第4章 万能王女の実力

第1話 王女を狙う影

 ――さてさて、我が国の至宝エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジアことクックドゥードゥルドゥー王女は、本日も元気いっぱいですよ。


 しかし何やら王女は、先日の茶会以来すっかり「恋の病」にかかってしまわれたご様子です。

 彼女の事を19年間見守って参りましたが――わたくし自身、このようなエヴァ王女は初めて目にいたします。


 ぼんやりとしているかと思えば熱っぽいため息を吐き出して、口を開けば「ジョーは何をしているかしら」です。

 ……ある晩など、大きな窓からぶら下がるカーテンにグルグル巻きになりながら夜空を見つめて、「今、ジョーも同じ夜空を見ているのかしら」なんて渾身のポエムを呟かれたため、思いきり噴き出してしまいましたよ。

 気管に紅茶がこれでもかと注ぎ込まれました、本当に勘弁して頂きたいです。


「――ハイド! 御覧なさい、このドレスならどうかしら!?」

「……前のチャーシューと何が違うのですか? そういう、元あるポテンシャルを台無しにするファッションの事を「おブス」というのですよ、「おブス」。ご存じですか?」

「ど、どうしてそのような酷い事を仰るのよ! もしやハイド、あなた……わたくしがジョーと仲良くなるのを、快く思っていないのではなくって!? ちょっと前まで、あんなに仲良くなれと言っておいて急に何ですの!? 孤児院出身だから、わたくしと仲良くなるのはダメですの!?」


 懲りずにチャーシューのコスプレをしてジョーに会いに行こうとなさるエヴァ王女を、わたくしは朝から必死に引き留めております。

 ええ、出来る事ならば誰かに代わって頂きたいくらいですよ。


 恐らく王女的には精一杯おめかししているおつもりなのでしょうけれど、いくらお優しいジョーでも、これはさすがに指を差して笑うに決まっています。きっと、王女の体を張った渾身のギャグだと思うに違いありません。


 そのような悲劇が起こらぬよう わたくしが嫌われ役に徹していると言うのに――侍女のアメリは壊れた玩具のように「とてもお似合いです、エヴァンシュカ王女」しか言いませんし、全くやっていられません。

 アメリのビー玉のような目はどこか虚ろで、チャーシュー王女の姿などひとつも映っておりませんのに。


「……そのような事は思っておりませんよ、陛下じゃああるまいし」

「ウッ」


 途端に胸元を押さえ、て着替え用の衝立の奥に消えて行ったエヴァ王女に……わたくしは小さく息を吐き出しました。


 ――実は昨夜陛下に、エヴァ王女がジョーと懇意にしている事が露見したのです。

 可愛い可愛い末娘のエヴァンシュカ王女、そんな彼女の護衛がわたくし1人だけ――だと思ったら大間違いなんですよね。


 表舞台へ立ち、人目につく護衛騎士はわたくしのみですが――これでも一応 王家の姫ですからね。それはもう、諜報員である「影」の1人や2人や3人や4人や5人……あ、もうよろしいですか?

 とにかく、見えぬところでエヴァ王女を守っている者が多く存在するのですよ。


 彼らの仕事は護衛だけでなく、王女の日々の行動を陛下へ報告する義務もありまして――そうです、先日のパラソル。

 一見するとパラソルに隠れて口付けしていると勘違いするアレが、今かなり問題視されております。


『――ルディ!? あの男とはどういう関係なんじゃ? なんか孤児院出身の成り上がり貴族とか聞いたけども!?!? ……しかも養父はヴェリタス子爵! 2代前の当主が王家に盾突いて、侯爵家から子爵家に降爵こうしゃくされた、いわく付きのヴェリタス子爵!! さすがにヤバかろう、距離置こう!?!?』


 昨夜エヴァ王女と共に、テオ陛下の執務室へ呼び出されましたが……それはもう、激しく動揺されておりましたね。

 お爺ちゃんがしゃくしゃくこうこういんを踏み始めて、わたくしどうしたものかと困窮いたしましたよ。


 王女は王女でムッとしたお顔で「孤児院出身がどうとか、いわく付きの子爵家だとか、そんなものはジョー個人に関係ありませんもの……そもそも養子ですわよ」なんて不貞腐り遊ばれて――執務室に流れる空気と言ったらもう、地獄のように重たいものでした。


 ……陛下としては、正に青天の霹靂だったでしょうね。

 何せ「集めたのは友人候補ばかりだから」なんて適当な言葉で本来の目的――エヴァ王女を狙う犯人と黒幕探し――を誤魔化しておりましたから。

 まさか本当に王女がご友人づくりに成功なさるとは、夢にも思わなかったでしょう。


 この城に集められたのはの貴族子息女のみです。聡明なエヴァ王女が懇意にしたいと思うような相手が混ざっているなど、考えるはずもありません。


 結局この日は、未婚の男女が口付けなどしていないと誤解をとく事には成功いたしましたが――わたくしがスキルでしっかりばっちり覗き見していた事が功を奏しました――陛下は、ヴェリタス子爵家の養子であるジョーとエヴァ王女との交流を、快く思っておられません。


