嬢ちゃんや」
「てめぇはてめぇで無駄に呼吸ばかり重ねやがって。これ以上息しても酸素の無駄だ、地球のために今すぐ死ね!」
「儂に一度も勝てた試しのない青瓢箪が何をほざく。ほぅれしばらくぶりに揉んでやるからかかってこんかこのクソ餓鬼が!」
「ほざけ!!」
MA-1の懐に仕込んだ投げナイフをまず投擲。奴の眉間に目がけて。
「カッ、猪口才な!」
無論、避けられるのは織り込み済み。往年に比べれば避け方も無駄に大きいが、こんなもので仕留められるクソ野郎ではない。だが体勢を崩せることが出来れば上等。
奴と私の間にあるちゃぶ台に足をかけ、一気に距離を詰める。
そしていつも通りに迎え撃つ、と思われた奴は、やおら体を低くすると…。
「甘いわ餓鬼が!」
ちゃぶ台の縁を右手で持ち、「ふんぬっ!」とのかけ声とともに一気に持ち上げると。
びたんっ!……というような音とともに、畳一枚分ほどもある平たいそれを叩き付けた。
「だぁっ?!」
……私の顔面に。
「がははは!初手で躊躇せんのは進歩じゃがの、そういつもいつも同じ手で反撃するわけあるかい!」
「て、てめえこのクソジジィがぁぁぁ……ああッ!!」
確かに奴の言うとおり今までに無いやり口だ。だが私はこれでもプロだ。鼻の痛みなど意にも解さず、勝ち誇ってるドアホウに目にもの見せてくると立ち上がると…。
「ウラァッ!!」
「がっ?!」
私の顔面を襲撃した後、もとの位置に戻っていたちゃぶ台に脛を打たれ、今度は痛みに耐えきれず悶絶する羽目となる。忌々しいことに、こと斯くあるを予想した奴がちゃぶ台を蹴り出したものが当たったわけだ。
「…さて、聞き分けのねェクソ餓鬼にするこたぁ、一つしかねェやな」
脛を押さえてもんどり打っている私の背中に飛び乗り、両手で頭を固定される。すると。
ごきり。
…という音が鳴ったような気がした。自分の首から。そしてそのまま視界は暗転し、呼吸も、血流も止まった体は震えることも出来ず、私は殺されたのだろう。そうとしか思えなかった。
「おら、参りました、はどうした?ん?」
「……参った」
本当に殺されたと錯覚するほどの血錆めいた殺気は、私のその一言で散って失せる。
きっと同じようにして少なくない数の人間を絶命させてきた両手はようやく私の頭蓋を解放し、触れられていたところから震えが全身を覆っていくのを感じる。
くそ…認めたくはないが、本能のところであの化け物を恐怖しているのだ、私は。
ゆっくりと体を起こし、首筋から両肘のところまで色褪せた入れ墨で覆われた背中を睨む。齢七十を超えた身でこの有様だ。看板を下ろす?とんでもない、この化生じみた老人はきっと死ぬまでこのままであり、そして周囲の血も凍らせる笑い声をあげながら、自分から滅んでいくのだろう。此奴が誰かに殺されるところなど、想像するのも不可能だ。
そして、しばし全身を一頻り覆っていた怖れが消え去る頃、勝者の凱旋を讃える幼い声が、響く。
「おー、じーちゃんつよいね!」
「がははは!こんな半人前になんぞまだ負けやせんよ。おい、明子。テメェが儂に勝とうなんざ一世紀はえぇんだよ」
「いつまで生きるつもりなんだ、このクソジジィは…ったく」
ピュロスの歓声が何かを祓ったように、部屋の空気が澄み切っている。つい今し方に血の滴る技を覧じたとも思えない雰囲気だ。
いつもだったら私は寬次に殺されかけたという事実に身震いし、強がりのように荒い言葉をぶつけるだけなのだろうに、今日に限っては、同じ言葉をぶつけても苦笑のようなものが自分の顔に浮かんでいるようだ。
…おかしな話だ。子供のたった一言で、「屠龍の寬次」が常に放っている血の臭いが消えたのだ。
お陰でこうして、私にも妙な余裕が生まれている。今まで気付かなかったもののが見えて、聞こえているかのようだ。
私は
自分で選んだ
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