第166話 誘拐犯

龍神に聞いたまとまりのない話では、洞穴ほらあなの中には人間ではない邪悪な何者かが居て、長い年月をかけかめを呪物にしたようだ。

その邪悪な者は、すでに死んだような口ぶりだったが、俺はそうとは思えない。

もしも、ソイツが大蛇おろちのような化け物なら、生きてる可能性がある。


あくまで可能性だけなのだが、相手が化け物の場合は、何があっても不思議ではない。

げんに俺の隣では、千年前の邪悪な化け物が、今は神として呑気のんき欠伸あくびをしているのだから。


もちろん龍神の言う通り、強い恨みの思いを残した実体は、かめの中で腐敗して、むしや微生物の餌になり朽ち果て骨になると、腐臭として大気に消えたのかもしれない。


強い恨みの方も、一度は人に取り憑き、ユリの親父を死の直前までいざない、その後は俺に乗り換えて、龍神が水で流してくれたので、満足したのではないか、そんな都合の良い考えが頭をよぎる。


しかし、まだ油断はできない。

明日にでも、洞穴ほらあなの中に入り、中の様子やかめの確認をしないといけない。

出た後で、また取り憑いているようなら龍神に流してもらい、二度と入れないように洞穴ほらあなを埋め戻すつもりだ。


そうなれば、桃代は文句を言うだろう。

それでも構わない、俺にとって桃代の安全は最優先事項なのだから。


取りあえず、歩きながら色々と考えて、上陸をした誰もいない浜辺まで戻って来た。

今日は、ここにテントを張って過ごすつもりだ。


龍神がいる以上は、下手に宿屋に行きたくない。いや、行けない。

コイツのやる少しのイタズラでも、コイツの存在を知らない人が体感をするとエラい事になる。

あとは、夜中の寝ている時に鱗がピカピカ光ると、UFOが襲撃に来たと間違われる。

自衛隊の戦闘機でも飛んで来たら、エラい事では済まない。


テントを張り終ると、俺は夕食を買う為に中で着替えて、龍神にはテントの見張り番をしてもらう。

龍神は、【一人で大丈夫か】と心配をしてくれるが、コイツが一緒に来ると、俺には別の心配が発生するので、当然一人で買いに行く。


なにせ田舎の離島だ、キャッシュレスではない場合もあるので、何があっても良いように、現ナマをしこたま桃代に持たされた。


港の方に向かえば、何かしらのお店があるだろう。

ユリが自転車で帰ってきた方角に向かい、俺は歩き始めた。


海岸から離れると、如何いかにもな田舎の景色が広がる。

遠くにある山には段々畑があり、柑橘類でも栽培しているのだろう。

道を挟んだ左右には、たくさんの田んぼや畑があり、ところどころに溜め池もある。

少し離れた所には校舎らしきモノが見え、子供の遊び声が聞こえる。


取りあえず港の方まで出てみると、土産売り場が数軒あり、コンビニもあった。

俺はコンビニで食べ物と飲み物を山ほど買うと、今来た道を急いで戻る。

俺を探す、ユリの姿が見えたからだ。


時どき後ろを振り返り、ユリが来てないかを確認する・・・まるで逃亡者だ。

早足はやあしで急ぐが、両手いっぱいの荷物の所為せいで、なかなか前に進まない。

それでも懸命に歩き、また後ろを振り向くと、自転車に乗るユリの姿が遠くに見えた。


白い服から着替えて別の服装なので、まだ気づかれて無いと思うが、このままでは時間の問題だ。


田舎の人間は閉鎖的だ。

自分のテリトリーに入る余所者よそものは、とことん排除しようとする。

だが、一度でも気を許してくれると、とことん面倒見が良くなる。

田舎者のお節介というヤツだ。


桃代はユリの知り合いだからいいかも知れないが、俺は桃代を介しての間接的な知り合いなので、ユリの家に行くと息が詰る。

なので、逃げるしかない。


焦る俺の前方に、一人の子供が立っている・・・・チャンスだ。

この子を上手く利用して、ユリをやり過ごすしかない。

そんな誘拐犯的な事を思っていると、子供の方から駆け寄って来たので、俺はユリに背中を向けてしゃがむと、子供の知り合いのフリをする事にした。


「いいか子供、俺は決してあやしい者ではない。こんな事を言うヤツは、本当はあやしい奴なんだが、俺は本当にあやしくない。だから、防犯ブザーを鳴らさないでください」

「ぷっ、兄ちゃんって、おもしろい人だね。あたしの方から近付いたのに。あたしの名前はキコ、兄ちゃんの名前は?」


「なんだおまえ、なかなか馴れ馴れしいヤツだな。まあいい、俺は紋次郎だ。キーコおまえは少し、俺に協力しろ」

「いいけど・・・ねぇ、あたしは今お腹が空いてるの。紋次郎、何か食べる物を持ってたら、少し分けてよ」


「ほぅ、いいぞキーコ。言いづらい部分をズバリ要求する。俺はそういうヤツが嫌いじゃない。協力してもらう以上は対価を払う。この中から好きな物を選べ」

「わ~い、思った通り、紋次郎はやっぱりあたしの味方だね。それで、あたしは何を協力すればいいの?」


「味方? よくわからないけど、まあ、いいや。いいかキーコ、俺の後ろの方から、自転車に乗った女が近づいて来てるはずだ。俺の知り合いのフリをして、上手く女をやり過ごす協力をしろ」

「ふ~ん、紋次郎はあの女の人に見つかりたくないの? じゃあ、あたしがやっつけてやろうか?」


「やっつける?・・・キーコおまえ、ガキの癖に生意気な事を言うな。って、不味い近づいて来た。急げキーコ、あっちの林の方に行くぞ」


ユリとの距離が縮まったので、俺は会ったばかりのキーコを連れて、林の方に歩き出す。

誰がどう見ても誘拐犯だ。


それでも、キーコがはしゃいでくれたので、ユリにはきょうだいに見えたと思われて、なんとかやり過ごす事が出来た。


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