 ――ああ、そうそう。

 わたくしが独自に調べた結果と、王家の「影」が収集した情報を照らし合わせましたところ――ヴェリタス子爵家は間違いなく「黒」でした。


 子爵ないし次期子爵である彼の息子は、エヴァ王女を何らかの方法で害そうと考えておられます。

 あとは彼らを唆した、エヴァ王女の兄または姉を特定するだけでございますね。まあ、特定したところで――陛下が「メッ」で済ませてしまうのは、分かり切っておりますが。


 どうもヴェリタス子爵は、王家に降爵された事を大変根に持っておられるようで……陛下が一番可愛がっておられるエヴァンシュカ王女を傷付ける事によって、溜飲りゅういんを下げようとお考えのご様子。

 その目的が、たまたま王女の兄または姉のどれかと合致した結果なのでしょう。


 やはりジョーは子爵にとって捨て駒らしく――行動を怪しまれ、城へ「素行不良」として招待されてしまった実子を守るための、目くらまし要員ですね。


 しかも養子縁組について調査したところ、どうもまだ正式な契約が成されていないようで……ジョーは正確に言うと、まだヴェリタス子爵家の人間ではないのです。

 どちらかというと食客のような扱いですね、どうも口頭で養子に来ないかと提案しただけらしいですよ。


 普通そんな口約束に近い形で、孤児院が子供を手放すはずがありません。

 子爵が汚い金でも握らせたのかとも考えましたが――プラムダリア孤児院は「スノウアシスタント」の活躍によって大儲けしているため、金策に困っているはずがございません。


 もっと詳しく調べてみない事には分かりかねますが……そもそもあれだけ賢いジョーが、諾成だくせい契約で貴族の養子になどなるでしょうか。

 もしかすると彼にも、何かしらの考えや事情があっての事だったのかも知れませんね。


 ――すっかり話が逸れてしまいました。

 とにかくヴェリタス子爵は、マナー知らずのジョーを王女にぶつけて不敬を買い、罰の減刑を求めるために王女へ面会を希望して「何か」をやらかす算段だった……で間違いなさそうです。


 さすがに自身の手を使って王女を直接害そうなんて、阿呆のような事は考えていないでしょうが……何をされるか分からないからこその恐怖はありますね。

 追い詰められた鼠は猫も噛みますから。


 そんなヴェリタス子爵の陰謀とは裏腹に、ジョーは不敬を買うどころか王女に恋心を抱かれております。

 いつまで経っても「お前が擁する養子が、王女に不敬を働いた!」という連絡がこないとなると……今後、子爵がどのように動くか分かりません。

 子爵を唆した王女のご兄妹だって、いつまでも動きがないようでは黙っていないでしょう。

 ええ、もう本当に面倒くさいです。


 わたくしは精神的な疲労を癒すために、エヴァ王女をからかって遊ぶことにいたしました。


「結局、ジョーの事は好ましいと自覚なさったのですね」

「……………………友人として、ですわよ!」

「はあ、なるほど、そうですか」

「――友人として……ですわ!!」

「いや、わざわざ二度言われずとも、疑わしいだなんて思っておりませんよ」

「か、考えてもごらんなさい? ジョーはハイドとは違いますわ。「絵本の騎士」らしさがありませんもの!」

「……先日は、わたくしとジョーが似てきていると仰っていませんでしたか?」

「………………ジョーは剣を習った事がないと仰るのよ、これは由々しき問題だと思いません事!? 暴漢に襲われたら、ひとたまりもありませんわよね!」


 珍しくエヴァ王女と会話のキャッチボールが成立せず、わたくしはつい笑みを漏らしてしまいました。

 きっと照れていらっしゃるのでしょうね、本当に可愛らしいです。


「では、ジョーに剣技を習わせるとよろしいのでは?」

「……………えっ」

「王女がしてしまえば良いではありませんか、彼を「絵本の騎士」に」

「それは、ジョーの意思を全く尊重していないような……――で、ですが、剣を習うのはとてもいい考えですわ……そうだわ、ハイド!」


 ――フリルなし、飾りなし、謎の膨らみなし。

 シンプルでまともな藍色のドレスに着替え終わったらしいエヴァ王女が、満面の笑みで衝立から飛び出てこられました。


 わたくしは何やら嫌な予感がいたしまして、笑みを引きつらせます。


「ハイドがジョーに、剣を教えてくださいませ!」

「…………ええぇ~~……わたくしめが~……?」


 全面的に「面倒くさい」という態度を押し出せば、エヴァ王女は眦を吊り上げて「何ですの! それでもわたくしの騎士ですの!?」と憤慨しておられます。


 王女をからかって遊ぼうなんて考えるから、罰が当たったのでしょうか? 精神的どころか肉体的にも疲弊しそうな王女の要請に、わたくしはがくりと肩を落としました。

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