第17話 逆鱗

座卓の上に置かれたそれは、想像以上の大きさだった。

昭和の時代、生まれた時に産院で貰うへそが入る小さな箱を想像していたが、それとは違う座布団くらいの大きさの桐箱だった。


これを探すのに時間が掛かるって【おまえの部屋はどれだけ散らかってんだよッ!】なんて言いそうになる。

でも言わない、せっかく桃代の機嫌がなおったのだから。


俺は、おそるおそるふたに手を掛ける。

何かのふたを開けるのに、ドキドキするのはこれで二度目だ。

一度目の原因は、目の前で桃色のシャツを抱き締めている。

その照れた仕草に、違う意味のドキドキが二乗じじょうする。


ドキドキしながらふたを開けると、全体に厚く綿がおおってあった。

上の部分の綿を取り除くと、更に綿の上、中央に逆鱗が鎮座ちんざしている。

思ったよりも、かなり大きい。

ただ、手で触れると粉々になりそうな気がする。それだけの年代を感じられた。


俺は逆鱗その物には興味がない。そもそもこれが大蛇おろちの逆鱗なのか、それすら確証を持ってない。

写真を撮り終わると、綿を元に戻してふたをする。それから桃代にお願いもする。


「なぁモモ、この逆鱗なんだけど、今まで通り、おまえの部屋で保管してくれない?」

「えっと、どうして? これは現当主の紋ちゃんが持ってないと」


「うん、わかってる。少しだけでいいんだ。俺の中の疑問が解決したら、俺が保管する。モモには絶対に迷惑を掛けない」

「疑問? 紋ちゃんは何か疑問があるの。わたしがぴゅぴゅっと解決してあげるよ」


「うん、そのぴゅぴゅっとの意味がわかんないけど、なんか下品だからやめて」


俺は自分の中で優先順位をつけた。

逆鱗や能面の事だけでなく、分家の連中も後回しだ。

今一番大切な事は桃代の事だと思う、そう俺の直感が告げている。


噂好きなババア達、暇を持て余す店主達、その誰もが知っていた真貝の先代当主。

その人となりが、あまりにも違い過ぎる。


真面目な優等生、おだやかで無口な人、おしとやかで上品な人、桃代に対しては、そういう人物評しか出てこなかった。


それなのに、その全ての逆をいく俺の目の前にいる先代、コイツは一体誰なんだ?

ただし今の状態では、何を聞いてもはぐらかされる。

しかし、ヒントはもらった。

【二度目のプレゼント】じゃあ、一度目は何をプレゼントしたのか思い出せばいい。


あとは俺の頭の問題だ。

俺は幼い時の事故の所為せいで、それ以前と、その前後の記憶が飛んでいる。

事故の時、頭部を強打したのかも知れない。

両親の悲惨な死体を見た所為せいで、記憶がじたのかも知れない。


精密検査の結果では、異常は見つからなかった

医者に言わせれば、この手の症例はよくあるそうだ。

もう少し、時間が欲しい。


なんとかして、桃代の事を思い出さないとイケない。

コイツは俺自身に思い出して欲しい、そう望んでいる気がする。


俺は桃代に、ちょっとした提案をしてみた。


「なあ、モモちゃん。明日あしたなんだけど俺に少し時間を取ってくれない?」

「なぁ~に、どうしたの? 今ではダメなの? 今は話せない事なの?」


「あ、いや、昨日神社に行く途中で滝があるのが見えたから、水遊びにでも行かない?」

「はは~ん、なるほど、滝の裏を掘って財宝を隠すのね。紋ちゃん、なかなか良い所に目を付けたわね」


「うん、その財宝を隠すとか、探すとか、いい加減そっちの発想はやめてくれない」

「え~~だって、お宝を埋めて地図を残しておけば、わたしと紋ちゃんの子孫は喜ぶよ」


「あのなモモ。世間では、それを脱税って言うんだぜ。喜ぶのは税務署だけだぜ」

「何を言ってんの、お宝にもいろいろ種類があるでしょう。さっき貰ったシャツだって、わたしには宝物なのよ」


「だからな、そんな物を埋めたら、今度は不法投棄になるぞ。頼むからその手の話は黄金のマスクだけにしてくれよ」

「も~う、紋ちゃんは夢がないわね。若いんだから小さくまとまらないでよ」


「そんな事はない。俺にも夢はある。モモと結婚して家庭を築く、なんてどうだ?」

「えっ? わたしと・・・」


桃代は下を向いて頬が桃色になっている。

俺は自分が結婚詐欺師になった気がした。



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