第317話 かえる

退院祝いのパーティーは、苺が作ったケーキを食べてお開きになった。

用事のあるらしい、あまちゃんが帰った事で、他の奴らもくつろぎ始めるが、一体全体なんの為のお祝いだったのだろう?


ちなみに苺が作ってくれたケーキは、数本の細長いロールケーキを自分で作り、それを繋ぎ合わせて、泡立てた生クリームとイチゴで飾り付けをした物だった。

どう見ても、イチゴ柄の白ヘビがとぐろを巻いてるようにしか見えない、俺には恐怖のケーキだった。


まあ、それはさて置き、みんなもリラックスし始めたので、俺はこれまで我慢していた、納得できない点を追及する事にした。


「おい苺、おまえに聞きたい事がある。正直に答えないと、ビンタだけでは済まないぜ」

「はぁ? なんですか急に。まぁ、それは構いませんけど、わたくしも紋次郎さんに言いたい事があります。では、紋次郎さんお先にどうぞ」


「いいか苺ッ。おまえの神力しんりょくは【あと数日で枯渇こかつする】って言ってたくせに、あれから何日もっている。日数が合わないのはどうしてだ!」

「へっ? その事ですか? いいですか紋次郎さん、確かに水神様から頂いた神力しんりょくは、あがたもりとの争いで枯渇こかつしました。ですが・・・」


「そうだよな、だとしたらおかしいだろう。【あるじの居ないつかいのヘビは、神力しんりょくが尽きると寿命を迎える】って、おまえが言ったのに、なんで苺は平気なんだよ? おまえは俺にウソをついたのか?」

「なっ、失敬な、嘘などついておりません。それに、わたくしのあるじはちゃんとります。何か勘違いをされてませんか? それから、神力しんりょくに関しては龍神さんから分けて頂きました。ですので、この姿を維持しております」


「はぁ? 龍神が? おい龍神、そうなのか? もしもそうなら、どうしてそれを俺に伝えてない?」

「あのな紋ちゃん、分けたのではなくて、無理矢理ブン取られたんじゃ。【わたくしは貴方の弟子なんですから、師として弟子の面倒を見なさい】って、あんたが入院しとるあいだに、ごっそりと持って行かれたんじゃ。ただでさえワシは反省の為の絶食で、元気が無かったのに」


「あっ! そうだ、さっきはあまちゃんが居たから言わなかったけど、龍神おまえ、俺の病室に何度も忍び込んだだろう。それでお菓子や果物を、さんざん喰い荒らしたくせに何が絶食だよ」

「イヤ、違うんじゃ、ホンマに反省して絶食をしてたんじゃ・・・じゃけど、紋ちゃんをハグした時にポキポキって音がしたじゃろう。ほんで入院したけぇ、心配で病室を見に行ったら、ポッキーが置いてあるんじゃもん。そりゃあ食いとうなるじゃろう」


「おい龍神ッ、俺の骨がポキポキ鳴った事と、おまえがポッキーを食べたくなるのは、何か関係があるのか?」

「うっ、何も関係はない。じゃけど、ワシが食うた事の無い、つぶつぶイチゴのポッキーじゃろう。やっぱり紋ちゃんとワシは趣味が合うのう思おて・・・ごめん」


「なんだ、そのごめんは? 俺を病院送りにしたごめんか? それともポッキーを食べたごめんか?」

「あなた達、また食べ物の話で会話の趣旨が変わってますよ。聞きたい事が終わりのようでしたら、今度はわたくしの番ですね」


「おっと、ちょっと待て! 龍神の所為せいで、危うく聞き流しそうになったけど、苺おまえは今【あるじが居る】って、言ったよな。水神との繋がりは、井戸を埋めた時点で切れたはずだ! なのに、なんであるじが居るんだよ」

