第185話 名簿

林の中で俺とキーコが落ち合っていた頃、桃代はユリの家の縁側に座り、蔵の捜索をする事もなく、鬼門おにかどの婆さんが淹れてくれた渋めのお茶を飲みながら、ノートを見ていたそうだ。



紋次郎君が何処どこにいるのか、わたし達には分からない。

桃代姉さんが考え込んでいるので、わたしとユリさんは蔵に入ることなく、庭で女子トークを始めた。


「ねぇ、桜子さん。文献探しは、もういいのかしら?」

「どうなんでしょう? 紋次郎君はいないし、桃代姉さんはあんな感じですからね。わたしとユリさんの二人で、何か見つけられると思います?」


「絶ッ対に無理です。昨日蔵に入った時に、何度かヤモリを見ました。もう、それだけで、わたしは悲鳴を上げそうでした」

「あ~~わかります。別に噛まないし毒もないから安全なんですが、目がギョロっとしてちょっと怖いですよね」


「そうそう、そうなのよ目が怖いのよ。それはそうと、桃代さんはノートを見て、何を考え込んでるのかしら?」

「あの顔は・・・余程の事がない限り声を掛けない方がいいですね。あ~あ、紋次郎君がいれば簡単に終わるのに・・・紋次郎のヤツ、子供とデートなんかしやがって」


「あんなに小さな子供に島の案内をさせて、大丈夫なんでしょうか?・・・あの子もよく承諾をしましたね」

「紋次郎君は、何故なぜか子供と婆さん連中には受けが良いんです。その分、若い女性には見向きもされない、残念な子なんですけどね」


「ダメですよ、紋次郎君を悪く言うと桃代さんに怒られちゃいます。ほら、桃代さんがこっちを見てる」

「あっ、ヤバっ! というか、わたしじゃなくて、ユリさんを呼んでるようですよ」


「何でわたしなんですかっ、桜子さんが余計な事を言ったのに・・・ちょっと待ってください、今行きます。ほら、桜子さんも一緒ですよ」

「う、怒られたくない。紋次郎君が絡むと桃代姉さんは別人だから、イヤだ・・・」


わたしとユリさんが、びくびくしながら近付くと、桃代姉さんは妙な事をユリさんに聞き始めた。


「そう言えば、昨日チャイムの音が聞こえてた。この近くに小学校があるのよね。当然、ユリの出身校なんでしょう。ねぇ、生徒の名簿を見ることは出来ない?」

「名簿ですか? どうでしょう、今は個人情報の取り扱いが厳しいですから、難しいと思いますよ。でも、どうしてですか?」


「あ~もうッ、役に立たないわね。鬼門おにかどの爺様と婆様はどうなの? なんとかならない」

「任せんさい、そこの学校の校長はわしの同級生じゃから、ユリを連れて行けば問題ないじゃろう。連絡を入れておきますけぇ」


「そう、頼んだわよ鬼門おにかどの爺様。ユリと桜子は出掛ける用意をしなさい。早くしないと置いていくわよ」

「はい、わたしはすぐに出られます。桜子さんは・・・あずき色のジャージ・・まぁ我慢してください」


「うっ、失敗した。でもいいや、人が少ないから。それよりも今日は祭日ですけど、学校はいてますかね?」

「それも大丈夫じゃ。校長はこの時間に、校庭でゲートボールの特訓をしとるんじゃ。何時いつもわしに負けるけぇ」


「よし、では行くわよ。二人とも付いて来なさい」


どうしてこうなるの? 

ふんわりとした白いワンピースに、でっかいオッパイの桃代姉さん。

おとなしい格好だけど、スタイルのいいユリさん。

中学時代のよれよれのジャージを着た、ノーメイクのわたし。


紋次郎君が居れば目立たないのに、この三人だけで歩くと、わたしだけこえおけかついでる人みたいで、見劣りするでしょう。


もんじろう~ゆるさん!


以前にも増して、紋次郎君と一緒に居る時間が長くなった所為せいか、紋次郎君のバカが移った気がする。


小学校に着くと、桃代姉さんは名簿を見ながら、校長先生に他の小学校や中学校にも何か確認をさせていた。

まるで数年前に戻ったように、人を寄せ付けない、まじめで口数の少ない、ちょっと冷たい感じのする桃代姉さんなんですが、かユリさんだけはポ~っと見とれていた。


確認が終ると桃代姉さんは【やっぱりね】っと、ひと言だけ漏らしたが、何がやっぱりなのか、わたしとユリさんはちっともわからない。


校長先生にお礼を言って学校を出ると、ユリさんの家に戻る道すがら、わたしは【何を調べて何がやっぱりなのか】桃代姉さんに聞いてみた。


だけど【紋ちゃんがいる時ね】って、スルりとかわされたので、【紋次郎のヤツ~】っとつぶやいた為に、頭をポンッとはたかれた。


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