第62話 記事

ただの買い物なのだが、桃代は妙にはしゃいでいる。

デート気分でいるのだろう、俺の手を強く握って離してくれない。


手を繋いだ俺達が、あざみ商店に近付くと、あざみは驚いた顔をしたあとで忙しいフリをして店の中に引込ひっこんだ。

まあ、それはそうだろう。

普段から他人にめた態度の桃代が、男と手を繋いで楽しそうに歩いていれば、見てはいけないモノを見た気になるはずだ。


あざみさん・・・気を遣ってくれて、ありがとう。


驚いたのは、もちろんあざみだけではなかった。

繋いだ手を、大きく前後に振りながら桃代が楽しく歩いていると、店の前で掃除をしている人達もほうきを手にしたままかたまっている。


中には、慌てて店に戻り、れ合いを呼んで来ると一緒に驚く店主もいる。

当然、店に居る客や通行人も、桃代を知ると思われる人は同じ反応を見せた。


珍獣桃代の本領発揮。


「桃代さん、俺達を見て皆さん驚いてますが、手を繋いでる所為せいではないですかね? そろそろ離してもらえませんか?」

「えへへ、ダメ。なに? 紋ちゃんはわたしと手を繋ぐのがイヤなの?」


「そうじゃなくてね、ジロジロ見られるのがイヤなの。おまえは平気なのかよ?」

「あら、わたしは平気よ。紋ちゃんが幼い頃は、何時いつも手を繋いで駄菓子屋に行ってたじゃない」


「あ~~行ったよな、駄菓子屋。中に果汁が沈殿してるから、飲む前によく振りなさいってコーラを買ってくれたよな」

「あれ? そうだっけ? まあいいじゃない昔の事は、それよりも久しぶりに駄菓子屋に寄って、桜子にお土産を買おうか?」


「まあ待て。先に行きたい場所がある。そこが終わってからにしよう」


俺は何かを買う前に、まずは役場に行くことにした。

荷物があると邪魔くさいからだ。

俺は、何時いつものおばちゃんの太田おおたさんに案内をされて郷土資料館に入る。

桃代は、ここに何しに来たのか分からず、困惑気味だ。

太田さんは、俺と一緒に桃代が来たことで、嬉しそうにしている。


「いや~~桃代ちゃん、久し振りだね。えらい美人になってから、も~羨ましいわ。紋ちゃん、あんたはよく来るね」

「確か、太田おおたさんでしたよね? わたしと紋次郎の母親の同級生でしたよね」


「そうです。それでなに? 桃代ちゃんは結婚すんの? 紋ちゃんと結婚すんの? やっぱりね、お似合いだと思ってたのよ。式は何時いつなの? 子供は何人欲しいの? 名前はどうするの?」


太田さん、気のいおばちゃんだと思っていたのに・・・中身は年相応のババアでした。

このままでは、まともに話しが出来ないので、まずは太田さんに退場してもらう。

素性をよく知る桃代が居るおかげなのか、太田さんは素直に出て行き、桃代は結婚話を振られた為なのか、機嫌良く太田さんを見送った。


俺と桃代は机を挟む形で小さな椅子に座ると、数年前の地方新聞を俺は目の前に座る桃代に見てもらう。


「なあ桃代、この記事のことを何か知ってるか?」

「あ~なるほど、この記事を見て、わたしがマミーの事を何か隠している。紋ちゃんはそう思ったのね?」


「だって、おまえは山狩りをしても行方不明だったって言ったけど、他の人は死体で発見されたって言うし、それにこの記事、どれが本当なんだ?」

「紋ちゃんは、わたしの言う事が信じられないの? わたしが今までウソをついた事があるの?」


「モモちゃんさァ、さっき駄菓子屋での思い出話をしたよな。全身コーラでびたびたな俺を指差して笑ったおまえが、それを言うか?」

「あうっ、それは、あの~果汁が醗酵して、栓がしてあるからガスが溜まって、え~と・・・」


「いい加減にしろ、コーラは無果汁だ! いいか、それでも俺はおまえを信じていた。だからそのあと、オレンジとグレープで同じ目に遭った。三日続けてびたびたな俺を見て、蘭子さんに哀れんだ目を向けられた・・・」

「うっ、わたしが言うのもアレだけど、紋ちゃんは一度お医者さんに診てもらおうか? 脳に障害があっても、わたしは見捨てないから安心して」


「いいか桃代! 何時いつまでも俺をおちょくり続けると、おまえの方が見捨てられるぞッ」

「あうっ、ごめんなさい、ちゃんと話します。だから見捨てないでください・・・。ではでは、桃代姉さんの昔ばなし、むか~し、むか~し、ある所に一人の母親と、それはそれは見目みめうるわしい娘がおったそうじゃ」


・・・ ・・・ いらッ!


「娘が山を歩いておると、たくさんのウミガメが一匹の鬼をイジメていたそうじゃ。鬼が娘に助けを求めると、娘はこう言ったのじゃ。アッシには関わり合いのねぇ事でござんす」


・・・ ・・・ いらッ! いらッ!


「鬼を無視した娘が家に戻ると、大きなつづらと、小さなつづらを持って・・・」

「・・・桃代、まだ続ける気か? 俺がその話を聞いて、おまえに対してどう思うか考えた事はあるか!」


「あうっ、すみません、このあと嫌な話になるもんで、ちょっとだけふざけてしまいました」

「おまえ、前も同じふざけかたをして俺に怒られたよな。いい加減に学習しろよ!」


「えへへ、あのね、山狩りをして見つかったのは、すぐではなかったの。一度山狩りをしたけど見つからなくて、何ヶ月後に山に入った人が死体を見つけて、もう一度山狩りをしてやっと見つけたの」

「んっ、どうして、もう一度山狩りをする必要があるんだ?」


「だって、山の中だよ、見つけた人が死体と手を繋いで、帰ってこれないでしょう。だから発見者におおよその場所を聞いて、死体の回収の為にもう一度山狩りをしたの」

「それで発見された死体は、蘭子さんだったのか?」


「そうね、確かに持ち物はマミーの物だった。免許証があったからね。でも腐乱が激しくて、白骨化もしてたから見分けはつかなかったわね」

「警察はなんて? DNA検査とかはしなかったの?」


「そんなのしないよ。持ち物で決定だよ。検視の結果、事件性は認められないって捜査も無かったし、引き取って火葬場に直行だったわね」

「・・・そうか、つらい事を思い出させたな。ごめんモモちゃん」


「でもね、あの死体はマミーじゃない。みんなに【ご愁傷様】なんて言われたけど、わたしは【ご愁傷様】なんてちっとも感じなかったわ。あの人は、他にもまだ何かしている。もう、死んでるかもしれないけど、御神体様の件にも関わってる。わたしはそう思っている」

「そうすると、発見された死体が蘭子さんでない根拠が、何か桃代にはあるのか?」


「ないわよ。でも、わたしの考えは間違ってない」


この記事自体を、桃代が信じてないのなら、あざみの話と桃代の話は、乖離かいりがあっても齟齬そごはない。

それよりも、桃代が言った別の言葉の方が気に掛かる。

桃代自身は気付いてないかもしれないが【あの人はほかにもまだ何かしてる】その中のほかは、何をしてほかなんだ?


ひとつの疑問は解決したが、また別の気になる部分が出てきた。

気にし過ぎだろうか?



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