第159話 悪夢

みんな眠っている母屋は静まり返り、龍神がいる所為せいか、妙な緊張感が漂っている。

梅さん達は客間で眠っているが、俺と桃代は母屋の一番奥にある、二人の寝室で眠っている。


籍を入れたその日に強制的に部屋を決められて、桃代は大きなベッドを購入すると、そこが二人の寝室になった。

もちろん、今まで使っていた小さな部屋は、自分の部屋として使っているが、桃代の荷物があふれて、俺のスペースがどんどん狭くなっている。


大きなベッドの隣には、桃代がスヤスヤと眠っている。

以前のように、パジャマが乱れる事はない。


喉が渇いたせいなのか、俺は夜中に目を覚ました。時計を見ると丑三つ時だ。

何故なぜ、この時間なんだ? 取りあえず桃代を起こさないよう静かにベッドを出る。


夜中にコイツを起こすと、非常に面倒くさい。

必ずいを疑い、気付かれないようについて来る。

小用を済ませてトイレから出ると、暗い廊下に桃代が立っている。軽くホラーだ。

コイツと暮し始めてから、この手の事が何回もあり、俺の寿命は少しずつ【ちびてる】ような気がする


静かな母屋で、廊下を歩く音がしないよう忍者の気分で台所に行くと、水を飲む。

気のせいかもしれないが、静か過ぎる気がする。


田舎の夜は静か。

そんな勘違いをしている人がたくさん居るが、実際はそうでも無い。

人工的な音がしないだけで、自然の音があふれて意外とやかましい。


それなのに、何時いつも聞こえる虫のやカエルの合唱が聞こえないのは、何か異変が起こっている証拠だ。

俺は胸騒ぎを感じると、居間を越えて仏間に入るが、中にいる龍神を見て驚いた。


この野郎、鬱陶しいほどの鱗のイルミネーションが、光り輝いていやがる。

寝ずの番はどうしたッ! 

叩き起こしてもよかったが、寝ぼけた龍神に、ぱくっとされると嫌なので、そのままにしておいた。


結局、異変を調べる為に各部屋を見て回り、悪いと思うが客間も覗く。

何か起きてる風ではない、特に異変は認められない、俺は安心してベッドに戻る。


音を立てないように横になり、隣で眠っている桃代を見ると、大きな目を見開いてジッと俺を見ていた。

驚きはしたが、桃代の奇行は何時いつもの事なので、俺は無視して眠りについた。




眠りについた俺は、いま夢を見ているのだろう。

桃香の時とは違い、前世の出来事ではないのだが、妙にリアルで既視感のある夢だ。


行った事のない場所だと思う・・・・俺の頭の中には、この場所の記憶は無い。

何時いつの時代なのかも、わからない・・・・今の時代とは思えない。

夢の中の俺は、何処どこに居るのかわからない・・・・まるで映画を見ている観客だ。


夢の中では悲劇が繰り返されている。

粗末な着物を着た女や子供が、悲鳴を上げながら、浜辺を逃げ惑っている。

その後ろでは、立派な着物の男が刀を振り回し、逃げる女や子供を次々に斬り殺す。

浜辺には多くの死体が転がり、流れ出た女と子供の血で、赤い波が行ったり来たりを繰り返している。


男は一切容赦がない。

子供をかばう女の背中を斬り付けて返り血を浴びると、立派な着物も赤く染まっている。

女がかばった子供まで惨殺ざんさつする。一人も逃さない。


男は殺戮さつりくの限りを尽くす。

牙をむき威嚇する犬もいるが、男は薄気味悪い笑みを浮かべている。

それどころか、食い物と金目の物を探すように、何者かに指示を出している。


指示を出されたヤツは浜辺の小屋に入り、中から両手にいっぱいの干物を持ち出してかじり付くと、くちゃくちゃと下卑げびた音をさせている。


俺はこの狂気のさまを止めようと自分を探して見たが、何処どこに居るのかわからない。

しかし、よく見ると、朽ちかけた小さな舟に身をかがめ、ゴザで姿を隠したまま震えながら板と板の隙間から、この惨状を忘れぬように目に焼き付けて、海の上を流されていた。

だが、おかしい。隠れているこの子は、本当に俺なのか?


頭上では、海どりなのか、鳴き声がけたたましい。

悔しいが怖くて何も出来ない。

舟はどんどん流されて、惨劇さんげきが繰り返される小さな島は、何時いつしか見えなくなった。


暗い時を越え、明るい時も越え、どれくらいの時間が経ったのだろう。

朽ちかけた小さな舟は途中で沈み、足の届かない深い海に、身体からだ一つで投げ出された。

ふかに喰いつかれぬよう、溺れて死なぬよう、頼りないゴザを浮きにして必死に泳ぎ、知らない島に辿り着いた。


死ななくて安堵したのか、疲れていたのか、砂浜に倒れて眠りについたところで、俺は目を覚ました。


酷い夢だ、悪夢というヤツだろう。

俺のシャツは、びっしょりと汗で濡れていた。


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