第6話 王女と侵入者
――エヴァ王女は「お姉さまに蔑ろにされた」と憤慨しておられましたが、決してそのようなことはありません。
もちろん誕生日プレゼントは用意されていました。――ただ、発注していたものの到着が遅れただけなのですから。
……今年も誰よりも早くプレゼントを渡したかったはずが、思いっ切り躓いて。果たしてその悔しさがどれほどのものか、エヴァ王女にもご理解頂きたいところですね。
――そうして早々に目的のプレゼントを手にしたわたくしは、ひとまず言いつけ通りに、エヴァ王女の私室で待機することにいたしました。
そして、いつものようにスキルを使って王女の様子を覗きます。
……決して好奇心ではありませんよ、あくまでも王女の身の安全のためでございます。
王女は無事、専用の庭園に足を踏み入れて、お1人で花を愛でておられるようです。
――どうも本当に虫の居所が悪いのか、ちゃっかりアメリまで遠ざけてどこかへ追い払ってしまわれたご様子ですね。
王女なのに相変わらず危機感が薄いと言いますか、何と言いますか……やはり、人の悪意に鈍感に育ってしまったのが良くないのでしょうか。
テオ陛下が「ルディが怖がって泣いたらどうする!? 可哀相じゃろう! やめて!」と仰るため、今回集まった貴族子息女が危険分子である事も話せませんし……困ったものです。
まあ、確かに血の繋がった兄妹から悪意を向けられていると知れば、エヴァ王女は悲しむでしょうから――こればかりは仕方がないですね。
わたくしはしばらくの間、花に囲まれた王女を眺めて和んでおりましたが……しかしある異変に気付いてしまったため、王女の言いつけを破ってお部屋を出る事にいたしました。
向かうはもちろん、エヴァ王女のいらっしゃる庭園です。
何故ならば、一体どこから入り込んだのか――明らかに王宮の人間ではない、見慣れぬ男性が庭園に足を踏み入れたのが見えたからです。
◆
エヴァ王女は庭園の花を1輪
わたくしは庭園近くの建物の陰に身を潜めて、不法侵入者の動きを観察する事にしました。
幸いまだ、王女と接触はしていないようですが……もしも王女に危害をくわえようとされた場合には、無力化するしかありません。
侵入者の男性は、見たところエヴァ王女と同じ年頃――20歳前後でしょうか。
艶のある黒髪は短く切られて、清潔感があります。
整った顔立ちはご令嬢から人気がありそうですが、ただ少々、人相といいますか……ほんの少しだけ、目つきが悪いでしょうか?
薄茶色のソレはまるで鷹のように眼光鋭く、狙った獲物は逃がさない感が物凄いです。ケンカになったら、あの眼力だけで人を殺せそうですね。
背が高く均整のとれた体つきをされていますが、王女の理想である「絵本の騎士」と比べれば、やや細身かも知れません。
黒系統でシックにまとめられたジャケットにトラウザーズ。身なりが良い事からして、恐らく今回招待されたお客様のうちの1人でしょう。
――つまり彼も、素行に何かしらの問題がある殿方です。
こんな事なら、貴族名鑑を小脇に抱えて移動するべきでしたね。
王族ほどではないにしろ、貴族というのは誰も彼も名前が長いので――顔と名前を一致させるどころか、わたくしにとっては、まずお名前を記憶する事からして容易くありません。
彼は鋭い瞳で辺りを見回したかと思えば、途方に暮れたように眉尻を下げました。
耳を澄ませてみれば、「ここはどこなんだ……」と嘆くような呟きが聞こえて参ります。
花の生け垣にちょうど隠れているエヴァ王女の姿に気付かないのか、「出口……頼む、誰か出口を教えてくれ……」と半べそになりながら彷徨う姿に、わたくしは人知れず胸を撫で下ろしました。
ええ、そうですね――恐らく迷子ですね、あれは。殿方ながら、何やら可愛らしい方です。
あれだけ鋭かった鷹の目が、今ではウルウルの柴犬アイです。
……心配をして損をしたかも知れません。あんなに愉快な殿方ならば、仮に王女と接触したところで危険はないでしょう。
とは言え、万が一があると困ります。
わたくしは念のため、何かがあれば駆け付けられる距離を保ちつつ――王女と愉快な殿方の様子を見守る事にいたしました。
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