第116話 ご褒美

余裕のあるフリをしているが、汗だくな俺は、既にいっぱいいっぱいになっている。

そういえば、朝めしを食べてない、朝起きて水分補給もしていない。

ガス欠寸前の俺は、肝心なところで用意が不充分なのを実感する。


それでも、おちょくられ続けたハブの助は、ついに怒りが限界に来たようだ。


「え~いッ! 大蛇おろちこっちに来いッ。ワシを背中に乗せて小僧に体当たりをせい」

「ヒ~ッ、イヤじゃ。おまえはクサいんじゃ。ワシは匂いが移るのがイヤなんじゃ」


あのバカたれ、せっかくのチャンスなのに! なんでおまえはそうなんだよ。

俺はヤツを背中に乗せるよう、口パクとジェスチャーで伝えるが、龍神は何も理解してくれない。


やっと訪れたチャンスなのに、上手く思いが伝わらない。

しかし、術を掛けられている龍神は、あっさりヤツの命令にしたがった・・・あせる必要はなかった。

だが、あせるという事は余裕が無くなっている証拠だ。

ハブの助が龍神に股がるあいだに俺は落ち着いて息を整えると、リュックの中からカップ酒を取り出した。


これを龍神に掛ければいい。しかしチャンスは一度だけ、これをかわされると元も子もない。

かわされない方法も、ちゃんと考えてある。

ふたをはずすと、俺はカップ酒を口に含む。

もちろん飲む訳ではない。飲めば桜子とは違う形で無残な姿をさらすことになる。


ハブの助は、龍神の首のあたりに股がり、落ちないようにつのを握りしめている。

ここまでは俺の作戦通りなのだが、上手く行き過ぎて気持ちが悪い。

何か忘れてる、何かポカしてる、そんな気がするが、それが何か確認する余裕と時間がない。


ハブの助を背中に乗せた龍神は地面すれすれを浮きながら、猛スピードで突っ込んでくる。

龍神を充分引きつけると、俺は毒霧攻撃を仕掛けた。

ぷ~~ッと口から酒を吹き、すぐさま次弾装填をすると、それも発射する。

残りはカップごと龍神に投げつけると、前に足を滑らせて、滝つぼに落ちた場所に一目散に走って行く。


毒霧攻撃を浴びた龍神は、その場にとどまり、匂いで毒霧の正体に気付くと、悲鳴を上げてあとは本能が優先されたようだった。

【紋ちゃん何すんじゃい!】そんな怨嗟えんさの声がうしろから聞こえる。


それは無視して、俺は急いで滝つぼに向かう。

一度は落ちた場所だ、多少の怪我は仕方がない、死なないことは実証済みだ。


身体からだに付いた酒を洗い流す為に、龍神も滝つぼに向かう。

行き先が同じ方向なので、ハブの助は龍神が俺を追いかけていると思い込み油断している。


早く滝つぼに飛び込まないと、龍神に追い抜かれてヤツが下に居ると、えらい目に遭う。

アイツの硬そうな身体からだの上に落ちるのだけは勘弁願いたい。

もちろん落ちた先に、つのやトゲがあるのも勘弁願いたい。


間一髪のところで、俺は龍神より先に着水できた。

そこから、急いで浅瀬まで泳いで行くと、リュックからロープとチョコを出す。

龍神、よく頑張った。

よくここまでハブの助を連れて来た。

あとは、このチョコを褒美ほうびとしておまえに食わせて、この争いから退場してもらう予定だ。


龍神は滝つぼの前にある広い場所で、円を描くようにグルグルと泳ぎ、酒を洗い流している。

そのうちハブの助は振り落とされて何度か龍神の突撃を喰らい、水面に背中を見せて浮かんでいる

今がチャンスだ! 俺はチョコが見えるように手を挙げて、龍神に声を掛けた。


「よし! よくやった龍神! こっちに来い。ご褒美ほうびのチョコだ。これって休んでいろ」

「紋ちゃん、酷いじゃろう。なんで酒を掛けるん、ワシが下戸なのは知っとるじゃろう。って、ちょっと待って、身体からだがまだ言う事をきかん」


「大丈夫だ。このチョコを食えばい夢が見られる。早く口をけろ。でも俺をパクっとしたらぶち殺す」

「うっ、紋ちゃんはやっぱりええヤツじゃのう、ワシの為にチョコを残してくれて。ワシは食い意地が張っとるけぇね、術で身体からだの自由がきかんでもう事だけは出来るんじゃ」


俺は自分が喰われないように、龍神に一つずつチョコを投げる。

ヤツは曲芸をして魚を貰うアザラシのように、一つも落とすこと無く口でキャッチして全てをべた。


う~~ん、これだけ出来れば、見せ物にして金を稼げそうだ。

ヤツの今後の食費が浮く。

バカな俺は今の状況を忘れ、そんな事を考えていたが、チョコを食べ終わった龍神は複雑な表情をしていた。


「紋ちゃん・・・これ? 何をわしたん?」

「何って? さっき俺が食べたチョコレートボンボンだけど、うまかっただろう?」


「う、うん、うまかったんじゃけど、なんか目が回るんじゃ。あれ? 紋ちゃんが5人おる? あれ? 天地がひっくり返る」


俺のいたずら心で買って冷蔵庫に入れておいたウィスキーボンボン、こんなところで役に立つとは思ってなかった。

チョコの中にあるウィスキーで酔いつぶれた龍神は、大きな水しぶきを上げてひっくり返ると、お腹を見せて浮かんでしまった。


ゲッ! 想定外。

あのヤロウ、裏返しになると溺死するだろう! 


俺は急いで龍神の元に行くと、デカい頭を脇にかかえて浅瀬の方に運んでやる。

重い! 中身カラッポのバカのくせに、なんて重たい頭なんだ。

どうにかこうにか引きずり水のない場所まで連れて来ると、俺は身をかがめて龍神の頭をそっと置く。


龍神が溺死しなくてホッとしたのも束の間、目の前にはハブの助が両手を広げて立っていた。



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