第239話 茜

成り立たない会話を続けても、意味がないと悟った俺たちは、建設的な会話をする事にした。

俺もヤツも確認したい点があるので、お互いに素直になり、まずは自己紹介をして、ギスギスしたやり取りをやめる事にした。


「俺の名前は紋次郎だ。気安く紋次郎様と呼んでいいぜ」

「わしの名前はあお兵衛べえだ。気軽にあお兵衛べえ殿と呼ばせてやろう」


「それで、青ペ~はここで何をしてたんだ? 青ぺ~とキーコはどういう関係なんだ?」

「うむ、ポン次郎。わしは墓参りに来ただけだ。ここにはわしの女房の茜が眠っておる。ポン次郎の言う通り、鬼子きこはわしの娘じゃ」


「そうか・・・なあ、青ぺ~。俺の名前は紋次郎だ、ポン次郎ではない。そこは気を付けろ」

「あのな~ キサマがそれを言えた義理かッ? わしの名前は青ぺ~ではないッ! ちゃんとあお兵衛べえと呼ばんかい!」


「おまえが殿を付けろって言うからだろうッ! まあいい、じゃあキーコの母ちゃんは、ここに眠っているんだな?」

「キサマが先に様を付けろってぬかしたくせに、なんて自分勝手なヤツなんだ。まあ、そういう事だ。ここに鬼子きこの母である茜は眠っておる。さっきそう言ったではないか。それより紋次郎、キサマはどうしてここにやって来た?」


「夢を見た。あお兵衛べえ、おまえではないのか? 夢の中に乱入して、俺をここに呼んだのは?」

「あのな~ そんな器用な真似が出来るか。そもそも今日はあの惨事さんじの日、みんなの命日だ。命日のこの日この辺りには、人が近寄れないように鬼の怨念おんねんが渦巻いておるのに、なんで紋次郎は入って来れる?」


「あ~~そう言えば、早朝に上陸をした時に酷い目に遭ったぜ。あの時の怨念おんねんが、俺に当時の夢を見せたのかな? あお兵衛べえ、おまえが茜さんの亡骸なきがらの入るかめを、その岩の下に埋めてる姿も見たぜ」

「むッ? なかなか器用な人間だな。だが、なんで茜はさん付けで、わしは呼び捨てなんだ?」


「デカい身体からだの鬼のくせに細かい事を言うな。ちょっと待て、話を続ける前に茜さんの墓前に手を合わせてもいいか?」

「なんだ、そういうところは礼儀をわきまえておるな。本当は、人間なんぞに手を合わせて欲しくないが、わしに媚びない態度が気に入った。特別に許してやろ・・・って、なんで許しを出す前に拝んでおる? キサマが聞いてきたくせに」


「・・・ ・・・ ・・・んっ? 何か言ったかあお兵衛べえ。ちゃんとおまえの分も線香を供えてやるから安心しろ。それとな、どうして茜さんだけここに埋めたんだ?」

「なんか厄介な人間に関わったな。まあいい、茜をここに埋めたのはアレだ。鬼子きこを見つけるまでの一時しのぎだ。二人をはなばなれにしたくなかったからな。なあ紋次郎、キサマは本当に鬼子きこを知っておるのか?」


「もちろん知ってるぜ。それだけじゃない、あの惨事の事も知っている。どうして男の鬼たちは女と子供を守れなかった? どうして別々に暮らしている? あの時のおまえ達は何をしていた?」

「そんなに一度に聞くな。ワシら男の鬼にはつとめがあったのだ。ある御方おかたの命令で、ある物を長年探し続け、あの時は島を留守にしておったのだ」


元気なく項垂うなだれるあお兵衛べえを気の毒に思い、俺は静かに聞いてやる事にした。

あお兵衛べえの話はこうだった。


トンデモない力が手に入り、不死にまでなる奇妙なかたまりがある。

そんな話で始まった。

名前はおそれ多くて言えないと伏せられたが、男の鬼達は、そのある御方おかためいを受け、そのかたまりを探し集めていたそうだ。


その奇妙なかたまりを、偶然手に入れた人間がいた。そう、あの狂った侍だ。

奇妙なかたまりのおかげで異常な力を身に付けた侍は、更にかたまりを手に入れる為に、鬼がかたまりを集めていると聞き及び、この島に奇妙なかたまりを奪いに来た。

それが、あの惨事の日になるらしい。


もちろん男の鬼達も侍を追いかけ、この島に戻って来たが、時は既に遅く奇妙なかたまりは奪われ、女や子供の鬼達は惨殺されたあとだった。

それでも、賢い女の鬼たちは、この奇妙なかたまりが禁忌なモノだと理解して、一箇所にに集中させず、分散させて隠していたので、僅かしか奪われなかったそうだ。


男の鬼たちは、敵討かたきうちと奇妙なかたまりを奪い返す為に、侍の行方を捜したが、何処どこに消えたのか、わからなかったそうだ。


行方知れずになった侍は、鬼から奪った奇妙なかたまりを粉にして、不老不死の薬として団子に混ぜて売り出し、財を成したらしい。


しかし、その団子を食べた客の一人が辻斬りに遭い、死んだはずなのに、葬儀の途中で黄泉返り、大騒動になったらしい。

それはそうだろう、頭を斬られた血まみれの死体が、突然棺桶から出て来て葬式饅頭を頬張ったらしいからな。


その噂を聞きつけ、侍の行方をつきとめた鬼達は、手酷い被害を出しながら侍を退治したらしい。

そんな話は、そう締めくくられた。


そうか、それであお兵衛べえをはじめ男の鬼は、女や子供の鬼たちを助けられなかったんだ。


でも、なんだろう? 何か引っ掛かるモノがあるのだが、それが何なのか俺にはわからない。

奇妙なかたまりってなんだ? おそれ多くて名前を言えない人って誰だ?


キーコのことを優先している俺は、それを後回しにすると、キーコについて知り得た情報を、あお兵衛べえに話してやった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る