第19話 遺影

そもそも、近道をしようとしたのが間違いだった。

俺は道なき斜面をズルズルくだり滝の方に向かうと、あと少しの所で足を滑らせて、滝つぼに落ちた。


落ちた時に足を骨折する・・・訳もなく、少しり傷が出来たが無事だった。

ただ、びしょ濡れになり、シャツが張り付いて動きづらい、デニムはゴワゴワして歩きづらい。

それでも俺は我慢する。パンツ一枚で帰るのは、もうイヤなのだ。


滝の横には川に沿い、細い道が続いている。

この道をくだっていけば、何処どこか知ってる場所に出るはずだ。

道が途中で途切れぬように、祈るしかない。

もしも途中で途切れたら、川をざぶざぶ歩いて帰るつもりだ。

滝つぼ以外は、たいした水量ではない・・・気がする。


きっと俺のように楽観的なヤツが、河原でバーベキューをして酒を飲んで川に入りおぼれてしまうのだろう。

酒が飲める年齢になれば、気を付けるようにしよう。


さいわい道は途切れる事なく、なんとなく知ってる場所に出てこられた。


家に戻ると風呂場に直行する。

濡れたデニムが、メチャメチャ脱ぎづらい。

ついでに、りむいた場所はメチャメチャお湯がしみる。それでも我慢して声を出さない。


風呂を出ると仏間に行き扇風機で涼み、自分の部屋には行かない。

その理由は、桃代の話し声と笑い声が聞こえてくるから、その合間あいまにあまちゃんの声が混じっているからだ。


あの女ッ、何しにここに来るんだよ。

もしも、自分の部屋にこもっていると【あるじの癖に客をもてなせ】そう言われる気がする。

ついでに部屋を荒らされる。

俺の洋服を雑巾に変えた妙な手品を使い、桃代と一緒に俺のプライバシーをあばく気がする。

見られて不味まずい物はない・・・そうでも無い。

ノートパソコンに保存してある、きわどい画像は見られたくない。


俺は自分の存在を消すように、静かに、ただただ静かに、あまちゃんが帰るのを待っている。


俺は待つあいだ、これまでの事を思い出しながら仏間を眺めていると気が付いた。

あの遺影の写真は俺の母親ではない・・・気がする。

曖昧あいまいな記憶と写真でしか知らない母親だが、あの遺影の顔は何かが違う。

具体的に何がどう違うのか? 聞かれても答えられない。


ただ、写真の経年劣化をはかり、誰なのか当たりは付いた。

先々代の遺影だろう。

つまり桃代の母親だ。桃代に面影おもかげがあるのは当たり前のこと、母子おやこなのだから。

じゃあ、先々代と俺の母親を見間違えたのは何故なぜだ?


まあ一番の原因は、俺のポンコツ頭の所為せいだろう。

俺は母親の生い立ちを知らない。

当然だ、ここを相続するまで真貝の事を何ひとつ知らなかったのだから。

可能性として考えられるのは、桃代の母親と俺の母親は双子の姉妹?

そうすると、桃代は俺の従妹にあたる。

思い出せ! どこかに記憶にあるはずだ! まあ、そう簡単に思い出せるのなら苦労はしない。


悩み考えていた所為せいで、気付かなかった。

俺のうしろに、桃代とあまちゃんが立って居る。

ボーっとしている俺の額に、桃代がヒンヤリした手を当てて熱を測り始めた。


チャンスだ! このまま仮病を使って、あまちゃんに帰ってもらおう。


そんなセコイ事を考えている俺を無視して、あまちゃんは玄関に向かって歩き始めた。

桃代は熱を測るのをめると、あまちゃんを見送る為に一緒に玄関に向かう。

俺も無理矢理つき合わされる。


「それではまたのぅ、モモよ。それから紋ちゃんおぬし、今日は気がいておった。これからもはげめよ」

「じゃあまたね、てんちゃん」


あまちゃんは帰った。

俺は何の気がいていたのか分からない。当たり前だが、何にはげめばいいのかも分からない。


しかし、答えはすぐに分かった。

桃代と一緒に居間に行くと、座卓の上にシュークリームを食べた形跡がある。

シュークリームを乗せていた包み紙が三枚もある。

本体は見当たらない。

あまちゃんが二つ食べたのだろう。それで【気がいておった】そう言ったのだろう。

卑しい事を言いたくないが、俺を含めてひとつずつだろう。


まあ、シュークリームは諦めて、俺は桃代に明日の返事を聞いてみた。

結婚詐欺になるかもしれない発言以降、桃代は俺に対して、ぎくしゃくと優しい。


桃代はモジモジしながらも、明日の案を了承してくれた。

そして、何処どこから持って来たのか知らないが、ドスピンクのひものような何かを広げて見せた。


「えっと、なにこれ?・・・まさかと思うけど、水着じゃないよね」

「えへへ、紋ちゃんの為に冒険してみようと思って。どう、うれしい?」


「うん、うれしくない。ハサミでちょっきんする。頼むよ~モモ、水遊びと言っても水辺で涼むつもりだったのに、なんで水着なんだよ。しかもこんな下品な水着、何処どこでこんなモノを手に入れたんだよッ」

「あうっ、紋ちゃんが喜ぶと思って、勇気を出してナイルで買ったのに」


「ナイルで買った?・・・もしかして、それはアマゾンの事か? なんでもかんでもエジプトに結び付けるなッ!」

「何よッ、ナイル川はね、アマゾンより大きな川なんだからねッ。それに、わたしの水着姿を見たくないのッ、わたしの水着姿はねぇ、そりゃあもう、ネフェルティティもビックリなのよ!」


たとえがマニアック過ぎて誰だか分からん。もっと身近な人でたとえてくれ」

「え~~紋ちゃんはネフェルティティの胸像を見た事がないの?」


「いいかモモ、エジプトを引っ張るな。あと、おまえは自分のペースで喋り過ぎる」

「は~い。ちぇッ、まぁいいか。明日はわたしのボディで悩殺してあげるんだから」


コイツは何を言ってるのだろう?【水辺で涼む】そう言っているのにボディで悩殺? 意味が分からん。

取りあえずひものような水着は、桃代の前でバラバラにした。



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