第272話 苺の昔話

森の調査は、一旦ここで終わりにする事にした。

気になる事があれば、新しい情報が出てくれば、またここに来て調べればいい。


それよりも、気色の悪い合図を送った龍神と話がしたい。

コイツが何に気が付いたのか? 本当に何かに気が付いたのか? 確認しないといけない。


脳ミソがとろけたような、とぼけた龍神だが、俺に危険が迫れば助けてくれる・・・事もある。

その反面、攻撃された事もある・・・。

その龍神が、キーコと苺に悟られないように俺だけに合図を送った。

誰にも聞かれたくない、秘密の話があるのだろう。


話を聞く為に帰りを急ぐが、苺もキーコも森の変貌ぶりの理由を考えているのだろう、二人とも言葉を発する事もなく、帰りの車内は静かすぎて落ち着かない。


会話のない、苺とキーコをルームミラーで確認するが、俺は何か違和感を覚えた。

何か違う、何が違うのだろう? 違いを見つけたいが、ルームミラーを見続ける事は出来ない。

事故を起こすと、それどころではないからな。


まあ、いいか。そのうち違いに気付くだろう。

過去の失敗を今にかせない俺は、森の件は完結したと思い込み、楽な気分で運転を続け、メガネ屋を見つけると苺との約束を果たすことにした。


車を駐車場に止めると、苺とキーコを連れて店に入る。

巫女装束の女の人と女の子が一人ずつメガネ屋に入った途端、店の中はどよめいた。

お願いだから、目立たないでね。


店の中を見て回りフレームを決めると、視力検査を受ける苺を見ながら、俺は何が違うのか気が付いた。

何時いつもより、苺の口が大きい気がする・・・なんでだ?


酒を飲み過ぎて酔ってる所為せいで、本来の姿に戻りつつあるのか? それはそれで不味いぞ。

もしも、帰りの車の中でヘビの姿に戻りにょろにょろされると、恐怖の所為せいでハンドルを握る俺が震えて、車も蛇行にょろにょろするだろう。

事故の予感! 仮にそうなれば、キーコに頼んで苺をトランクに押し込んでもらおう。


そんな、阿呆あほうな事を考えていたが、その心配は無用だった。

メガネをかけた苺は、鏡で自分の顔を見て気が付いたのだろう。

一瞬で何時いつものサイズに口を戻し、俺の不安はなくなった。


ただし、メガネ屋のねーちゃんは別だった。

突然小さくなった苺の口を見た途端、店のねーちゃんはまばたきを繰り返した後で、不安そうに自分の視力検査を始めた。


バカたれがッ! もう少し、上手くまわりを誤魔化せ!


帰りの車の中では、今までぼやけてたモノが【はっきりと見えるようになりました】メガネをかけた苺は、さっきまでとは違い機嫌良くキーコに話し掛けていた。

俺は前を見て安全運転をしながら、念の為に苺に注意を与えた。


「なあ苺、口が大きくなってる事に、おまえも気付いたな。正体がバレると大変な事になるから注意しろ。それと、どうしてああなるんだ?」

「そうですね、ちょっとお酒を飲むピッチが速かった所為せいでしょうか、油断してしまいました」


「気を付けないと、他人の前で本来の姿に戻ると捕まるぜ。もしも、そうなれば、俺は動物園に面会に行くようになるぜ」

「わかっております。人の姿になり、子供を怖がらせた事がありますので、気を付けておりましたが、今回はわたくしのミスです」


「まあ、いいけどな・・・ん、ちょっと待て、子供を怖がらせたってなんだ? 母屋の近くで、変な噂を立てないでくれよ」

「イヤですね~あの古井戸に居た頃の昔の話ですよ。あの時は、わたくしも傷つきましたから。子供を怖がらせないように、容姿には常に気を付けております」


「苺さんを見て怖がるって、ずいぶん失礼な子供ですね。苺さんが傷つく必要は無いと思いますよ」

「ありがとうねキーコさん。ただね、あの頃は人に化けるのが下手で、それは仕方がなかったと思っております」


「そうか、それならいいけど。ちなみに、その時はどんな出で立ちで、どんな顔つきだったんだ? どんな感じで子供は怖がったんだ?」

「そうですね、あの時はあの白い着物をまとい、顔はさっきより口が大きくて、ヘビの顔に近かったです。それで、古井戸の近くに居た小坊主に【わたし、綺麗になったでしょう】って、聞いてみたのですが、泣きながら逃げられてしまいました」


「ふ~ん、おまえにも色んな過去があるんだな・・・」


苺の昔話を聞いた俺は、傷ついた苺より、逃げた子供の方に同情した。

さっきより口が大きかったって・・・ほとんどヘビの口じゃん。

そいつに【わたし、綺麗になったでしょう】って、突然話し掛けられたら、怖がりな俺は滅茶苦茶ビビるぜ。


だけど、なんだろう? 何か引っ掛る? 何に引っ掛るのかわからないが、今回の件とは関係ない気がする。


まぁ、気になるようなら、桃代に聞けば何かわかるかも知れない。


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