第8話 昔話

この場を仕切り始めたのは、世話係兼まとめ役の松慕まつぼのジジイだ。

コイツは一見、誠実そうな好々爺こうこうやだが、年寄りを見た目で判断してはいけない。

奴らは、海千山千なのだ。

長く生きてる分、知恵が回り、修羅場の対処にも慣れている。


俺のような若造に味方のフリをして近付き、何時いつの間にか手懐てなずけてよごれ仕事を代行させる。

そういう年寄りは目が汚い。更に、柔和な表情を浮かべたところで怒りシワまでは隠せない。


コイツはどうだ? 

落ち着いた語り口調、何かをさとすような聞かせ方、目を確認する必要は無い。

コイツは上手く人を利用しようとする、海千山千の老害だ。


俺はリュックからノートを取り出すと、話をよく聞き、時系列を中心に聞いた事や、感じた事を書き留めていく。

バカな俺には、情報の整理をする為に必要な作業だった。


話の内容は、驚くべき事から始まった。

荒唐無稽こうとうむけいの無茶苦茶な内容だ。

俺はオーバーな反応を見せて興味があるフリをすると、奴等から情報を引き出す。

そして、この話の信憑性を確かめる為に、もう一度同じ話をさせる。

少しでも【面倒くさい】そんな態度を見せれば、ここから叩き出す。

逆に嬉々として、もう一度話し始めたら、やはりここから叩き出す。

矛盾していると思われるが、要は相手の反応が見たいのだ。


そして、奴等は・・・そのどちらでもなかった。


「では松慕まつぼさん、確認の為にもう一度、最初から話してもらえます」

「申し訳ありません御当主様。この話を信用して下さいと言う方に無理があります。しかし、事実なのです。そして何度でもお話し致します」


「わかりました、お願いします。俺も突然な話で混乱してますから、ゆっくり最初から頼みます」

「はい。では、御当主様はやまたの大蛇おろちをご存知でしょうか?」


「まあ、詳しくは知らないですけど、日本書紀に出て来る、蛇だか龍だかの首が八本ある、化け物ですよね」

「はい、その通りです。素戔嗚すさのつかのつるぎで退治された、あのやまたの大蛇おろちです」


「はぁ、でも、その退治された化け物と、俺になんの関係があるんです?」

「はい、それは追々おいおい話していきます。御当主様はこういう字をご存知ですか、この字を書いてやまたの大蛇おろち。更に、やっつのまた大蛇おろちと書いてやまたの大蛇おろち


「んっ、二番目は当て字ですか? 松慕まつぼさん」

「そうかも知れません、そうではないかも知れません。ただ問題なのは、またやっつあるという事は、首は九本あるという事です。そして素戔嗚すさのが酒を飲ませて退治した大蛇おろちは、首が八本。では、やまたの大蛇おろちだった場合、残りの一本は何処どこに消えたのでしょう?」


「そんな事を言われても、俺が知るはずないでしょう。俺はニョロニョロしたモノが苦手だし。だいいち、首は複数でも身体からだひとつなんですよね、一本だけ逃げ出すなんて、無理ですよね?」

「そうですね、その通りです。もしも、本当にそんな生物が居れば、その通りです」


「でしょう。一つの頭だけ体からベリベリって、そんな気持ちの悪いバケモ・・・」

「お気付きなりましたね。相手はバケモノ、何があっても不思議ではありません」


「でも、でもですよ、一体だけ逃げ出したのなら、そいつは何故なぜ、逃げ出したんですか?」

「わかりません。頭がここのつあるという事は、それぞれの頭が考える力を持っているという事です。その頭だけ臆病だった。もしくはその頭だけ賢かった。そういう事も考えられます」


「もしかして、その頭だけ下戸げこだったとか、なんて・・・すみません不謹慎でした。しかし、不味いですね。話を聞く限りではその一体、臆病ではないですね。体を割ってまで別行動する、異常に危機管理能力の高い奴ですね」

「そうでしょう、そうでしょう。こんな話は何処どこの文献にも出てきません。そして逃げ延びた一本の大蛇おろちは、ほとぼりが冷めるまで隠れ、傷をいやし、力を蓄えていたとしたら、どうでしょう」


「あの~松慕まつぼさん、俺もちょっと乗かってみましたが、その話は無理がありません? そもそも日本書紀は神話の話でしょう。それを言うとあまてらす大御神おおみかみも実在した事になりますよ」

「そうですね。では、よろしいですか御当主様、これから話す事は、大昔この地域で実際に起こったと伝えられている話です」


「その話は、実際に起こった証拠が何かあるんですか?」

「はい、文献が残っております。その文献を元にお聞かせ致します。大昔、ここは安藝あきの国と出雲の国を結ぶ要所の村でした。そこに一匹の大蛇だいじゃが現れ、村の者を次々と襲い丸呑みしたのです」


「その大蛇だいじゃが生き延びた大蛇おろちなんですか? 神話の話からその文献まで、どのくらいの時間差があるんです?」

「それはわかりません。それから、日本書紀が書かれたのは七百二十年ごろ。この文献が書かれたのは今から千年前と言われておりますから、三百年位の差があります。そもそも日本書紀が書かれた時代は神話の時代ではありませんし、不明なところも多いのです」


一度目は軽く聞き流したこの荒唐無稽こうとうむけいの話を二度聞く俺は、無視出来なくなっていた。

なぜなら【無視するな】と、俺の直感が警鐘を鳴らしているから。


そのうえで奴等を見ると、真剣な顔つきをしている。

俺は奴等の評価を見直す事にした。


続きの話を一言ひとことも聞き漏らさぬようにメモに取りながら、俺は本腰を入れて奴等の話を聞き続けた。



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