第12話 散歩

俺は散歩に出ることにした。

この辺の地理を把握するのが前提なのだが、歩けば気分転換が出来て考えもまとまる・・・そんな気がする。

あとは、見ておきたい場所があるからだ。


もも神社と大蛇おろちつかを見に行けと、俺の直感が告げている。

母屋おもやを出る前にトイレに行くと、便座を下ろし、トイレットペーパーに少しの細工をしておいた。

考え過ぎかも知れないが、ちょっとした不審者発見器だ。


神社の場所は不自然にならないように、それとなく松慕まつぼに聞いている。

山道をのんびりと歩いて考える。

神社に続く道は、獣道という訳では無く普通に歩いて行ける。

それでも、アスファルトで舗装されてるはずもなく、小石を踏んで足をくじかぬように注意して歩く。


念の為に時折りうしろを振り返り、尾行する人の存在を確認するが誰もいない。

人が死んだと聞かされて、少し神経過敏になっているのかも知れない。


石に足をとられぬように、小さな枝木を踏んでザクザクと歩き続ける。

そして、明日あしたを思う。

絶対筋肉痛になる。


息を切らせてしばらく歩き続けると、やっと頂上にたどり着いた。

膝が面白おもしろくもないのに笑っている。

もしも、この状態で猪でも出たら、俺は簡単にふりだしへ戻されるだろう。


山頂は意外と大きな広場になっている。

広場の奥には、神社らしき小さな建物も見える。

おそらく、収穫物をあそこの神社に奉納し、祭事さいじをしているのだろう。

今後はその手の祭事さいじをどうするか、確認する必要がある。


しばらくぶりに歩く平坦な地面、少し休ませろと足がなかなか前に進まない。

主人の言う事を聞けッ、嫌がる足を前に進めると、足が嫌がる理由を理解した。

神社の前に誰かいる。


こんな所にいったい誰が? 分家の連中ではないと思う。

当然、観光客でもない。

そもそも、ここは私有地なのだから基本的に立ち入り禁止だ。


警戒しながら近づくと、女性というのはすぐにわかった。

もちろん、桃代ではない。桃代は目立つ体形だからな、遠くからでもよくわかる。

エジプトのミイラになりたい怪奇の桃代が、仮に日本の神社にお参りをしていれば、それはそれで怖ろしい。足が嫌がる理由もよくわかる。


でも、そうではない。あの人は誰だ?

近寄りがたい雰囲気。

体を横に向けて、神社と俺を両方見られるように凛としてたたずんでいる。

若い人のようにも見えるし、年配の人のようにも見える、美しい女の人だ。

そして、その出で立ち、歴史の教科書に出てくるような出で立ち、俺は嫌な汗が流れ始めた。


すると、女の人は俺の方を向き直し、小さな声で、しかしよく通る声で話し掛けてきた。


「何者じぁ、貴様は?」

「は、はい、俺は新しく真貝の当主になりました、真貝紋次郎です」


「そうかぁ、おぬしがマガイモンの紋ちゃんかぁ」


イラッとする、マガイモン。ガキの頃からその名の所為せいで【ニセモン、パチモン】と揶揄やゆされて、いい加減封印したいあだ名なのに、弁護士のやぶたけにもそう言われ、何処どこの誰とも知らない初対面の美人にまで、間延びした感じで呼ばれたのだから。


「なんじぁ? 紋ちゃんと、子供扱いされたのが気にくわんのかぁ?」


そっちじゃないッ! 強く言い返したい気持ちはあるのに言い返せない。

まるで、蛇に睨まれた蛙だ。


「あの~貴方は何処どこのどちら様でしょう? 俺はここに来たばかりで、知らない人ばかりなんですよ」

「ふふっ、われの名をうとは、なかなか無礼なやからじゃのう」


なんだッ、コイツ! ふもとまでブン投げてやろうか? そうは思ったところで身体からだがいう事をきかない。


「まあ、よい、今日は特別じぁ。われの名はあまちゃんじぁ、あがたてまつれよ」

「はァ、あまちゃんね。それであまちゃんさん、ここへはどのようなご用件で?」


「うむ、掃除が行き届いておらんな。紋ちゃんおぬし、このやしろを綺麗にせい」


小さな声で優しい口調なのに、有無を言わせない。俺はゲコゲコと従うしかない。

しかし、掃除道具を持ってない。


「すみませんあまちゃんさん。今日の俺は掃除道具を持って来てないです」

「そうかえ、では、おぬしが着ておる物を雑巾にして磨くだけでいぞ」


「ハァ? あんた何言って・・・」


文句を言おうとするが、気付くと俺はトランクス一枚になっている。

なんと、今まで着ていたシャツとデニムは、見の前で端切はぎれとなって雑巾に鞍替えしていた。

何時いつの間に? どうやって? 俺の数少ない着る物なのに、明日あした買いに行かないと予備が少ない。


詰め寄って胸倉を掴んで文句を言おうと思うが、パンツ一枚の男が女の胸倉を掴む、酷い絵面だ。

誰かに見られたら、明日あすは買い物ではなく、ブタ箱に行かなくてはならない。


逆らう事も出来ず、神社の横に置いてある桶に溜まった雨水を使い、やしろと少し離れた場所にある、大蛇おろちつかの岩も磨く。

足だけでなく、腕も明日あしたは筋肉痛だ。


気付けば、あまちゃんはもう居ない。

流れる汗をシャツだった雑巾でぬぐいながら、神社を調べる事も出来ず疲れた俺は、今日は帰る事にした。

また来ればいい。

のんびりとは出来ないが、そこまで急ぐ必要は無い。

神社と塚に手を合わせ、来た山道をくだりながら考える。


ここ意外と、やぶ蚊が多いな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る