第197話 鬼の目に

突き当たりのひらけた場所に着くと、キーコはひと睨みで、乳繰り合う骸骨がいこつカップルを追い払う・・・どんな力関係なんだ?

妙な怪奇現象が消えたところで、キーコは隅の方に置いてあるリュック持って来ると、今日着る服を俺に選んでくれと言ってきた。


何故なぜ俺に選ばせる? 好きな服を着ればいいだろう。まあいい、キーコが喜ぶなら選んでやる。

俺は明るい気分になれるように、リュックの中にある空色の服を取り出して、これがいいとキーコに手渡した。


キーコは笑みを浮かべて受け取ると、その場で粗末な服を脱ぎ捨て、鮮やかな空色を身にまとう。

それから俺に背中を向けて、お願いを始めた。


「モンちゃんお願い、ボタンをめて。あたしがやると腕がつりそう」

「・・・あのですねキーコさん、ボタンをめるのはやぶさかではありません。ただいろいろ見せてはダメでしょう」


「えへへ、ガリガリに痩せててがっかりしたでしょう。それに肌もガサガサ。本当はね、あたしちっとも可愛くないの」

「いいかキーコ、おまえは間違いなく可愛い。だから、そこは疑うな。もし疑えば、おまえは自分の母ちゃんを嘘つきにしてしまうぞ」


「あっ、そうだよね。ごめん、母ちゃんとモンちゃん・・・は、あたしを可愛いって誉めてくれた。あたしが否定したら二人が嘘つきになっちゃうよね」

「そういう事だ。それに、おまえは可愛いだけじゃない。これからめちゃめちゃ美人になる。もっと自信を持て」


いきなりだったので見てしまった・・・キーコの全裸姿。

痛々しいほどあばらが浮いて痩せていた。


俺はその話題に触れぬよう、リュックの中からブラシを取り出すと、キーコの髪をいて、きれいにかした後で結い直す。


キーコは驚き、初めは遠慮をしたが、途中であきらめて俺のなすがままだった。

おそらくツノを見られたくなかったのだろう。

桃代の仮説通り、キーコの頭には小さなツノが二本あった。


俺はツノを見たからといって、特に驚きはしない。怖がる事もない。

何故なぜなら、俺が無茶をした時に、桃代の頭に現れるバーチャルのツノを何度も見ているからだ。


しかし、正体を知られたからなのか、キーコは急に元気がなくなった。

だが、キーコが何者でも、俺は全く気にしない。

もちろん、それは俺の都合と思いなので、その思いを、早くキーコに伝えないといけない。


俺はキーコの手を取ると近くの砂浜まで二人で歩き、そこに腰を下ろすと、買ってきた食べ物を広げて一緒に食べようとすすめる。

キーコは元気なく、おにぎりを手に取るが、食は全然すすまない。


「どうしたキーコ? お腹の調子でも悪いのか? そうでなければたくさん食べろ。俺はたくさん食べるキーコが好きだぞ」

「・・・モンちゃん、あたしの正体に気付いたでしょう? あたしは人間じゃない、鬼なんだよ。怖くないの?」


「なんで怖いんだ? 自慢じゃないが俺は怖がりだぜ、さっきも見ただろう。でも、キーコに対して怖がる素振りを見せた事があるか?」

「へっ? だって、鬼っていうだけで人は怖がり退治しようとするでしょう。母ちゃんはそれで殺されたんだよ」


「そうみたいだな。魚を獲って干物を作り、楽しく普通に暮らしていただけなのに、あの野郎、突然やって来ると、いきなりみんなを斬り付けやがって、胸糞悪いヤツだよな」

「・・・えっ!?」


「でもなキーコ、おまえは生き延びた。舟に乗せ、ゴザを掛け、姿を隠してくれた母ちゃんのおかげだ。だから、その分まで長生きしないとダメだぞ」

「・・・えっ、えっ? ち、ちょっと待って。どうしてそれを知ってるの? あたしは誰にも詳しく話した事がないのに」


「なんだ、味方の俺に知られるとマズいのか? それとも、俺はもう味方じゃないのか? キーコがどう思っていようが、俺は死ぬまでキーコの味方だぜ」

「そうじゃなくて、故意にはぐらかそうとしてるでしょう。その時に、そこに居なかったのに、どうしてモンちゃんが、それを知ってるの!」


「ごめんキーコ。つらい事を思い出させたな・・・実は夢を見た。俺がキーコになって、あの場に居る夢だ。その後も、海を漂い、舟が沈み、ゴザを浮き代わりにして、やっとこの島にたどり着き、河原で百合と友達になったところまで。二夜連続で夢を見た」

「うそ・・百合の事まで・・・えっ? じゃあ、川に入ったあと着物を乾かすのに、あたしのオッパイも見たの?」


「うん、あのね、キーコさん。すっとぼけた事を言うのはめましょう。だいたい

あなた、さっき俺の目の前で素っ裸になったでしょう」

「え~~ッ、あれはモンちゃんにお世話になったから、ちょっとオマケしてあげただけなのに、もっと感謝してよね」


「いいかキーコ、そんなオマケはらない。前も言ったよな、気を付けないと大変な事になるって。これからは自分を安く見せるな」

「ごめんなさい。だって、ふざけて自分を誤魔化さないと、悲しかった事を思い出して、涙が止まらないんだもん」


「ほれ、泣くな。悲しい事を忘れるのは無理だけど、悲しい事を思い出せなくなるくらい、これから毎日楽しく過ごせばいい。俺と一緒に暮らして」

「・・・へっ? 何を言ってるの? えっ? 本気で言ってるの? あたしは鬼なんだよ」


「なんだキーコ、俺と一緒に暮らすのはイヤなのか? 泣き顔もオッパイも見せたんだから平気だろう」

「そういう事を言ってるんじゃないのっ。あたしの所為せいで百合は死んだんだよ。モンちゃんまで死んじゃったらどうするのッ」


「いいかキーコ、百合が死んだのは病気の所為せいだ。おまえの所為せいじゃない。おまえは冤罪で酷い目に遭ったんだから、誰よりも楽しく生きる権利がある」

「で、でも~あたしみたいな異形のものが、人と暮すのは無理だよ。そんな、無理だとわかっているのに希望を持たせないでよ」


「まあ、確かに、普通の子供のように学校に通うのは無理かもしれない。だけど俺と一緒に暮らすのは問題ないぜ。変なヤツもいるしな」

「でも~・・・ ・・・」


「いいかキーコ、これはお願いじゃない。決定事項だ。今回の件を片付けたら、俺はキーコを連れて帰る。逃げられないように、今から俺と一緒に来い。紹介したい人が居る」

「えっ! いまから? なんでそうなるの? 急すぎて気持ちの整理がつかないよ」


「ごめんなキーコ。バカな人間の所為せいでつらい思いをさせ続けて。母ちゃんの代わり、なんてだいそれたことは言わない。だけど、これからは好きなだけ俺に甘えろ」

「ホントに? 本当にモンちゃんと一緒に暮らしていいの? 甘えてもいいの?」


「本当だ。ほら、こっちに来い、ぎゅっとしてやる。なんてなっ」


ぎゅっとしてやるは、冗談のつもりだったんだけど、キーコは力強く俺に抱き付くと大きな声で泣き出した。


俺は泣き止むまでキーコの頭をで続けた。


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