第215話 根源

桃代は適当に拾ったようで、実はしっかりと乾燥した小枝を選んだのだろう、簡単に火が点くと、白い煙が青い空に昇っていく。


そのうち木の台に燃え移り、その上にある和紙で出来た経典きょうてんらしき物や、足元に散らばる小動物の毛や皮、むし外皮がいひにも火が点くと、黒い煙に変わり、先程とは違う異臭が漂い始めた。


桃代はタオルで口と鼻を押さえながら、塩を振りかけ、俺は袖口で鼻と口を覆っている。

たいした大きさではないそれは、たいした時間を掛けることなく燃え尽き、汚い燃えカスに姿を変えた。


桃代はバッグの中からペットボトルを取り出すと、中の水をたっぷり掛けて、燃えカスの始末を終わらせる。

見ると、バッグの中はペットボトルの水だらけだった。

どうりで重たい訳だ。


「よし、火は消えたようじゃな。それじゃあ、急いで寺の跡地に戻るでぇ。桃代さんと紋ちゃんはワシの背中に乗りんさい」

「そうですね、急ぎましょう。龍神様は荷物の方もお願いします。紋ちゃんは左手を前に出しなさい」


桃代と龍神が妙に焦っている気はするが、俺にはその理由がわからない。

強い命令口調の桃代の言葉に、俺は条件反射で素直に手を出すと、またもや手錠をかけられた。


しかも、今回はそれで終わることなく、片方を俺、もう片方を桃代は自分の手首にかけ、完全に犯人逮捕の絵面えづらになった。


「どういうつもりだ桃代。これだと、まともに動けないだろう。それ以前に、何をそんなに慌てている?」

「あとで詳しく話すから、今はそれに気を取られないで。それよりも別の事を考えて、そっちの方に集中してなさい。例えば、キーコのお母さんの遺骨をどうやって探すとか、そういう事を考えてなさい」


「そうな、それは重要だよな。あの時は勢いだけで言ったけど、オイラ具体的には何も考えてないですぜ」

「じゃあ、具体的にどうするか考えなさい。ほら、しっかり龍神様のツノを掴んで落ちないようにね。紋ちゃんが落ちちゃうと、わたしも落ちるのよ」


桃代にかされて、横向きで龍神の背に乗ると、落ちないようにツノを握る。

ハッキリ言って手錠が邪魔なのだが、桃代の迫力に押されて、外せと言えない。


龍神は上手く樹木をけながら、凄いスピードで進んでいるが、桃代が居るおかげで無駄な蛇行はしない。

・・・このヤロウ、俺ひとりの時とはえらい違いだ。


文句を言うのを我慢して、桃代が落ちないように注意していると、時間を掛けることなく寺の跡地に戻ってこられた。



・・・ ・・・ ・・・あれ? なんだここ、さっきと全然雰囲気が違う。

青空の下なのに、ここだけ黒いもやに覆われて、別世界のように薄暗く、異様な雰囲気だ。

しかも、さっきはしなかったのに、今は鼻が拒否するような匂いがする。


右手をマスク代わりにすると、何が匂いの元なのか、俺は辺りを冷静に見まわすが、それらしき異物は見あたらない。

この匂い、何処どこかで嗅いだ記憶がある、何処どこでだ?・・・・・・・・・・あそこだ、なんでも屋に居た頃にしたドブ川の掃除でだ。


ここには、ドブなんて無かったと思うが、なんでこの匂いがする? ここの雰囲気が変わったのもなんでだ? 

考える俺を無視して、桃代と龍神は迅速に行動している。


「龍神様、あそこッ! あの辺りでもやが出ています。あそこを掘り返してみてください!」

「そうじゃな、あそこじゃったよな。ワシはあそこを大急ぎで掘り返す。桃代さんは紋ちゃんが埋まらんように、れて行かれんように頼んだでぇ」


「お任せください。その為に、手錠で繋いでますから大丈夫です」

「なあ桃代、埋まらないようにはわかるけど、れて行かれないようにって、なんのこと?」


「あのね、紋ちゃんは目を付けられたの。龍神様が掘ってるあの場所、あそこに覚えがあるでしょう」

「あそこって・・・オイラ、全然記憶にありませんぜ。そもそも、さっき初めて来たこの場所に、覚えがあるはずないだろう」


「ほら、無意識に行動してる。さっきここを通った時に、シャベルを突き立て穴を掘ろうとした場所でしょう」

「そうなの? オイラ、穴を掘ろうとしてました? それすら記憶にありませんぜ」


「もうッ、気をしっかり持ちなさい。あそこの下には、今回の騒動を複雑にした恨みの根源が居て、紋ちゃんはさっき呼ばれたの。あれは、数十年前の土砂崩れから不当に扱われて、鬼門きもんの結界が崩壊したあとは、邪気がどんどん押し寄せて、今はもう邪神になろうとしているの」

「邪神って・・・龍神おまえ、ついに不良ぐれたのかッ! かんべんしてくれよ、俺まであまちゃんに怒られちゃうぜ」


「何を言うとるんじゃ、ワシの訳がなかろうが。ええか紋ちゃん、邪神になりそうなんは、水神すいじんじゃ!」


水神すいじん?・・・って、だれ? 龍神の知り合い?


そんな訳ないよな。

大蛇おろちから龍神になって僅か数年、それからは何時いつも俺と一緒に行動をしてたのだから、コイツに、俺の知らない知り合いが居るはずがない。


当然なのだが、常に龍神とつるんでいる俺も、コイツと同じ、知り合いの少ない孤独な存在だった。


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