第50話 死因

俺と桃代、それから桜子とあざみの四人は、ざいえんが呼んだ警官が来たあとで、少しだけ事情を聞かれて家に帰らされた。


だが、帰る前に【あとで本家に顔を出します】ざいえんに小さな声で耳打ちされたので、俺たちは待つ為に居間に集まった。

居間に入ると、そこには松慕まつぼのキツい整髪料の匂いが残っている。

桜子は手で口を押さえながら窓を全開にすると、桃代は眉間にシワを寄せながらサーキュレーターで換気を始めた。


換気が終わると、桃代と桜子はお茶をれてくれる。

出されたお茶を飲む為の口はひらくが、言葉を発する為の口はひらかない。


静かなまま夕方になり、やっとざいえんが顔を出してくれた。


「いや~遅くなって申し訳ない。既に立ち入り禁止はかれてますが、暗くなってきたので、神社を見るのは明日にしましょう」

「まあ、そうですね。それよりもざいえんさん、あの人達はどうして死んだんですか?」


「それなんですが、松慕まつぼ達の死因は心不全です。検視官が死亡確認をしましたので、死亡診断書を医者に書いてもらえば終わりです」

「えっと、本当にそれでいいんですか? 事件性とかはないんですか?」


「いいですか真貝様。さっきまでピンピンしていた松慕まつぼ達が突然亡くなりました。これは当然事件です。しかし、事件化はしません。死に方が不自然過ぎます。何も無いあの山頂で、あの短時間で、人をミイラ化させるのは無理です」

「まあ、そうですよね・・・」


「事件化すると、それを立証しなければなりません。しかし、日本の司法は科学で証明できない事を解明するのは無理です。まして田舎の小さな警察署、解明する予算もありません」

「そうなんですか?」


「収穫祭で秋野家に起こった出来事を、私も見ておりました。今回も同じ死に方です。面がここにある以上、ミイラ化した理由がわかりません。御神体様が関係あるにしても、それを認めると大変な事になります」

「でも、殺人事件ですよね」


「私個人としては、霊や呪いといったたぐいを否定するつもりはありません。しかし、仮に御神体様が犯人だとして、千年前のミイラが黄泉よみかえり殺人を犯した。それを世間に公表できますか?」

「警察が無能だって非難されそう。でも、遺族たちは納得するでしょうか?」


「ですから死因を心不全にしているのです。心臓が動いてないのですから嘘は言っておりません。それに、これは松慕まつぼ達の為でもあるのです」

「えっと、どうして松慕まつぼ達の為なんですか?」


「本当に御神体様が関係しているのなら、松慕まつぼ達は千年前のミイラに恨まれた。それはどんな悪人なんだ? そういう事になるでしょう。ですから松慕まつぼ達の為にも事件化しない、警察の配慮です」

「う~ん、一理有るような無いような。でも、根本的な解決にはなってないですよね」


「その通りです。しかし、これは本家の真貝と、我々分家で解決しないといけない問題です。しかも我々にしか解決できない問題です。紋次郎さんは当主になって間もないのに、気の毒としか言いようがありませんが、期待しております」

「無茶言わないでくださいよ。桃代さん、お願いします。当主に返り咲いてください俺には荷が重そう」


「それはいいですが、そうすると紋次郎の言う通り、今後はわたしに意見が出来なくなりますよ。当主のわたしの言うことは絶対ですよ」

「?? えっと、じゃあ遠慮しておきます。エジプトのミイラ対日本の即身仏、そんな訳の分からない対決をさせられそうだから」


「うふっ、負けないようにしなさい」

「桃代さん、引っ張らないでね。でも、どうします? こんな怪奇現象をどうしたら解決出来るんですかね」


「紋次郎様、今日はおひらきにしませんか? 一旦全員戻って、分家の年寄り連中に何か知ってる事はないか聞いてみて、明日あすもう一度集まりませんか?」

「そうねあざみさんの言う通り、わたしも帰って婆ちゃんに聞いてみるよ。紋次郎君、それでいい?」


「それは構わないけど。その前に、何かあれば連絡がとれるように、携帯番号を交換しよう」


連絡先を交換すると、暗くなる前に残りの分家も帰路についた。

チャンスは今しかない。

俺は居間に戻り、桃代と二人で話をすることにした。


「桃代さん、あなた、分家の連中がいると口調が変わるのはどうして?」

「そう? わたしの口調が変わってる? いつもと同じだよ」


「だって、さっきから、俺のことを紋次郎って呼んでるだろう。違和感があったぜ」

「あのね~二人っきりならともかく、分家のジジイが居るのに、ちゃん付けはマズいでしょう。紋ちゃんの威厳いげんが無くなるじゃない」


「そうなの? ごめん、気を遣ってくれてありがとう。でも、俺には威厳いげんなんてもともと無いぜ」

「そうね、でもね、それでいいの。紋ちゃんは今のまま変わらないようにしなさい」


気持ちが悪いくらい、桃代が優しく気を遣ってくれる。

それなのに、俺のようにひねくれたヤツは、ついうたぐり深くなる。


「そう、ありがとう。それでな桃代、おまえはまだ何か俺に隠し事があるだろう」

「えっ! どうして? なんで知ってるのッ。右より、左の方がわたしのオッパイが小さい事を! 紋ちゃんには内緒にしてたのに」


「ももよ、誤魔化そうとするな。おまえの乳は両方デカい。その差を俺が気付く訳ないだろう。それよりも、御神体と蘭子さんのことを何か隠しているだろう」

「わたしは何も隠してないわよ。誰にも見せた事のないオッパイなのに、紋ちゃんには見せたでしょう」


「ももよさん、どんな小さな事でも隠さないでね。そうしないと松慕まつぼみたいに、俺達もミイラになりますよ」

「紋ちゃんのえっち。お風呂じゃないんだから、隠すに決まってるでしょう」


どうしよう、桃代が素直に教えない。

あざみに聞いた話が本当ならば、桃代が知らないはずはないのに、清々すがすがしいほどとぼけやがる。


何か切っ掛けがないと、コイツはこのまま素っとぼけると思う。



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