「ハァ~~あなたという人は・・・クルミさん、何時いつぞやの質問に答えてあげます。紋次郎さんはワザとボケているのではなく、完全に天然おバカです」


「きゅ、やっぱり・・・だけど、そんな紋次郎君がわたしは大好きです。ねぇキーコさん」

「そうね、大好きだけど、無茶をする紋次郎兄ちゃんは好きじゃない。だから、もう無茶をしないでね」


「うっ、ごめんなさい・・・って! そうじゃねぇ! おい苺ッ、俺が天然おバカってどういう意味だ! 確かに俺はバカだけど・・・」

「いいですか紋次郎さん、よく思い出しなさいッ! 今現在わたしのあるじはあなたでしょう!」


「ハァ? 何言ってんだ? 苺には俺が水神に見えるのか? それとも龍神みたいなボケ神に見えんのか?」

「おいおいおい紋次郎。ワシが【ボケ神】って、どういう事かいのう? 紋ちゃんはワシがボケとると思うとるんか?」


「思ってねぇよッ。ボケてたら、俺の病室から的確におやつを盗めないだろ。おまえの場合はトボケてるだけだッ」

「それじゃあ、ボケ神はやめてくれるか。ちなみにな、ボケ防止には青魚がええそうじゃ。なぁ紋ちゃん、そろそろサンマの季節じゃのう」


「おっ、いいね~七輪で焼いたサンマに大根おろしが添えてあれば、それだけでもうおかずはらないよな」

「そうそう、ちょっと苦い腹ワタが、また旨いんじゃ。紋ちゃん、明日はサンマにしてもらおう」


「・・・あなた達って、本当にりないですね。また食べ物の話に会話がシフトしてますよ。いいですか紋次郎さん! ユリさんの島で助けられた時に、【あなたのつかいになりました】って、わたしは言いましたよねッ」

「へッ!・・・えっ?・・・何時いつ、そんな事を言われたっけ? えっ、誰か憶えてる人は居る?」


「もう、よく思い出してください。わたしに巻き付かれたあなたが、崖から海に飛び込み、助け上げられた砂浜でです。【紋次郎さんの頭から出た血が、わたしの口に入り正気に戻りました。ですから、紋次郎さんの遣いになりました。なので、血の契約を交わした紋ちゃんが、わたしの名前を決めてね】って、わたしは一字一句正確に憶えてますよ」

「なんだっけ、それ?・・・ ・・・あっ、あ~~~思い出した! えっ? でもあれは出任でまかせだろう」


出任でまかせ? わたくしは一言も、そんな事を言っておりませんよ。何故なぜ出任でまかせだと思うのですか?」

「いや、だって、アレは出任でまかせだって・・・龍神が言いましたよ」


「そうですか、龍神さんが言ったのですね、安心しました。あるじの紋次郎さんに対し、わたくしは忠実にしておりました。ですから、嘘つきと思われては心外ですので、安心しました」

「・・・おい龍神ッ、どういう事だ? また俺を騙したのか? また今回もおまえが元凶なのか? テメエ、いい加減にしないと動物園に売り飛ばすぞ!」


「ち、違うんじゃ。あの時はああでも言わんと、ヘビ嫌いの紋ちゃんはヘビの苺がつかいになるのはイヤじゃろう。ほじゃけぇ、出任でまかせちゅう事にしたんじゃ」

「ほ~ぅ、そうなのか。じゃあ、苺の寿命の話を聞いた時に、なんでそれを訂正しなかった?」


「じゃから、紋ちゃんにも聞いたじゃろう。【ワシが忘れとる事はなんじゃろう】って、それじゃのに紋ちゃんは【分かる訳がない】って、思い出そうとせんかったじゃろう。ほれ、クルミを連れて川に行った時じゃ」

「だからな、おまえの忘れてる事を、俺が思い出せる訳ないだろう。少しは聞き方を工夫しろよッ!」


「あのね紋ちゃん、よ~く思い出して。キーコと一緒にお風呂に入った苺が、お風呂を出たあとで、勝負下着のことでめたでしょう。その時も【つかいとして素直に言う事を聞く】って、言ってたよ。わたしはあの会話で、苺が紋ちゃんのつかいなんだって思い出したんだから」

「えっ・・・」


桃代の助言で自信を深めたのだろう、勝利を確信したような目をして、苺は俺を見ている。

マズいぞ、早く思い出さないと、リアルのヘビに睨まれた俺はかえるのようになる。


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