君のために描く

君のために描く

作者 野口 一

https://kakuyomu.jp/works/16816452220637258387


 他人の期待が大きすぎて絵が描けなくなった桑名洸希は、倉橋花菜との河川敷での出会いをきっかけに絵を描かなくなったが、再会した彼女のおかげで「自分の絵を好きな人のために描く」ことを思い出し、また描けるようになる物語。



 何を描くのだろう。肖像画かしらん。

 読んでみなければわからない。


 心温まるようなお話だった。


 文章の書き方については目をつむる。

 主人公、高校一年生の桑名洸希の一人称「俺」で書かれた文体。一部、倉橋先輩の一人称「私」で書かれたところがある。やや重めの内容のため、文体はやや軽めにしてバランスが取られている。


 両親が画家で神童ともてはやされた主人公だが、賞を取れないと親に怒られ、好き勝手に書くゴシップ記事に嫌気がさし、筆を持てなくなるも再度絵を描こうとし、今でも絵は描けるが、描く気を失ってしまっていた。そんな彼を廃部寸前の写真部部員、高校二年の倉橋花菜に泣いて「モデルになってくれ」と頼まれ、絵を描かないことを条件に入部することになる。


 倉橋先輩は、異常一色型色覚だという。「中学三年生の時、いきなり色が白と黒でしか判別できなくなった。十から二十万人のうちの一人に選ばれてしまったらしい」とある。

 もともとは色覚異常はないのに何かの病気をきっかけに起こる色覚異常となった。つまり、後天色覚異常である。しかも全色盲なので、考えられる原因の一つとして、大脳の病気、脳梗塞や脳腫瘍などによって色覚異常が引き起こされたのかもしれない。

 一色型色覚とは、先天的な色覚異常のひとつ。いわゆる全色盲と呼ばれ、色覚を全く感じないか、かなり弱くしか感じられない上、ほとんどの場合、視力が0.1以下。また明るいと見えないし、ひどくまぶしがるのでサングラスが必要となる。

 赤い光や赤い物体を、色覚が正常な人の十分の一 ほどの明るさにしか感じないため、ときに灰色と混同してしまうこともある。

 色覚がないことよりも視力の悪いことのほうが問題とされ、さらに眼球がけいれんしたように動いたり揺れたりする眼振を伴うことがほとんど。

 倉橋先輩の描写をみると、「黒いロングヘアーを春風に靡かせ、外を眺める茶色の瞳は夕陽に照らされ僅かに輝いている。出るところは出ていて、締まるところは締まっている、モデルのような体型。そして、The 大和撫子のような整った容姿」とある。

 なので、眼球痙攣などはおきていないらしい。「茶色の瞳は夕陽に照らされ僅かに輝いている」とあるので、茶色のコンタクトレンズをはめている可能性がある。なぜなら全色盲は茶色のコンタクトレンズをつけると、まぶしさが減って楽になるらしいからだ。コンタクトに度が入っている可能性もある。

 また、彼女と出会ったのは夕日が照らされている夕方の特別教室なので、室内は薄暗かったため、あまり眩しくなかったとおもわれる。

 人によって違うと思うけれども、全色盲の人は、色はわからないけれども濃い薄いで判断し、たとえば色鉛筆の一本一本に書いてある名前をみて、この濃さの色鉛筆はこういう色なんだ、とおぼえて区別していくことになる。倉橋先輩は以前は色が見えていた分、区別がつきにくくなってまだ一年ほど(主人公と高校で会った時)なので、かなりの戸惑いと混乱と苦悩があったと推察する。


 六月初め、先輩に海に連れて行かれて浜辺で一日、写真を撮る二人。

 倉橋先輩が朝六時に正門前に集合にしたのは、明るい日中はまぶしすぎるため、明るくなる前に出かけたかったのだろう。先輩の描写はワンピースくらいしかない。帽子とサングラスはしてなかったのかしらん。

 

 その後も色んな所に出かけて写真を撮る。そして一年が経ち、美術部で絵を描く姿を撮影していく先輩。「絵はもう描かないの?」と聞かれ、二年前に出会った「だって君、モノクロだったんだもん」と言った少女の話をする。少女の言葉で絵を描く事ができたが「明日も私のために絵を描いてよ」といった少女は次の日現れなかった。この出来事で主人公は絵を描かなくなってしまったという。その少女というのは倉橋先輩だった。「……私が、悪かったの。ごめん……ごめんね」彼女は逃げるように走り去り、事故にあってしまう。一命を取り留めた彼女は色覚障害者だった。

 主人公が「絵を描けなくなったのは他人の期待が重すぎたから」だった。「でも、先輩に会って絵を描く理由を一瞬でも思い出せた」ことを彼女に伝え、「自分の絵を好きな人のために描く、ということです」描いたのは、二年前に河川敷で出会ったときの二人の絵だった。

 二人は付き合うこととなり、主人公は好きな人のために絵を描いていく。


 七話の「河川敷」に書かれている回想は、冒頭に持ってきたほうが流れとしてはいい気がした。先輩に河川敷で出会った少女の話をする時は、「君の絵、すごいカラフルだね」といわれて嬉しかったと持ち上げて、「じゃあ、明日も私のために絵を描いてよ」といって約束したのに「次の日来てくれたら、いまごろは絵を描いていたのに」と落とす言い方をして先輩に強いショックを与え、走って出ていき、追いかけて事故に遭う展開へとつづいたら、より衝撃的になったのかもしれないなぁと邪推してみた。

 

 読後、「俺の人生をカラフルにしてくれた。俺の絵を好きと言ってくれた、そんな……君のために描く」という所が、いろんなことを思い出させてくれた。

 昔読んだ漫画に「大好きな君といっしょにいて、君のことを書く、それが夢なんだ」みたいなセリフがあって、いいなと思ったことが蘇ってきたり、女性の影響を受けて作風を変えるきっかけとなったパブロ・ピカソのことが浮かんできたり、森絵都の『カラフル』もふと思い出した。

 ところで、主人公の桑名洸希に声のかかっている大学は、倉橋先輩の通っている大学と同じなのかしらん。おそらく芸大だろうから、違うのではと推測し、同じ大学でいっしょにキャンパスライフを過ごせないかも、と余計な心配をしてしまう。

 


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