第15話 桃代

うるさいだけのセミの鳴き声を聞きながら、俺は大急ぎで掃除を済ませると、お供え物を供えたあとで桃代の隣に座り話を始めた。


「モモ、おまえの話からでいいぞ。なんの話だ?」

「あらそう、悪いわね。それでね紋ちゃん、ごめんなさいッ。貴方の自由を奪う事になって、本当にごめんなさい」


「自由?・・・なるほど、そういう事か。桃代、おまえも逆鱗のトラブルに巻き込まれたんだな」

「へっ? 逆鱗のトラブル・・・いえ、そっちではなくてね。紋ちゃんには彫金師ちょうきんしになってもらって、一日中たがねを打ってもらうでしょう。だから申し訳なくて」


「んっ? なんの事だ。真貝の当主は、彫金師ちょうきんしにならないとダメなのか? そもそも彫金師ちょうきんしってなんだ?」

「え~~紋ちゃん知らないの? ほら、彫金師ちょうきんしたがねっていう金工用のノミを使って、金属を形どり、細工をしたり、彫刻をする人だよ」


「・・・なあモモ、質問なんだけど、俺はその彫金師ちょうきんしになって何を作るんだ?」

「なにって? 3Dプリンターでは無理だった黄金のマスク・・・わたしもね頑張ったのよ。3Dプリンターでプラスチックのマスクを作って、それに金箔をはったり、象嵌ぞうがんほどこしたり、でもわたしが作るとちゃっちいんだもん!」


「はぁ~~~ドッと疲れる。どうしておまえはふざけた事しか言わないんだ」

「あら? ふざけた事は言ってないでしょう。どれもこれも大真面目よ」


「尚更悪いわッ! もういい! おまえの話は聞いた。次は俺の話を聞けッ」

「イヤ! わたしの為に黄金のマスクを作るって約束をまだしてないでしょう」


「あのな~モモ、下手すると俺は死んじゃうかも知れないぜ。そしたらおまえの黄金のマスクを作れなくなるぞ」

「何それ? どうして紋ちゃんが死ぬの?・・・あれ、でも待って、紋ちゃんが死ぬという事は睡眠が必要なくなる? そうすると製作時間が24時間取れる? それだけ早く黄金のマスクが出来るよね・・・でも、紋ちゃんに死なれるのはイヤだし、どうしよう、わたし」


「地獄の罰かッ! 死んでからもコキ使う気かッ! なあ頼むよモモ、このままだと当主として認められなくて、追い出されちゃうぜ・・・俺」

「なに? わたしが認める紋ちゃんを、誰が認めないの? 誰が追い出すの? わたしが枕元に立って説得してくるわ!」


「いいから、枕元に立たなくていいから。おまえがあの時みたいに能面を着けて、ミイラ姿で枕元に居たら、誰だか分からなくて、俺が疑われるだろう。そしたら俺は、やっぱり追い出されるぜ」

「も~~面倒くさいな。どうして欲しいの紋ちゃんはッ」


「おまえ、なんでそんな態度なんだよ。オメエが俺を当主にしたから、こうなってんのに! 俺の平穏な日常を返せッ!」

「わかったわよ、聞いてあげるから話してみなさい」


何故なぜ、こんな押し付けがましい言い方をされるのだろう? 

昔から、俺の周りの女の人は、俺に命令口調で指図さしずをする。

だから、女の人は苦手なんだよ。

まあいい、桃代が聞いてくれる今がチャンスだ。


「あのさモモ、このスマホで逆鱗の写真を撮りたいんだ。分家の連中に見せる約束をしたからな」

「はぁ? どういうこと? 分家の連中が紋ちゃんに命令したの?」


「だって、逆鱗は当主が保管してるモノなんだろう。持ってないと当主として認めない。そんな圧を掛けられたぜ」

「あのジジイ共! わたしの紋ちゃんを苛めるなんてッ・・・たたり殺してやろうかしら」


「お願いモモちゃん、怖い事を言わないで。おまえが言うと冗談に聞こえないんだよ」

「どうして? 紋ちゃんもわたしが怖いの? こんなにオッパイが柔らかいのに?」


「あのな、どうしておまえは、そう下品なんだよ。だいたいさわった事もないのに、柔らかいなんて分かる訳な・・・じゃなくて、オッパイ関係なくね」

「ふ~ん、まあいいわ。それで歴代当主となった紋ちゃんは、逆鱗をどうするつもりなの?」


「へっ? どうもしないよ。ただ、俺を当主だと認めさせないといろいろ不都合がある。それはモモ、おまえも知ってるはずだろう」


俺は桃代にカマを掛けている。

桃代は先代に何か聞いてるはずだが、俺の先代は何も聞かせてくれてない。

聞けば、ふざけた答えしか返って来ない。


「ねぇ紋ちゃん。紋ちゃんは大蛇おろちの話を信じたの? 逆鱗を見たら大蛇おろちの物だと信じるの?」

「さあねっ、まずは見て、考えてから答えを出す。別に当主に執着しゅうちゃくしている訳じゃない。危険な物だったら燃やすかも知れない」


「燃やす? それをしたら大変な事になるかもしれないよ。分家の連中だって黙ってない。そしたら、紋ちゃんは本当に死ぬかもしれないよ」

「バ~カ、俺が死ぬ訳ないだろう。審判の日が来て人類が滅亡しても、俺はしぶとく生き残ってやるよ」


「そうね、そうだったわね。千年後にミイラ男として復活する為に、紋ちゃんは今を立派に生きるのね!」

「もういいッ、おまえと話をしてると、IQががりそうになる!」


「えへへ、ごめんごめん、怒んないでよ。あとで母屋おもやの方に持って行くから、その時写真を撮ればいいでしょう。だから機嫌を直してよ」

「んっ、おまえ一人で大丈夫か? 重たい物だったら俺も手伝うぞ」


「まさか! わたしの部屋に押し入るつもり? 部屋の中でわたしを押し倒すつもり? 事が済んだらわたしの写真を撮っておどすつもり? えっと、それから・・・」

「なあモモ、楽しいか? そんな妄想を垂れ流して本当に楽しいか? 俺はおまえとの縁を切ってもいいんだぜ」


「あうっ、すみません、調子に乗ってしまいました。お願いですから縁を切らないでください」

「まあいい、俺はおまえが妙に気になる。おまえだけは俺の味方だと信じてる。だから、なるべくふざけるな」


「えへへ、そう、わたしが気になるの? わたしの事が好きなの。も~う、紋ちゃんったら、結婚式はクフ王のピラミッドの頂上でしようね。文金ぶんきん高島田たかしまだにして、暑いから角隠つのかくしではなく綿帽子、そして白無垢しろむく。う~ん最高ね」

「どれもこれも無理! おまえ、今ふざけるなって言っただろうッ」


桃代は変な夢を見てご機嫌だった。

明るい口調で、明日の午前中に、逆鱗を母屋おもやに持参すると約束してくれた。

【探すのに時間が掛かる】そんな不真面目な理由で明日になった。

しかし、俺は用事があるので、午後からにしてもらう。

午前中、早めに調べておきたい事があるからだ。


これで逆鱗の目処めどはついた。

あとは、ひとつずつ疑問を潰していけば、俺の知らないモノが見えてくる。


桃代の正体、それも薄っすら見えてきた。

アイツ、調子に乗って喋り過ぎだ。

ただ、俺の思った通りだと、俺は本当に彫金師ちょうきんしにならないとイケないかも知れない。



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